13 災害級の大工
還らずの谷には、朝から大きな音が響いていた。
ガンッ!
ゴンッ!
木材を切る音。
柱を打ち込む音。
そして時折混ざる、ヘルウルフたちの低い唸り声。
数日前まで静寂しかなかった谷は、今ではすっかり建築現場になっていた。
「もっと右じゃ右!」
「これか?」
「違うわ馬鹿! そっちは壁が崩れる!」
ダンとドグランの怒鳴り声が飛ぶ。
その横ではリーフェが魔力で木材を浮かせながら位置を調整し、カヤは屋根の上を素早く動き回っていた。
ミナは相変わらず巨大な木材を軽々担いでいる。
もはや誰もツッコまない。
そして――。
ドォン。
地面が揺れた。
巨大な丸太が、建物の前へ静かに置かれる。
全員の視線がそちらへ向く。
そこには、巨大な木材を咥えたグーちゃんが立っていた。
朝日を受ける灰黒色の毛並み。
圧倒的な巨体。
災害級魔物――グレートヘルウルフ。
だが今やっていることは。
「……完全に大工なんだよなぁ」
ダンが遠い目で呟く。
グーちゃんは満足そうに鼻を鳴らすと、再び森へ走っていった。
数秒後。
バキバキバキッ!!
森の奥から豪快に木が折れる音が響く。
「伐採早すぎるだろ……」
カヤが呆然とする。
数分後には再び巨大な木材が運ばれてきた。
しかも真っ直ぐで質が良い。
完全に良質な建築資材だった。
ドグランは顎髭を撫でながら感心したように頷く。
「優秀じゃのぉ」
「災害級魔物への感想じゃないんだよなぁ」
ダンがツッコむ。
だが実際、グーちゃんの働きは凄まじかった。
とにかく力が強い。
普通なら十人掛かりで動かす木材を一匹で運び、柱まで軽々支えてしまう。
しかも妙に賢い。
「グーちゃん、それこっち」
ミナが指差す。
するとグーちゃんは巨大な木材を器用に方向転換し、指定位置へぴたりと置いた。
「……理解してる」
リーフェが少し驚いたように呟く。
普通の魔物ではあり得ない知性だった。
ミナは当然のように頷く。
「グーちゃん、すごい」
グーちゃんは少し得意そうに胸を張る。
完全に褒められて喜んでいた。
ユウは苦笑しながら水路を整えていく。
建物の改築が始まってから、温泉全体の流れも変わり始めていた。
源泉から流れる湯を各場所へ巡らせることで、建物の中でも温泉熱を利用できるようになっている。
「……ここの流れ、もう少し緩やかにした方がいいかな」
ユウが水路へ触れる。
すると湯の流れが指先へ伝わってきた。
温度。
水圧。
魔力の循環。
それらを整えるように意識すると、流れがゆっくり安定していく。
ドグランがその様子を見ながら唸った。
「何回見ても意味分からん技術じゃな……」
「俺も説明できない」
「感覚型か」
ドグランは楽しそうに笑う。
職人として見ても、ユウの技術はかなり特殊らしい。
普通なら水路設計は計算が必要だ。
だがユウは、水へ触れるだけで最適な流れを感覚的に理解してしまう。
まるで温泉そのものと会話しているようだった。
その時。
ぐぅぅぅ……。
低い腹の音が響く。
全員の動きが止まる。
音の主は――グーちゃんだった。
「……」
「……」
数秒の沈黙。
そしてカヤが吹き出した。
「お腹空いたんだ」
グーちゃんは少し気まずそうに視線を逸らす。
妙に人間っぽかった。
ユウは思わず笑ってしまう。
「ちょうど休憩にする?」
「賛成じゃ!」
ドグランが即答した。
作業場の空気が一気に緩む。
しばらくして建物の前へ料理が並び始める。
焼いた川魚。
山菜スープ。
木の実を使った簡単な炒め物。
豪華ではない。
だが温泉水で調理された料理は香りが良く、疲れた身体へ自然に染み込む。
「……うまっ」
カヤが魚へ齧りつきながら耳を揺らす。
ダンもスープを飲み、小さく息を吐いた。
「なんかもう、ここ普通に居心地いいんだよな……」
「危険地帯のはずなんだけどね」
ユウが苦笑する。
その隣では、グーちゃんが巨大な魚を丸ごと食べていた。
しかも妙に行儀がいい。
ミナがその横へ座りながら尻尾を揺らす。
「グーちゃん、頑張った」
グーちゃんは満足そうに鼻を鳴らした。
完全に褒められて嬉しそうだった。
ダンはそんな光景を見ながら空を仰ぐ。
「……誰が想像できるんだよ」
災害級魔物。
冒険者。
獣人。
エルフ。
ドワーフ。
それが一緒になって宿を建てている。
普通なら絶対にあり得ない。
だが不思議と、この場所では自然だった。
白い湯気が空へ溶けていく。
還らずの谷。
人が恐れた危険地帯。
その奥では今、笑い声と木槌の音が穏やかに響いていた。




