竜眠山脈からの招待状
夕方、一日の仕事がようやく落ち着き始めたやわらぎの谷では、食堂から夕食の匂いが漂い、大浴場からは今日も賑やかな声が聞こえていた。
ユウは宿の前で、届いた荷物の確認をしていた。
食堂で使う野菜に、王都から届いた調味料。ドワーフたちが頼んでいた金具に、大浴場で使う新しい桶まである。
「増えたなぁ」
荷物の山を見ながらユウが呟くと、その隣でダンが帳面を確認していた。
「増えたっていうか、増えすぎだ。昔はここに荷物を届けようなんて商人、一人もいなかったのにな」
「今は毎日のように来るね」
「食堂が広がって、大浴場も広がって、今度はサウナまでできたからな。そりゃ必要な物も増える」
そう言いながら、ダンは最後の荷物へ目を向けた。
「……で、これは何だ?」
地面に置かれていたのは、大きな木箱だった。
他の荷物とは明らかに違い、表面には見覚えのない紋様が刻まれている。
ユウも首を傾げた。
「頼んだ覚えないけど」
「俺も聞いてねぇ」
二人が顔を見合わせた、その時だった。
谷の入口の方から、何か大きなものが近づいてくる気配がした。
最初に気づいたのはミナだった。
宿の中から顔を出し、耳をぴんと立てる。
「来る」
「誰が?」
ユウが聞き返した直後、谷の奥からかなり強い風が吹いた。
露店の布が大きく揺れ、積まれていた木箱の蓋が一つ飛びそうになる。
「うおっ!」
ダンが慌てて押さえる。
「何だ、急に!」
その直後、空から巨大な影が落ちてきた。
「え?」
ユウが見上げる。
影はそのまま谷の広場へ降下し、地面へ着く寸前で急激に速度を落とした。
とはいえ、完全に衝撃を消せたわけではなかった。
どんっ、と低い音が響き、地面が揺れ、周囲に土埃が舞う。
ダンが顔をしかめた。
「普通に降りろ!」
土埃の向こうから現れたのは、大柄な男だった。
長い銀髪を後ろで束ね、旅装姿ではあるものの、どこか人間離れした威圧感がある。
ユウはすぐにその人物へ気づいた。
「フェルザード?」
「久しいな、ユウ!」
フェルザードは、豪快に笑いながら近づいてきた。
竜眠山脈に住む古竜。
普段は人の姿を取っているが、その正体は長い年月を生きてきた強大な存在だった。
ダンが舞い上がった土を払いながら睨む。
「久しいな、じゃねぇよ。毎回もうちょっと静かに来られねぇのか?」
「静かに?」
フェルザードは本気で分からないという顔をした。
「今のはかなり静かに降りたぞ」
「どこがだ!」
「山ではもっと地面が割れる」
「基準を山にすんな!」
いつものようにダンの声が響く。
その騒ぎを聞きつけ、カヤやリーフェも宿から出てきた。
「何? また何か落ちてきた?」
「またって言うな」
「フェルザードさん?」
リーフェが少し驚いた顔をする。
フェルザードは全員を見回し、満足そうに頷いた。
「相変わらず賑やかだな。以前よりさらに人が増えているではないか」
「ちょっと増えた」
ユウが答える。
ダンがすぐ横から口を挟んだ。
「ちょっとじゃねぇ」
フェルザードは周囲を見渡した。
拡張された食堂に、新しく大きくなった大浴場。そこから上がる湯気と、行き交う人間や獣人、魔族たち。
昔この谷を見たことのあるフェルザードからすれば、変化はかなり大きいはずだった。
「面白い場所になったものだ」
「また温泉入っていく?」
ユウが聞く。
「当然だ」
「即答かよ」
ダンが呆れる。
しかし、フェルザードは今日は温泉だけが目的ではないらしい。
「その前に、ユウへ話がある」
「僕に?」
「ああ」
急に少しだけ真面目な顔になる。
ユウたちも自然とフェルザードを見る。
「実はな」
フェルザードは腕を組み、一度大きく頷いた。
「同窓会をやろうと思う」
沈黙が落ちた。
ダンが瞬きをする。
「……は?」
「同窓会だ」
「聞こえなかったわけじゃねぇよ」
カヤが首を傾げる。
「古竜って同窓会するの?」
「するぞ」
「するんだ……」
リーフェも少し困った顔をしている。
ユウだけは普通に聞いていた。
「誰と?」
「昔の仲間たちだ」
フェルザードは懐かしそうに目を細める。
