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冷たい毒と、確かな熱  作者: karo


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4/6

エリシア

扉の外。

エリシアは、石像のように動かなかった。


中の会話は、すべてその耳に届いていた。


「……思い出した」


その一言。

エリシアの指先が、わずかに震える。

けれど、それは恐怖からではない。


「……ふふ」


抑えきれない笑みが、音もなく零れた。


「どうしましょうかね…」


呟きは、冷たい廊下の空気に溶ける。

思い出したのは、まだ断片に過ぎない。

ならば、間に合う。


「……お姉様」


優しく呼ぶ声とは裏腹に、その瞳には凍てつくような殺意が宿っていた。


「ちゃんと、終わらせて差し上げませんと」


静かに踵を返す。

足音は絨毯に吸い込まれ、彼女は差し込む光の向こうへと消えていった。




同じ頃、カインは屋敷に戻っていた。

外套を脱ぎ捨てながら、ふと足を止める。


「……」


わずかに眉を寄せる。

胸の奥をざわつかせる、得体の知れない嫌な予感。


「カイン兄様」


背後からかかった声に、振り返る。

そこにはエリシアが立っていた。いつもの、隙のない完璧な笑顔を浮かべて。


「お帰りなさいませ」

「……ああ」

「ルーラ様のご様子を見てまいりましたの」


あまりに自然な口調。


「……どうだった」


カインの視線が、わずかに鋭さを増す。


「とてもお辛そうで……。記憶の混乱もひどいようでございますわ」

「……そうか」


それは医師からも聞いている。だが

「……それだけか?」


無意識に、問いが重なった。

エリシアが、ほんのわずかに目を伏せる。


「……」


一拍の沈黙。


「……わたくし、少し怖がられてしまいましたの」


困ったように笑い、自嘲気味に肩をすくめる。


「無理もございませんわね。混乱の最中に、急に知らない者が現れたのですもの」


カインは何も答えず、ただ妹を凝視していた。


「ですから」と、エリシアは続ける。

「しばらくは、あまり近づかない方がよろしいかと。余計な刺激は、回復の妨げになりますわ」


理路整然とした言葉。けれど。


「……わかった」


カインは短く答えた。

納得したわけではない。その瞳の奥には、拭いきれない違和感が沈殿していた。


「兄様もお疲れでしょう。どうか、ご無理なさらず」


エリシアは優雅に一礼し、去っていく。

その後ろ姿を見送りながら、カインは再び深く眉を寄せた。


何かが、致命的に引っかかる。

言葉にできない。

だが、肌を刺すような違和感がそこにはあった。


「……ルーラ」


自然と足が動いていた。向かう先は、ただ一つ。



ルーラは、まだベッドの上で固まっていた。

呼吸は落ち着いたものの、頭の奥のざわつきは消えない。

あの衝撃。突き飛ばされた瞬間の、浮遊感。


コン、と扉が叩かれる。


「……っ」


びくりと体が跳ねる。


「……入るぞ」


低い声。一瞬で、それがカインだと分かった。


「……うん」


扉が開き、カインが入ってくる。足音はさっきよりも少しだけ、急いでいるように聞こえた。


「……顔色が悪い」


開口一番、彼はそう言った。


「……大丈夫」

「何があった」


反射的な拒絶を、間髪入れずに切り裂かれる。

逃げ場のない、まっすぐな視線。


「……」


リゼの言葉がよぎる。

――無理に思い出さなくていい。

けれど。


「……少し」

「……」

「……思い出したの」


カインの表情が、わずかに強張った。


「……何を」

「……突き飛ばされた、感覚」


その一言で、部屋の空気が凍りついた。


「……誰に」


一歩、カインが詰め寄る。その声は、低く、硬い。


「……」


答えようとして、口が止まる。

エリシアの、あの温度のない笑顔が脳裏をよぎる。


「……わからない」


結局、それしか言えなかった。

記憶はある。けれど、それを目の前の男の「妹」だと断定する勇気が、今の自分にはなかった。


「……」


カインは黙って私を見ていた。何かを測るように、あるいは決断を下すように。


「……そうか」


彼はそれ以上、追及しなかった。

けれど、その瞳の奥には、静かな、しかし確固たる殺気にも似た「何か」が宿っていた。


「……無理はするな。何かあれば、すぐに呼べ」


それだけを言い残し、彼は背を向けた。

扉へと向かうその背中が、さっきよりも少しだけ遠く、厳しく感じられた。


扉が閉まり、再び訪れる静寂。

けれど、その重さはさっきまでの比ではなかった。


――その頃。

廊下の影で、エリシアはすべてを聞いていた。


「……ふふ」


暗闇の中で、彼女の口角がつり上がる。


「やっぱり。気づき始めておりますわね」


けれど、焦りの色は微塵もない。


「次で」


ぽつりと呟かれた言葉。


「終わりにいたしましょうか」


誰にも見せることのないその笑顔は、この世のものとは思えないほど醜悪で、美しかった。

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