閑話 大浴場、試運転します
「……広いな」
「広いね」
「いや、広すぎるだろ」
完成したばかりの大浴場を前にして、ダンは入口でしばらく立ち尽くしていた。
以前から使っていた浴場をさらに拡張し、より多くの種族が同時に利用できるようにした新しい大浴場は、ドグランが計画を持ち出した時にダンが想像していたものより、明らかに規模が大きかった。
中央には大人数が一度に浸かれる広大な主浴槽があり、その周囲には少しぬるめの湯、身体の芯まで温まれる熱めの湯、子供や小柄な種族でも安心して入れる浅い浴槽が配置されている。さらに反対側には、オーガのような大柄な種族でも肩までしっかり浸かれる深い浴槽まで造られていた。
奥へ進めば、谷の景色を一望できる露天風呂もある。
湯気の向こうには穏やかになった谷の森が広がり、さらにその向こうには山々まで見えた。
「何人入れるんだ、これ」
ダンが呆れながら尋ねると、隣に立っていたドグランが腕を組む。
「詰めれば三百人ほどだ」
「詰めるな」
「ならば余裕を持って二百五十人だな」
「そういう問題じゃねぇよ」
いつものように突っ込むダンを横目に、ユウは主浴槽の縁へしゃがみ込み、流れ込んでくる湯の量を確かめていた。
手を入れて温度を確認してから、隣の浴槽にも移る。
「湯量は問題なさそうだね。こっちは少し熱めで、向こうはちゃんとぬるくなってる」
「排水も一通り確認した。大型種用の浴槽も問題ないはずだ」
ドグランの答えを聞いたダンは、改めて大浴場全体を見回した。
「じゃあ、これで完成ってことでいいんだな?」
「いや、まだだ」
「……何が残ってるんだよ」
「試運転だ」
その言葉を聞いた瞬間、ダンの顔に嫌そうな表情が浮かんだ。
ドグランがこういう言い方をする時は、大抵ろくなことにならない。
「一応聞くけど、具体的には何をするんだ?」
「実際に利用者を入れて、問題が起きないか確かめる」
「何人くらい?」
「できるだけ多い方がいい」
「やっぱり嫌な予感しかしねぇ!」
そんなダンの横で、カヤが勢いよく手を上げた。
「はい! 私、入る!」
「わたしも」
ミナも続いて手を上げ、リーフェも楽しそうに新しい浴場を覗き込んでいる。
「せっかくだし、みんなで入った方が分かりやすいんじゃない?」
「いや待て。普通こういう試運転って、まず少人数から始めるもんじゃねぇのか?」
ダンが止めようとしたものの、ドグランは当然のように首を振った。
「少人数で問題がなくても、大人数が利用すれば別の問題が出る。そのために試運転をするんだ」
「言ってることが正しいから余計に腹立つな……」
そして、一時間後。
「なんでこんなに集まった!?」
完成した大浴場に、ダンの声が響き渡った。
集まったのは人間の冒険者だけではない。獣人やドワーフ、エルフ、魔族に加え、宿や食堂で働き始めたばかりの従業員たちまでやってきており、入口前には想定をはるかに超える人数が並んでいた。
「新しい大浴場ができたって聞いたぞ!」
「試運転なら今日は無料なんだろ?」
「露天風呂もあるらしいぞ!」
「大型種でも入れる風呂ができたって本当か?」
次々と上がる声を聞きながら、ダンはゆっくりとカヤへ視線を向けた。
「……誰が広めた?」
「ちょっとだけ宣伝した」
「やっぱりお前か!」
「だって、たくさん入った方が試運転になるでしょ?」
「そうだけど限度があるだろ!」
とはいえ、ここまで集まった者たちを追い返すわけにもいかず、そのまま大人数で試運転を始めることになった。
入口に立ったユウが、集まった者たちへ声をかける。
「まだ試運転なので、気になるところがあったら教えてください。それと床が濡れているので、走らないでくださいね」
「はーい!」
元気な返事が返ってくる。
その直後だった。
「露天風呂だー!」
「こっち広いぞ!」
「熱い湯もある!」
何人かの獣人の子供たちが勢いよく駆け出した。
「だから走るなって言っただろ!」
