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異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


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新たな一歩

大浴場を出たガレスは、脱衣所の前で待っていたセシルとフィアの姿を見つけた。


「遅かったわね」


セシルが腕を組みながら言う。


「ちょっと長く入りすぎた」


「顔、赤いよ」


フィアが心配そうに覗き込んだ。


「のぼせた?」


「いや、大丈夫だ」


いつものように答えかけて、ガレスは少しだけ言葉を止めた。


それから苦笑する。


「……まあ、ちょっと泣いてた」


「え?」


フィアが目を丸くする。


セシルも珍しく驚いた顔をした。


「あなたが?」


「悪いかよ」


「悪いとは言ってないわ。ただ、珍しいと思っただけ」


「俺だって泣く時くらいある」


「そうだね」


フィアは少しだけ笑った。


その笑顔を見て、ガレスもつられて笑う。


以前なら、絶対に言わなかっただろう。


弱いところを見せたくない,


リーダーなのだから、いつでも余裕があるように見せなければならない。


ずっと、そんなふうに考えていた。


だが今は、不思議と隠そうとは思わなかった。


三人はそのまま食堂へ向かった。


せっかくなので何か食べてから今後のことを考えよう、という話になったのだ。


食堂へ入ると、ちょうど昼の混雑が落ち着いたところだった。


それでも厨房の中では、王都から来た料理人や獣人、エルフ、魔族の従業員たちが忙しそうに動き回っている。


「本当にいろんな奴が働いてるな」


ガレスが感心していると、奥からレインの声が飛んできた。


「鍋三人前!」


「はい!」


いくつもの返事が揃う。


少しすると、湯気を立てるやわらぎ鍋が運ばれてきた。


「……うまそう」


ガレスの目が変わった。


セシルが呆れたように見る。


「さっきまで人生について考えていた人とは思えない顔ね」


「腹は減るんだよ」


「それはそうだけど」


三人で鍋を囲み、一口食べた瞬間、ガレスがぴたりと動きを止めた。


「……うまっ」


フィアも目を丸くする。


「おいしい……」


セシルはしばらく黙って味を確かめてから、小さく頷いた。


「これは人が集まるわね」


「だろ?」


いつの間にか近くへ来ていたユウが笑う。


「うおっ!」


ガレスが驚いて振り向いた。


「急に出てくんなよ!」


「普通に歩いてきただけだよ」


ユウの隣にはミナもいる。


どうやら昼の忙しさが少し落ち着いたので、三人の様子を見に来たらしい。


「温泉どうだった?」


ユウが聞くと、フィアが真っ先に頷いた。


「すごく良かった」


「それなら良かった」


セシルも肩を回す。


「正直、かなり身体が軽くなったわ」


「ガレスは?」


ユウがそちらを見る。


「俺も……まあ」


ガレスは一瞬迷ったが、すぐに笑った。


「久しぶりにちゃんと休めた気がする」


その言葉を聞いたユウも、穏やかに笑った。


「そっか」


それだけだった。


何があったのかを聞こうとはしない。


ガレスには、その距離感がありがたかった。


三人が食事を終える頃には、自然と今後どうするかという話になった。


「しばらく休む?」


フィアが聞く。


セシルは考えるように腕を組む。


「私は賛成。少なくとも、今までみたいに依頼を詰め込むのはやめた方がいいと思う」


「俺もそう思う」


ガレスがすぐに答えると、二人が少し驚いた顔をする。


「何だよ」


「いえ、あなたが一番最初に次の依頼を探すと思ってたから」


「俺もそこまで仕事中毒じゃねぇよ」


「昨日までなら説得力があったんだけどね」


フィアが笑う。


「うるせぇな」


ガレス自身、もう以前と同じやり方へ戻るつもりはなかった。


強くなることも、上を目指すことも、それ自体が悪いとは思わない。


ただ、それしか見えなくなった結果、自分たちは大切なものを見落とした。


だから今度は少し立ち止まり、これから何をしたいのかを考えたい。


そう思っていた。


その時,食堂の外から慌ただしい声が聞こえてくる。


「ユウ!」


ダンが何枚かの紙を手にして食堂へ入ってきた。


「谷の北側で魔物の痕跡が増えてる」


