表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷たい毒と、確かな熱  作者: karo


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/6

体を起こす。

昨日よりも、ずっと体が軽い。


指先に力が入るのを確かめ、ゆっくりと腕を動かしてみる。

――問題ない。動ける。


「……」


部屋の中は、しんと静まり返っていた。

昨日と同じ光景のはずなのに、視界が開けたせいか、受ける印象がわずかに違う。


「お目覚めでございますか」


不意に届いたリゼの声に振り向くと、彼女は影のように佇んでいた。


「……うん」

「お加減はいかがですか」

「昨日より、動くみたい」

「ようございました」


リゼの唇に、わずかな微笑みが浮かぶ。

それだけで、張り詰めていた心の糸が少しだけ緩むのを感じた。


「本日は、軽くお体を慣らしましょうか」

「……歩けるかな」

「わたくしの支えがあれば、問題ございません」


迷いのない返答に背中を押され、ベッドから足を下ろす。

床の冷たい感触が、足の裏を通して脳に伝わる。しっかりとした現実の感覚だ。


立ち上がると、視界が少しだけ揺れた。

けれど、倒れるほどではない。


「……いける」


小さく呟いた私に、リゼはあえて手を貸さなかった。

けれど、何かあればすぐに支えられる絶妙な距離を保っている。

その心遣いが、今の私には心地よかった。


ゆっくりと歩く。

一歩、また一歩。

頼りなかった足取りが確かなものになるにつれ、体が自分のもとに戻ってくるような感覚があった。


「……外、行けるかな」


思わず漏れた言葉に、リゼはほんの一瞬だけ思考を巡らせた。


「短時間であれば」

「……行きたい」

「かしこまりました」


上着を羽織り、廊下へ出る。

静かな空間に、自分の足音が反響する。

知らない場所のはずなのに、どこか、魂の深いところで懐かしさを感じたような気がした。


重厚な扉を抜けた先。

目に飛び込んできた光に、私は思わず息を呑んだ。


「……っ」


広い庭園。

手入れの行き届いた色とりどりの草木が、柔らかな風に揺れている。


「……きれい」


自然にこぼれた感嘆。

そのときだった。


「お姉様」


背後から突き刺さった声に、びくりと肩が跳ねた。

振り向くと、そこに一人の少女が立っていた。


淡い色のドレスを纏い、柔らかな笑みを浮かべた、整った顔立ちの少女。


「お目覚めになったと聞いて」


彼女はゆっくりと、こちらの反応を伺うように距離を詰めてくる。


「よかった……本当に。心配しておりましたのよ?」


慈しむような、優しい声。

けれど、私の胸の奥は不快なざらつきを覚えていた。

理由は分からない。

ただ、本能が「近づいてほしくない」と警鐘を鳴らしている。


「……どなた?」


思わず口に出た問いに、少女の動きが止まった。

ほんの一瞬。瞬きをするほどの、わずかな時間。


「……ああ、そうでしたわね」


すぐに、彼女は磁器のような完璧な笑顔を取り繕った。


「わたくし、エリシアと申します」


丁寧にスカートの裾を摘み、優雅に一礼する。


「カイン兄様の妹ですわ」


――妹。

その言葉が頭の中で反芻される。

何かが引っかかる。

喉の奥に小骨が刺さったような、不気味な違和感。


「ご無理なさらないでくださいませ」


優しい声とともに、エリシアがさらに一歩踏み込んできた。


「お体は……」


その白い手が私の肌に触れようと伸びてくる。

拒絶しようと身を固くした瞬間――。


「――お嬢様」


遮るように、リゼがすっと間に入った。

流れるような、自然な動き。

エリシアの手が、空中で止まる。


「まだ回復途中でございます」


リゼの声は静かだった。


「接触はお控えいただければと」


柔らかな物腰。

けれど、そこには明確な拒絶の意思が込められていた。

一瞬の沈黙。


「……そうですわね」


エリシアが微笑む。

何事もなかったかのように。


「わたくしったら、つい。嬉しくって」


くすりと笑うその仕草は、どこから見ても完璧な貴嬢のそれだった。

なのに…。


「……」


やっぱり、嫌だ。

体が、無意識に後退りする。


「お姉様」


呼ばれるたび、肌が粟立つ。


「また、お話しできるのを楽しみにしておりますわ」


向けられた笑顔は、あまりに整いすぎていて

――逆に、体温が感じられなかった。


エリシアは満足げに微笑むと、ゆっくりと去っていった。

遠ざかる足音を聞きながら、私はようやく止めていた息を吐き出す。


「……ご気分はいかがですか、お嬢様」

「……わからない」


正直な気持ちだった。


「ただ……あの人、怖い」


ぽつりと出た独り言。

リゼは、ほんの一瞬だけ、悲しげに目を伏せた。


「……ご無理もございません」


それ以上、彼女は何も言わなかった。

けれど、その沈黙が、私にある確信を与えた。


――やはり、何かある。


庭の景色が、さっきまでとは違って見えた。

美しく整えられた庭園が、まるで私を閉じ込める檻のように。


風が吹き、葉が擦れる。

その音の奥で。

一瞬、あの高笑いが重なった気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