開始して十秒も経たないうちに、ダンの怒鳴り声が響いた。
その後ろをミナが追いかけていく。
「走ると危ない」
「ミナも走ってるじゃねぇか!」
「捕まえるため」
「説得力がねぇ!」
そんな騒ぎを横目に、ドグランは浴槽へ流れ込む湯の量や排水の状態を真剣な表情で確認していた。
「今のところ、大きな問題はなさそうだな」
「本当に?」
ユウがそう聞き返した、その直後。
ざばあああっ、と奥の方から大量の湯があふれる音がした。
「今度は何だ!?」
ダンが振り返ると、大型種向けに作った深い浴槽へ三人のオーガがほぼ同時に入ったところだった。
「おお、これはいい!」
「ちゃんと肩まで浸かれるぞ!」
「今までの風呂は膝を曲げても肩が出ていたからな!」
三人は大満足らしく笑っていたが、その巨体が一度に入ったことで押し出された大量の湯が浴槽の縁を越え、床を川のように流れている。
ドグランはそれを見ながら腕を組んだ。
「なるほど。大型種が同時に入った場合は、排水が追いつかないか」
「なるほどじゃねぇ! 最初に考えとけ!」
「だから実際に利用して確認しているんだ」
「ぐっ……」
またしても正論で返され、ダンが言葉に詰まる。
ユウは苦笑しながら排水路の方へ向かい、流れを確認した。
「こっちの排水をもう少し広げれば大丈夫そうだね。あと、大型種用の浴槽は最初から少し湯量を少なめにしておいた方がいいかも」
「その方がいいな」
ドグランがすぐに修正点を書き留める。
排水を調整したことで床にあふれていた湯も徐々に引き始め、ひとまず問題は解決した。
ところが、ダンはまだ警戒を解かなかった。
「絶対まだ何かあるぞ」
その言葉を待っていたかのように、今度は別の場所から声が聞こえた。
「……冷たくなってきた」
「ほら来た!」
ダンがすぐに振り返る。
そこでは上級氷精霊の少女が、彼女用に調整されたぬる湯へ肩まで浸かっていた。
本人はとても気持ちよさそうなのだが、周囲の湯面にはうっすらと氷が浮かび始めている。
「また凍ってるじゃねぇか!」
「少しだけ」
少女は申し訳なさそうに答えると、さらに肩まで湯へ沈んだ。
「でも、あったかい」
「そこは良かったけどよ」
以前のように浴槽全体が凍りつくほどではないものの、気を抜くとどうしても冷気が漏れてしまうらしい。
ユウは少女の様子を見ながら、専用の湯口を少し強くする。
「これくらいなら大丈夫かな」
「うん。ちょうどいい」
少女が嬉しそうに頷いたので、ユウも安心した。
ところが次の瞬間、今度は反対側の浴槽から別の声が上がった。
「熱いぞ!」
炎を扱う魔族の男が、慌てたように立ち上がっている。
「さっきまでちょうどよかったのに、急に熱くなったぞ!」
「え?」
ユウが首を傾げる。
ドグランがすぐに配管を調べ始め、しばらくして小さく「ああ」と声を漏らした。
その声を聞いたダンが嫌そうな顔をする。
「何だよ、その絶対ろくでもないことが分かった時の声は」
「一部の浴槽が同じ温度調整弁につながっている」
「なんでだよ!」
「工期を短縮するためだ」
「そこは短縮しちゃ駄目なところだろ!」
ドグランは反論するでもなく、持っていた板へすぐに修正点を書き加える。
「浴槽ごとに温度調整弁を独立させる、と」
「切り替え早いな!」
そんなやり取りをしていると、今度は露天風呂の方からカヤの声が響いた。
「グーちゃん!?」
何事かと全員が露天風呂を覗きに行く。
そこではグーちゃんが広い露天風呂の中で、これ以上ないほど気持ちよさそうに身体を伸ばしていた。
グレートヘルウルフらしい巨大な身体でも、新しい露天風呂なら十分に余裕がある。湯船の縁へ顎を乗せ、目を細めた姿は完全にくつろぎきっていた。
「……お前も入るのかよ」
ダンが呆れながら言う。
「わふ」
グーちゃんは片目だけ開いて答え、それからゆっくりと立ち上がった。
その動きを見た瞬間、ダンの表情が変わる。
「待て。お前、まさか――」
ぶるぶるぶるっ!