「昔、竜眠山脈やその周辺を根城にしていた古竜たちがいてな。若い頃はよく一緒に飛び回ったものだ」
「古竜の若い頃って何年前だよ」
ダンが聞く。
フェルザードは少し考える。
「千五百年ほど前か?」
「規模が違ぇ!」
カヤが目を輝かせる。
「千五百年ぶりの同窓会?」
「いや、全員で集まるのは三百年ぶりくらいだ」
「十分長いよ!」
フェルザードは気にせず続けた。
「最近、あちこちに散っていた連中と久しぶりに連絡が取れてな。せっかくなら集まろうという話になった」
「それで」
ユウが聞く。
「なんで僕のところに?」
「ここでやる」
「……え?」
今度はユウが聞き返した。
フェルザードは当然のように宿を指差す。
「ここで同窓会を開く」
ダンが一歩前へ出た。
「待て待て待て。なんで古竜の同窓会を温泉宿でやるんだよ」
「決まっているだろう」
フェルザードは胸を張った。
「温泉があるからだ」
「理由が単純すぎる!」
「それに飯もうまい」
「さらに単純になった!」
カヤが笑いを堪えながら聞く。
「何人くらい来るの?」
「我を含めて五人だ」
「五人なら大丈夫じゃない?」
ユウが言う。
ダンがすぐに振り向いた。
「人数だけ聞いて判断すんな! 全員古竜なんだろ!?」
「ああ」
フェルザードが頷く。
「どいつも我と同じくらい長く生きている」
「強さは?」
「まあ、それぞれ一国くらいなら簡単に滅ぼせる」
一瞬、全員が黙った。
ダンがゆっくり顔を覆う。
「絶対普通の同窓会じゃねぇ……」
「何を言う。昔話をして、飯を食って、湯に浸かるだけだ」
「参加者の危険度が高すぎるんだよ!」
その時、少し離れた場所で話を聞いていたミナが静かに手を上げた。
「大浴場、入れる?」
「人の姿にはなれる」
フェルザードが答える。
「なら大丈夫」
「ミナまで受け入れんな!」
ユウも少し考える。
「食堂も広がったし、大浴場も大きくなったから、五人くらいなら問題ないと思う」
「お前は本当に人数でしか考えてねぇのか?」
「でも、お客さんでしょ?」
その一言に、ダンが黙る。
ユウにとっては、人間でも、魔族でも、国王でも、魔王でも、古竜でも、温泉に入りに来たなら客なのだ。
フェルザードは嬉しそうに笑った。
「さすがユウだ。話が早い」
「いつ来るの?」
「それなのだが」
フェルザードは少し視線を逸らした。
その様子を見て、ダンが嫌な予感を覚える。
「……まさか」
「すでに呼んだ」
「は?」
「今日、こちらへ向かうよう伝えてある」
「先に許可取れよ!」
ダンの叫び声が谷に響いた。
するとミナの耳が再び動いた。
「……来る」
全員が動きを止める。
「何が?」
カヤが聞く。
ミナは空を見上げた。
「いっぱい」
次の瞬間、竜眠山脈の方向から四つの巨大な影が空に現れた。
まだかなり遠い。
それでも、こちらへ向かってくる姿ははっきりと見える。
ダンの顔が引きつる。
「おい」
フェルザードは嬉しそうに笑った。
「早かったな!」
「嬉しそうに言うな!」
遠くから、大気を震わせるような咆哮が響く。
谷にいた客たちが一斉に空を見上げた。
「何だ!?」
「竜だ!」
「一匹じゃないぞ!」
「四匹いる!」
谷が一気に騒がしくなる。
そんな中、ユウは空を見上げながら少しだけ考えた。
「夕飯、足りるかな」
ダンが勢いよく振り返る。
「心配するとこそこなの!?」
「五人増えるから」
「古竜五人だぞ!」
フェルザードが豪快に笑う。
「安心しろ! 皆よく食う!」
「余計駄目だろ!」
食堂の方では、状況を聞いたレインがすでに叫んでいた。
「鍋を追加するぞ! 大鍋を出せ!」
「はい!」
新人たちの返事が響く。
さらにドグランまで大浴場の方から現れた。
「古竜が五人か。大型種用の湯量も確認しておく必要があるな」
「お前ら順応早すぎるだろ!」
ダン一人の叫びをよそに、やわらぎの谷は突然決まった三百年ぶりの古竜同窓会を迎える準備で、一気に騒がしくなっていった。
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