集いし規格外たち
竜眠山脈の方角から近づいてくる四つの巨大な影を見上げながら、ダンはしばらく何も言えなかった。
最初は遠くに浮かぶ小さな点にしか見えなかったそれらが、こちらへ近づくにつれて急速に大きくなっていく。
翼を一度動かすだけで雲が乱れ、その巨体が空を横切るたび、谷の上へ大きな影が落ちた。
「……なあ、フェルザード」
ようやく口を開いたダンの声は、いつもより少し低かった。
「なんだ?」
「お前、さっき何て言った?」
「昔の仲間を呼んだと言ったな」
「同窓会だとも言ったよな?」
「ああ」
フェルザードは楽しそうに頷く。
ダンはもう一度空を見上げ、それから額を押さえた。
「俺が知ってる同窓会と規模が違いすぎるんだが!」
谷の上空へ向かってくる巨大な竜が四体。
どう考えても、久しぶりに集まって昔話をするだけの雰囲気ではなかった。
竜たちの接近に気づいた客たちも次々と外へ出てきており、冒険者の中には反射的に武器へ手を伸ばしかける者までいる。
「何だ、あれ……」
「竜だろ」
「一匹じゃないぞ」
「四匹いる!」
ざわめきが一気に広がる中、ユウだけは空を見上げながら少し違うことを考えていた。
「降りる場所、大丈夫かな」
ダンが勢いよく振り返る。
「そこなのか!?」
「だって四人同時に降りたら、広場に入りきらないかもしれないし」
「それ以前に谷が潰れる心配しろ!」
フェルザードが豪快に笑った。
「安心しろ。あやつらもその程度の加減はできる」
「お前がさっき地面揺らして降りてきたの忘れてねぇからな!」
やがて先頭を飛んでいた竜が谷の上空へ到達した。
全身を深い紅色の鱗に覆われた巨大な竜で、翼を広げれば谷の一角が丸ごと影に沈んでしまいそうなほど大きい。
その後ろには青白い鱗を持つ優美な竜が続き、さらに黒銀の鱗を持つ細身の竜、最後には山そのものが飛んでいるような重厚な竜が続いていた。
四体が上空で旋回を始めた途端、巻き起こった風で露店の暖簾が一斉にはためく。
「飛ばされる! 押さえろ!」
カヤが慌てて店先へ駆け寄った。
「温泉まんじゅう!」
「そっち!?」
「売り物なんだから大事でしょ!」
「そうだけど!」
次の瞬間、四体の竜の身体が光に包まれた。
巨大だった輪郭が急速に縮み、やがて四つの人影へ変わっていく。
そのまま地面へ降り立った四人を見て、ダンは隣のフェルザードへ冷たい視線を向けた。
「ほら。普通に降りられるじゃねぇか」
「細かいことを気にするな」
「気にするわ!」
最初に歩いてきたのは、燃えるような赤髪を持つ大柄な男だった。
人の姿になっていても鍛え抜かれた身体は隠しようがなく、立っているだけで周囲の空気が少し熱くなったように感じる。
「フェルザード!」
男は大声を上げると、そのままフェルザードの肩を勢いよく叩いた。
「久しいな!」
「相変わらず声がでかいな、ヴァルガス」
「お前に言われたくない!」
二人が豪快に笑い合う。
その後ろから歩いてきたのは、長い青髪を持つ女性だった。
こちらは静かで落ち着いた雰囲気だが、彼女が近づくにつれて周囲の温度がわずかに下がったような感覚がある。
「三百年ぶりに呼びつけたと思えば、こんな場所とはね」
女性は谷を見渡し、わずかに目を細めた。
「悪くないだろう、セレナ」
「それを決めるのは湯を見てからよ」
「もう温泉に入る前提なんだな」
ダンが小声で呟いた。
三人目は、黒銀の長い髪を持つ細身の男だった。
一見すると穏やかな学者にも見えるが、その視線には妙な鋭さがあり、こちらを見られただけで何もかも見透かされそうな感覚がある。
「面白いですね」
男は周囲を見回しながら言った。
「人間、魔族、獣人、エルフ、ドワーフ。これほど多くの種族が同じ場所に集まりながら、ほとんど警戒していないとは」
「観察はあとにしろ、レグルス。お前は昔から何でも調べたがる」
「三百年前に会った時よりは治りましたよ」
「嘘をつけ」
そうして三人がフェルザードのもとへ集まったあと、最後にゆっくりと歩いてきたのは、四人の中でもひときわ大きな老人だった。
人の姿を取っているはずなのに、その体格は普通の人間とは比べものにならない。
周囲の者より二回り以上は大きく、横幅まで含めれば小柄なオーガと並んでも見劣りしないほどの巨体だった。
灰褐色の長い髪と、胸元まで伸びた立派な髭。
太い腕は丸太のようで、厚い胸板を覆う服の上からでも、その身体が尋常ではないほど頑丈であることが分かる。
何より目を引くのは、その存在感だった。
一歩進むたびに本当に地面が沈んでいるのではないかと思うほど重々しく、何もしていないのに巨大な岩山がこちらへ歩いてくるような圧迫感がある。
ダンは思わず見上げた。
「……本当に人型なんだよな?」
老人がダンを見る。
「そうだ」
低く響く声まで腹の底へ伝わってくるようだった。
フェルザードが笑う。
「こやつは昔から、人の姿になっても縮み方が足りんのだ」
「必要以上に小さくなる理由がない」
老人は平然と答える。
「いや、もうちょっと周りに合わせようとか思わねぇの?」
「なぜだ?」
「駄目だ。話が通じねぇ」
ダンが早々に諦めた。