「やめろおおおっ!」
盛大な水しぶきが露天風呂いっぱいに飛び散った。
「きゃあ!」
「うおっ!」
「グーちゃん!」
「わふ!」
「満足そうな顔すんな!」
一瞬でずぶ濡れになったダンとは対照的に、グーちゃんは実に満足そうだった。
周囲から笑い声が上がり、露天風呂はますます賑やかになっていく。
そんな騒ぎの中、ドグランがふと思い出したように手を叩いた。
「そうだ。もう一つ試すものがあった」
ダンが嫌そうに振り向く。
「まだあるのかよ」
「大浴場そのものではないが、せっかくだから同時に確認しておきたい」
そう言ってドグランが指したのは、大浴場の隅に造られた小さな木造の部屋だった。
カヤが興味津々で近づく。
「これ何?」
「試作品だ」
「何の?」
「サウナだ」
ドグランが答えると、カヤだけでなくリーフェたちも興味を示した。
工事の途中で、ユウがドグランへ、熱した部屋で身体を温めて汗を流し、そのあと冷たい水へ入って身体を休ませるという入浴法について話したことがあった。
ユウ自身も詳しい仕組みまですべて知っているわけではなかったものの、話を聞いたドグランが面白がり、大浴場の工事と並行して試作品を造っていたのである。
扉を開けると、中には段差のついた木製の座席が並び、その奥には熱するための石が積まれていた。
「これがサウナ?」
カヤが中を覗き込む。
「たぶん、こんな感じだったと思う」
ユウが答えた途端、ダンが勢いよく振り返った。
「たぶん!?」
「仕組みは分かってるよ」
「今の言い方、まったく安心できなかったぞ」
「熱した石を使って部屋を暖めて、身体を温めるんだ。それで石に少し水をかければ蒸気が出るから、もっと汗をかきやすくなるらしいよ」
「本当に大丈夫なんだろうな?」
ダンが疑わしそうな目を向けると、ドグランは胸を張った。
「熱源には安全装置を付けてある」
「その言葉だけは信じたい……」
最初に入ったのはユウとダン、ドグラン、それに興味を持った数人だった。
扉を閉めると、室内にはじわじわと熱気がこもり始める。
しばらくすると、ダンが額から流れる汗を拭った。
「……暑いな」
「そういう場所だからね」
「温泉に入りに来て、なんでわざわざさらに暑い部屋に入ってるんだ、俺は」
「試運転だから」
「その言葉、便利すぎるだろ」
そんなダンを気にすることなく、ドグランは奥に積まれた熱い石へ目を向ける。
「ここへ水をかけるんだったな」
「そうだけど、ほんの少しでいいからね」
「分かった」
ドグランが桶を手に取る。
その動きを見たユウは少し不安になったのか、念を押した。
「本当に少しだけだからね?」
「分かっている」
そう答えた直後だった。
ざばっ、と桶の水がすべて石の上へ落ちた。
「全部じゃねぇか!」
じゅうううううっ、と激しい音が響き、大量の蒸気が一気に室内へ広がった。
「熱っ!」
「うおっ!」
「ドグラン!」
「これは想像以上だな!」
「楽しそうに言うな!」
たまらず全員が扉へ殺到する。
「押すな!」
「早く開けろ!」
「蒸気が追ってくる!」
「蒸気は追ってこねぇよ!」
ばたん、と扉が開き、全員が外へ飛び出した。
ダンはその場へ座り込み、肩で息をしながらドグランを睨む。
「……俺たちを蒸し焼きにする気か」
一方のドグランは髭から汗を滴らせながら、なぜか満足そうに頷いていた。
「いや、悪くない」
「どこがだ!」
ユウも額の汗を拭いながら苦笑する。
「水をかける量を決めておいた方がいいね」
「それを試す前に決めろよ!」
そこで一度扉を開け放って蒸気を逃がし、今度は水の量をきちんと調整して再挑戦することになった。