ユウの表情が少しだけ真面目になる。


「近い?」


「まだ距離はある。今すぐどうこうって感じじゃねぇけど、客が増えてるから警戒はした方がいい」


「分かった。あとで見に行こう」


その会話を聞いていたガレスが顔を上げた。


「谷の警備って、誰がやってるんだ?」


ダンがそちらを見る。


「一応、俺たちで見回ってる。冒険者にも時々頼んでるけどな」


「定期的には?」


「人手が足りねぇ」


ダンはため息を吐いた。


「最近、温泉だけじゃなく食堂も大浴場も広がっただろ。人が増えれば当然、外から変なのが入り込む可能性も増える」


ガレスは少し黙った。


その横でセシルがちらりと彼を見る。


フィアも同じだった。


三人とも、たぶん同じことを考えていた。


やがてガレスがユウを見る。


「なあ」


「何?」


「その警備、俺たちにやらせてくれないか?」


ユウが目を瞬いた。


ダンも驚いた顔をする。


「お前らが?」


「ああ」


ガレスは頷いた。


「依頼って形でいい。谷の周囲を定期的に見回って、魔物や不審者がいないか確認する」


「ガレス」


フィアが名前を呼ぶ。


「勝手に決めて悪い」


「ううん」


フィアは首を振った。


「私も賛成」


セシルも小さく頷く。


「私も異論はないわ」


三人の意見が揃った。


ユウは少し困ったような顔をする。


「でも、休むって話してなかった?」


「毎日じゃねぇよ」


ガレスが笑った。


「それに、俺たちは冒険者だ。何もしないでずっと温泉入ってたら、それはそれで落ち着かねぇ」


「それは分かるけど」


「あと……」


ガレスは一度言葉を止めてから、改めてユウを見る。


「ここを守りたいって思った」


ユウが黙る。


ガレスは周囲を見回した。


食堂では、人間と魔族が同じ鍋を囲んでいる。


獣人の子供が温泉まんじゅうを抱えて走り、それを従業員が慌てて止めている。


大浴場の方からは楽しそうな笑い声が聞こえ、遠くでは白い湯気が空へ昇っていた。


「今日来たばかりの俺が言うのも変だけどさ」


ガレスは苦笑する。


「いい場所だと思う」


フィアも頷いた。


「うん」


セシルも静かに周囲を見る。


「ここがなくなるのは惜しいわね」


「もっと素直に言えよ」


「十分素直だけど?」


「そういうとこ変わんねぇな」


ガレスが笑う。


それから改めてユウへ視線を戻した。


「俺たちが昔したことを、これで帳消しにできるとは思ってない」


ユウは何も言わずに聞いている。


「だから、償いとかそういうつもりじゃない」


ガレスは少し考えてから続けた。


「俺たちがやりたいんだ」


昔、自分はユウの役割を必要ないと判断した。


そのことを、なかったことにはできない。


けれど今度は、ユウが作った場所を守る側になりたい。


それは過去を消すためではなく、これから新しい関係を作っていくためだった。


「駄目か?」


ガレスが聞く。


ユウはしばらく三人を見ていた。


やがて、少しだけ笑う。


「じゃあ、お願いしようかな」


その言葉を聞いた瞬間、ガレスの肩から力が抜けた。


「ただし」


ユウが続ける。


「無理はしないでね」


「……それ、俺たちに言う?」


「言うよ」


「信用ねぇな」


「だってさっき、ずっと休んでなかったって言ってたでしょ」


「聞いてたのか?」


「食堂で普通に話してたから」


ガレスが頭を抱える。


フィアが笑い、セシルもわずかに口元を緩めた。


ダンは腕を組みながら頷く。


「まあ、戦力が増えるのは助かるな」


「だろ?」


「ただし勝手に危険な場所まで行くなよ」


「お前まで言うのか!」


「信用の問題だ」


「初対面みたいなもんだろ!」


また笑い声が起こった。


かつてユウを置いて先へ進んだ三人は、今度はユウのいる場所を守るため、自分たちの意思でここへ戻ってくることを決めた。


昔の関係へ戻るわけではない。


あの頃のことをなかったことにするわけでもない。


一度離れたからこそ、今度は互いに違う立場から、少しずつ新しい関係を作っていけばいい。


それはまだ、本当に小さな一歩にすぎなかった。


けれど三人にとっても、ユウにとっても、これから先へ進んでいくための確かな第一歩だった。

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