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異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


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12 改築

「……狭いのぉ」


朝食を食べ終えたドグランは、腕を組みながら建物全体を見回していた。


還らずの谷の中央。


温泉のすぐ近くに建つ古びた建物は、ユウとミナが少しずつ修理してきたことで最低限暮らせる状態にはなっている。


だが、それだけだった。


壁はまだ古い。


床も軋む。


部屋数も少なく、今ですら人が増えてかなり窮屈だ。


しかも外にはヘルウルフの群れまで居座っている。


「まぁ、元は廃屋だし」


ユウが苦笑する。


するとドグランは鼻を鳴らした。


「いや、骨組みは悪くない。むしろ昔の職人がかなり良い仕事しとる」


そう言いながら柱を軽く叩く。


コン、コン、と乾いた音が響いた。


「長年放置されとった割に腐りが少ない。水路もよく考えられとる」


ドグランは温泉から伸びる石造りの水路を見る。


湯が自然に建物周辺を巡る構造になっており、普通の素人には作れない設計だった。


「……昔、誰か住んでたのかな」


ユウがぽつりと呟く。


するとリーフェが静かに温泉を見る。


「この場所自体、かなり古いわね。魔力の流れも自然すぎる」


まるで最初から、この谷そのものと一体化しているようだった。


ドグランは顎髭を撫でながら建物を見回し、やがてニヤリと笑う。


「面白い」


「え?」


「直すぞ」


その一言に、全員が一瞬固まる。


ドグランは完全に職人の顔になっていた。


「どうせならもっと広げる。水路も整える。客が泊まれる部屋も必要じゃ」


「客?」


ユウが目を瞬かせる。


ドグランは呆れたように言った。


「これだけの温泉じゃぞ? 人が来ん方がおかしい」


確かにダンたちも来た。


しかもヘルウルフですら居着いている。


この場所には、何かを引き寄せる力がある。


ドグランは建物を指差した。


「今はただの住処じゃ。だが整えれば“宿”になる」


その言葉に、ユウは少しだけ周囲を見る。


白い湯気。


穏やかな水音。


くつろぐヘルウルフたち。


そして今、自分たちが座っている古い建物。


確かに、人が休める場所にはなっている。


「……宿、か」


不思議な響きだった。


追放され、居場所を失った自分が。


今度は誰かの休める場所を作る。


その考えは少しだけ、胸の奥を温かくした。


「やる」


ミナが即答する。


銀色の耳をぴんと立てながら、やる気満々だった。


「ミナ、こういうの好きだよね」


「作るの楽しい」


その隣でカヤも尻尾を揺らす。


「なんか秘密基地っぽい!」


「宿なんだが?」


ダンがツッコむ。


だが彼自身も少し楽しそうだった。


リーフェは静かに建物を見ながら言う。


「温泉の流れを考えるなら、建物の位置も調整した方が良さそうね」


「おぉ、分かっとるのぉ嬢ちゃん」


ドグランが感心したように頷く。


完全に職人会議が始まっていた。


その時。


ドォン。


外から重い音が響く。


全員が振り向くと、グーちゃんが巨大な木を咥えて立っていた。


「……」


「……」


数秒の沈黙。


そしてミナがぽつりと言う。


「手伝うらしい」


「理解早いな!?」


ダンが思わず叫ぶ。


グーちゃんは巨大な木材をそのまま地面へ置くと、満足そうに鼻を鳴らした。


完全に参加する気だった。


しかも、それを見た他のヘルウルフたちまで森へ走り出す。


数分後。


大量の木材が運ばれてきた。


「いや仕事早すぎるだろ……」


ダンが呆然と呟く。


災害級魔物たちが建築資材を運んでいる。


世界中探してもこんな光景は存在しない。


ドグランはしかし、真面目な顔で頷いていた。


「力仕事が早いのは助かる」


「順応しすぎだろあんた」


だが作業は本当に進み始めた。


ドグランが設計を考える。


ユウが温泉と水路の流れを整える。


リーフェが魔力循環を確認する。


ダンとカヤが資材運びを手伝い、ミナとヘルウルフたちが巨大な木材を次々運び込む。


誰も争わない。


怒鳴り声もない。


ただ、それぞれが自然に動いていた。


ユウは流れる温泉を見つめる。


湯気が揺れる。


穏やかな水音が響く。


追放され、居場所を失ったはずだった。


なのに今、自分の周囲にはこんなにも賑やかな空気がある。


不思議だった。


そして少しだけ、嬉しかった。


夕方になる頃には、建物の外観がかなり変わり始めていた。


古かった壁は補強され、水路も整理されている。


ドグランは腕を組みながら満足そうに頷いた。


「よし。これならちゃんとした宿になる」


「まだ途中だけどね」


ユウが笑う。


するとドグランも豪快に笑った。


「建物ってのはな、作っとる時が一番面白いんじゃ!」


その声へ重なるように、温泉の湯気が夕焼けの中で揺れる。


還らずの谷。


人が恐れた危険地帯。


その奥で今、“宿”が生まれ始めていた。

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