少量の水を熱した石へかけると、先ほどのような猛烈な蒸気ではなく、柔らかな熱気がゆっくりと室内を満たしていく。
「……お」
先ほどまで文句ばかり言っていたダンが、少しだけ目を細めた。
「今度は悪くないな」
「じわじわ温まるね」
ユウも頷く。
最初はただ暑いだけに感じていたものの、座っているうちに身体の芯まで温まり、自然と汗が流れ始めた。
しばらくして外へ出ると、ユウはすぐ隣に用意された水風呂を指す。
「次はこっち」
それを見たダンが足を止めた。
「待て。今あれだけ身体を熱くした直後に、今度は冷たい水へ入るのか?」
「それが気持ちいいらしいよ」
「だから、その知識はどこから仕入れたんだよ」
「昔、聞いたことがあって」
「急に不安になる言い方すんな!」
それでも試運転なので逃げるわけにもいかず、ダンは恐る恐る水風呂へ片足を入れた。
「冷たっ!」
即座に足を引っ込める。
「無理だ!」
「一気に入った方がいいみたい」
「今のお前の言葉、絶対信用しないぞ」
そう言いながらも、ユウが先に肩まで浸かったのを見ると、ダンも覚悟を決めて身体を沈めた。
「っ……!」
最初こそ身体が震えたものの、少しすると火照っていた身体が冷やされ、先ほどまでとは違う心地よさが感じられるようになった。
水風呂から上がったあとは、露天風呂の近くに置かれていた椅子へ腰を下ろす。
谷を抜ける風が、熱を残した身体をゆっくりと撫でていった。
「……」
珍しくダンが黙り込む。
隣の椅子へ座ったユウが顔を見る。
「どう?」
「……なんか変な感じだな」
「気持ちいい?」
ダンは少しだけ間を置いた。
「まあ……悪くない」
「気に入ってるじゃん」
いつの間にか近くまで来ていたカヤが笑う。
「うるせぇ。試運転として評価してるだけだ」
「はいはい」
ところが、その様子を見ていた他の利用者たちまで一斉に興味を持ってしまった。
「俺も入ってみたい!」
「次は私!」
「魔族でも大丈夫なのか?」
「ドワーフならもっと熱くても平気だぞ!」
「勝手に温度上げようとすんな!」
気づけば、試作品だったはずのサウナの前に列ができている。
ドグランはその列を眺めながら腕を組んだ。
「もう一室必要かもしれんな」
「まだ試作品だろ!」
「だが需要はある」
「判断が早ぇよ!」
その後も試運転は続いた。
利用者が増えたことで、サウナから水風呂へ向かう途中の床が滑りやすくなることが分かり、すぐに滑り止めを追加することが決まった。水風呂の近くには身体を休ませるための椅子がもっと必要だという意見も出て、こちらも増設することになる。
さらにカヤが手を上げた。
「風呂上がりに冷たい飲み物を売る場所も必要だと思います!」
ダンが即座に振り返る。
「それ、設備の問題じゃねぇだろ」
「必要だよ!」
「なんで言い切れるんだよ」
「絶対売れるから!」
「完全に商売の話になってるじゃねぇか!」
「客が喜ぶなら問題ないだろう」
ドグランが平然と言う。
「お前まで乗るな!」
夕方になる頃には、朝から続いていた大浴場の騒ぎもようやく少し落ち着いていた。
人間も獣人もドワーフもエルフも魔族も、それぞれ自分の好きな温度の湯を見つけ、のんびりと身体を休めている。
大柄なオーガたちは深い浴槽へ肩まで浸かって満足そうに話し、その少し離れたところでは、上級氷精霊の少女が自分に合わせて調整されたぬる湯の中で気持ちよさそうに目を閉じていた。
露天風呂ではグーちゃんが再び湯船の縁へ顎を乗せ、今度こそ大人しくくつろいでいる。
そしてサウナを試した者たちは水風呂から上がったあと、休憩用の椅子へ深く腰掛け、揃って力を抜いていた。
「……気持ちいいな、これ」
誰かがぽつりと呟く。