老人はそんなやり取りなど気にも留めず、フェルザードへ視線を向ける。
「遅い」
「何がだ?」
「もっと早く呼べ」
「三百年くらい、我らにとっては大した時間ではないだろう」
「その間に酒蔵を三つ空にした」
「知らん」
あまりにも普通の会話だったが、その巨体と低く響く声のせいで、周囲にいた者たちはどうしても緊張してしまう。
ダンは改めて老人を見上げ、小さく呟いた。
「……こいつだけ人型でも十分怖ぇよ」
その声が聞こえたのか、老人がゆっくり視線を向ける。
「何か言ったか?」
「何でもないです」
今度はダンが素直に引いた。
カヤが口元を押さえて笑う。
「ダンが負けた」
「相手が悪すぎるだろ!」
そこでリーフェが四人を見ながら、少し表情を引き締めた。
「フェルザードさん、この方たちって……」
「ああ」
フェルザードは何でもないことのように頷いた。
「我と並んで名を知られている四大古竜だ」
「ちょっと待て」
ダンがすぐに止める。
「お前を入れたら五人じゃねぇか」
「我は竜眠山脈の守護竜として別枠だ」
「ややこしい!」
フェルザードは気にすることなく、一人ずつ指していった。
「炎天竜ヴァルガス。千年前、一晩で火山を一つ生んだ」
「昔の話だ!」
ヴァルガスが豪快に笑う。
「氷海竜セレナ。怒らせると海が凍る」
「今はそこまで短気ではないわ」
セレナが淡々と答えた。
「冥星竜レグルス。こやつは昔――」
「余計なことまで説明する必要はありません」
レグルスが笑顔で遮る。
最後にフェルザードは、ひときわ大きな老人を指した。
「地殻竜ガルヴァーン。一度寝返りを打てば山の形が変わる」
「言い過ぎだ」
ガルヴァーンが眉を寄せる。
フェルザードが首を傾げた。
「そうだったか?」
「小山一つだ」
「十分だろ!」
ダンの叫び声が谷へ響いた。
四人の古竜が一斉にダンを見る。
さすがのダンも、その視線をまとめて受けて固まった。
一体だけでも国を揺るがしかねない存在が四人。
しかも、そのうち一人は人型になってすら大型種族と間違えそうな巨体である。
「何だ?」
ヴァルガスが聞く。
「いや……何でもないです」
ダンが再び素直に引いた。
その横でミナは四人をじっと見ていたが、恐れている様子はなく、むしろ別のことが気になっているらしい。
ユウの袖を軽く引く。
「ユウ」
「どうしたの?」
「五人とも温泉入る?」
その問いにフェルザードが笑った。
「当然だ」
ヴァルガスも腕を組む。
「そのために来た!」
「同窓会は?」
ダンが聞く。
「湯に入りながらでもできる!」
「まあ、そうだけどよ……」
セレナも大浴場の方を見る。
「評判だけは聞いているわ。フェルザードが何度も自慢してくるから」
「自慢していたのかよ」
「当然だろう」
レグルスも興味深そうに目を細める。
「古竜の身体にも作用する温泉というのは興味深いですね。可能であれば魔力循環の変化も調べたいところです」
一方、ガルヴァーンだけは先ほどから食堂の方を見ていた。
「まず飯だ」
「そこなんだ」
ユウが少し笑う。
すると食堂の前にいたレインが腕を組み、五人を見た。
「何人前食べる?」
フェルザードが四人を見る。
「昔なら、一人十人前ほどだったか?」
「待て!」
ダンが叫ぶ。
「人の姿でもそんなに食うの!?」
ヴァルガスが豪快に笑った。
「久しぶりの宴だぞ。それくらい普通だろう!」
厨房から新人たちのざわめきが聞こえる。
レインは少し考えたあと、すぐに振り返った。
「大鍋を全部出せ! 肉も野菜も追加だ!」
「はい!」
厨房から元気な返事が響く。
ドグランも大浴場の方から現れ、古竜たちを順番に見た。
「人型なら主浴槽で問題ないだろうが……」
そこでガルヴァーンを見ると、少しだけ黙った。
「お前は大型種用だな」
ガルヴァーンが頷く。
「その方が楽だ」
ダンが頭を抱えた。
「古竜に大型種用の風呂を案内する日が来るとは思わなかった……」
ユウは集まった五人を見渡した。
世界でも最古に近い時代から生き続ける存在であり、本気で争えば世界そのものへ大きな被害を与えかねない規格外たち。
普通なら国中が大騒ぎになっていてもおかしくない顔ぶれだった。
だが、ここへ来た目的は戦争でも征服でもない。
「じゃあ、まずご飯にします?」
ユウが聞く。
「おお!」
ヴァルガスが即答した。
「その後は温泉だな!」
フェルザードも嬉しそうに笑う。
セレナは大浴場から立ち上る湯気を眺め、レグルスはすでに何かを観察するように周囲を見回している。
そしてガルヴァーンは相変わらず食堂の方を見たまま、低い声で言った。
「鍋はまだか」
「今作ってるよ!」
ダンの声が響いた。
こうして、やわらぎの谷へ集まったのは、世界でも屈指の力を持つ四大古竜たちと、竜眠山脈の守護竜フェルザードだった。
一体でも国を震え上がらせる存在が五人も揃った理由は、世界征服でも大戦争でもない。
三百年ぶりに仲間と顔を合わせ、腹いっぱい飯を食べ、そのあと温泉に入るためである。
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