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異世界温泉宿 ~使えないスキルと言われた俺、秘境の谷で温泉を作ったら人も魔物も通う場所になった~  作者: 堺久遠


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閑話 温泉に行こう

王都から遠く離れた北西部。


深い山々に囲まれた街道を、三人の冒険者が歩いていた。


戦士のガレス。


魔法使いのセシル。


僧侶のフィア。


三人とも、足取りは重い。


今回受けたのは、山岳地帯に現れた魔物の群れを討伐する依頼だった。


最初に聞いていた話では、数は十数体。


二日もあれば終わるはずだった。


だが実際に現地へ入ってみれば、巣は一つではなかった。


山の斜面。


谷底。


洞窟。


次から次へと痕跡が見つかり、結局、討伐を終えるまで一週間近くかかった。


「……終わったな」


街へ続く道を歩きながら、ガレスが呟く。


背負っている大剣が、いつもより何倍も重く感じる。


腕が痛い。


肩も痛い。


足も重い。


全身が、休めと言っていた。


「終わったわね……」


後ろを歩くセシルの声にも、普段の張りがない。


魔力を何度も限界近くまで使ったせいで、顔には疲労が浮かんでいる。


さらにその後ろ。


フィアも黙って歩いていた。


回復魔法を使い続けたため、彼女自身の魔力もほとんど残っていない。


「フィア、大丈夫か?」


ガレスが振り返る。


「大丈夫です」


「本当に?」


「……たぶん」


「それ大丈夫じゃねぇだろ」


ガレスは苦笑する。


だが。


人のことを言える状態ではなかった。


三人とも同じだった。


ようやく街へ辿り着き、冒険者ギルドへ討伐証明を提出する。


受付で確認が終わり、報酬を受け取った瞬間。


依頼達成。


その言葉を聞いた途端。


三人から一気に力が抜けた。


「……寝たい」


セシルが珍しくそんなことを言った。


「奇遇だな。俺もだ」


「私もです……」


宿を取った三人は、そのまま食堂へ向かった。


温かいスープ。


焼いた肉。


柔らかいパン。


普段なら依頼達成を祝って酒でも頼むところだが、今日はそんな気分にもならない。


ただ黙々と食べる。


「……疲れたな」


ガレスが呟く。


「今さら?」


セシルが顔を上げる。


「今さらだ」


「私は三日前から疲れてたわ」


「私は五日前くらいから……」


「もっと早く言えよ」


「言ったら帰れたんですか?」


「……無理だな」


依頼を途中で放り出すわけにもいかなかった。


誰かがやらなければ、近くの村が襲われる。


だから続けた。


結果として依頼は成功した。


けれど身体は完全に限界だった。


「王都まで戻るの、何日だ?」


「馬車を使っても四日くらいかしら」


セシルが答える。


ガレスはその場で黙った。


「……遠いな」


「ええ」


「この状態で四日ですか……」


フィアも目を伏せる。


宿で何日か休む手もある。


だが、それでも完全に疲れが抜けるとは思えなかった。


特にガレスの肩。


セシルの魔力疲労。


フィアの回復魔法による消耗。


どれも一晩寝ただけでどうにかなるものではない。


しばらくは三人は黙って食事を続けた。


その時、隣のテーブルから声が聞こえた。


「だから本当だって。あそこの湯、入れば身体が軽くなるんだよ」


旅商人らしい男が、仲間へ熱心に話している。


「温泉で?」


「ただの温泉じゃねぇって。魔力疲労にも効くらしい」


セシルの手が止まった。


フィアも顔を上げる。


ガレスは嫌な予感がした。


「……まさかな」


その続きを聞く。


「還らずの谷にある温泉だよ」


三人の視線が合った。


数秒。


誰も何も言わなかった。


やがてフィアが小さく口を開く。


「……ユウさんのところですね」


「だろうな」


ガレスは額へ手を当てた。


最近では、かなり遠くの地方でも噂を聞くようになっていた。


還らずの谷にある温泉。


やわらぎの湯。


傷の回復。


疲労軽減。


魔力の安定。


飯もうまい。


人間だけではなく、魔物まで温泉へ入っている。


最初に聞いた時は、半分くらい冗談だと思った。


だが噂は消えなかった。


むしろ日に日に広がっている。


「……魔力疲労にも効くの?」


セシルが隣の商人を見る。


「お、おう。俺は魔法使いじゃないから分からんけど、そういう話だ」


「疲労も?」


「めちゃくちゃ楽になるらしいぞ」


フィアの目が僅かに輝く。


「ガレス」


「言いたいことは分かる」


「私、まだ何も言ってません」


「顔に書いてある」


フィアは少しだけ笑う。


だがセシルは真剣だった。


「ここから還らずの谷までなら、王都へ帰るより近いわ」


「……そうなのか?」


「たぶん二日ほど」


セシルが荷物から地図を取り出す。


現在地。


街道。


森。


そこから東へ。


迷いの森。


還らずの谷。


確かに。


王都へ戻るより近かった。


「普通なら、疲れを取るために向かう場所じゃないんだがな」


ガレスが地図を見ながら呟く。


還らずの谷。


かつては、誰も近づこうとしなかった危険地帯。


自分たちも以前なら絶対に避けていた。


だが、今はそこへ休みに行こうとしている。


「……時代変わったな」


ガレスが呟く。


「ユウさんが変えたんじゃないですか?」


フィアが静かに言う。


ガレスは答えなかった。


ただ、その言葉を否定することもできなかった。


あの時、戦えないからという理由で、パーティーから外した青年。


その青年が今、


世界中から人が訪れる温泉を作っている。


何度か会いに行こうと思った。


だが、依頼、遠征、護衛。


次々と仕事が入り、結局一度も行けていなかった。


それに少し怖かったのかもしれない。


今さら会って何を話せばいいのか。


「……行くか」


ガレスが言った。


フィアが顔を上げる。


「いいんですか?」


「ああ」


「珍しいわね」


セシルが少しだけ笑う。


「何がだ」


「あなたが自分から温泉へ行こうなんて」


「俺だって疲れるんだよ」


そう言って肩を回す。


痛い。


かなり痛い。


「もう限界だ」


それを聞いて。


フィアが小さく笑った。


「じゃあ、決まりですね」


翌朝、


三人は宿を出た。


向かうのは王都ではない。


東。


迷いの森。


その奥。


還らずの谷。


目的は依頼ではない。


討伐でもない。


ただ、疲れ切った身体を休めるため。


そして、長い間会っていなかった元仲間の顔を見るため。


ガレスは歩きながら、遠くの山々を見つめる。


「……どんな場所になってんだろうな」


誰に聞かせるでもなく呟く。


その答えを。


三人はまだ知らなかった。


世界中で噂されるようになった温泉が、


自分たちの想像よりも遥かに大きな場所になっていることを。


そして、そこで待っているユウが、昔と変わらない穏やかな顔で


三人を迎えることも。

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