それを聞いた別の者も小さく頷いた。
「最初は何をしているのかと思ったが、悪くない」
ダンはそんな者たちを眺めながら首を傾げた。
「なんだ、あいつら。さっきまで暑いだの冷たいだの散々騒いでたのに」
「ダンも同じだったよ」
ユウが笑う。
「俺は試運転だから付き合っただけだ」
「また入りたい?」
「……まあ、確認のためなら」
「気に入ってるじゃん」
「うるせぇ」
そんなやり取りの横で、ドグランは手元の板に並んだ修正項目を読み返していた。
大型種用浴槽の排水強化に、浴槽ごとの温度調整弁の独立、床の滑り止め、各浴槽の特徴が分かる案内板。さらにサウナの温度調整、蒸気に使う水量の制限、水風呂周辺の安全対策、休憩用の椅子の増設まで、試運転をしたからこそ分かった問題がいくつも並んでいる。
そして、その一番下には別の文字があった。
「……冷たい飲み物の売り場」
ダンがそこを指差す。
「やっぱりこれだけおかしいだろ」
「重要です!」
カヤが胸を張る。
ドグランは少しだけ考えたあと、真剣な顔で頷いた。
「採用だ」
「採用すんな!」
大浴場いっぱいにダンの声が響き、あちこちから笑い声が上がった。
ユウも笑いながら、改めて大浴場全体を見渡す。
実際に使ってみたことで問題はいくつも見つかったし、直さなければならないところもまだ多い。それでも、湯気の向こうから聞こえてくる声はどれも楽しそうだった。
少し前まで、これほど多くの種族が一つの浴場で一緒に湯へ浸かっている光景など、想像すらしていなかった。
けれど今では、人間の隣で魔族が笑い、その向こうではドワーフと獣人が湯加減について話している。
誰も相手の種族を気にしていない。
気にしているのは、どの湯が一番気持ちいいかということくらいだった。
「でも、作って良かったね」
ユウがそう言うと、ドグランも浴場全体を見渡しながら満足そうに頷いた。
「ああ。今日見つかったところを直せば、もっと使いやすくなる」
ダンも湯気の向こうに広がる光景をしばらく眺めたあと、少しだけ口元を緩める。
「まあ……悪くはねぇな」
その時だった。
入口の方から、元気な声が響いてきた。
「まだ試運転やってますかー!」
全員が振り返る。
そこには新たに二十人ほどの客が立っていた。
ダンの表情が固まる。
一方、カヤは嬉しそうに大きく手を振った。
「やってますよー!」
「おい待て!」
新しく来た者たちから歓声が上がる。
その光景を見たドグランは、修正項目を書き込んだ板を持ち直した。
「ちょうどいい。もう少し人数が増えた場合の排水と湯量も確認しておこう」
「もう十分確認しただろ!」
「サウナの人数制限も試したい」
「絶対嫌だ!」
「ダンも入るよね?」
カヤが楽しそうに聞く。
「なんで俺が基準みたいになってんだ!」
こうして、新しい大浴場の試運転は当初の予定より大幅に長引くことになった。
その日の夜、ようやく最後の利用者が帰った頃には、ドグランが用意していた修正点を書き留める紙だけでは足りなくなり、何枚もの紙が継ぎ足されていた。
排水や温度調整といった重要なものから、休憩用の椅子や飲み物売り場まで、その内容は実にさまざまだった。
そして一番最後。
誰が書いたのか分からない大きな文字が一つだけ残されていた。
『サウナ、正式採用』
それを見つけたダンは、しばらく黙ったあと深いため息を吐いた。
「……まあ、これは別にいいか」
その小さな呟きを聞き逃さなかったカヤが笑い、ユウもつられて笑う。
こうして、より多くの種族が一緒に身体を休められる新しい大浴場と、後に思わぬ形で王国と魔王領の歴史まで動かすことになるサウナが、やわらぎの湯に正式に加わったのだった。




