村騒動
その夜だった。
村はすでに静まり返っていた。
畑の向こうには月明かりに照らされた森が広がり、虫の音だけが聞こえる。
僕は自室のベッドの上で斧の手入れをしていた。
刃を布で丁寧に磨く。
鉄の刃が月光を反射した。
「はぁ・・・」
手入れをしていた手を止め、僕は壁に寄り掛かる。
天井を何もせずジーっと見つめていると、足音が聞こえた。
軽く、少し早い足音。
アリスだ。
コンコン・・・。
部屋のドアをノックされる。
「はーい」
そう返事をして、僕は部屋のドアを開ける。
「・・・レイも眠れないんだ」
ドアを開けた先には初めて見るアリスの姿があった。
寝間着に、ハーフアップに結ばれていない髪。
ローブすらも脱ぎ、魔法の暴発なんてしなさそうな、普通の女の子に見える。
窓から差し込む月の光を受け、アリスの髪は淡く輝いている。
思わず見とれていると、アリスが顔を覗き込んできた。
「もしかして寝ようとしてた?」
眉を下げ、悲しそうな表情を浮かべるアリス。
「いや。僕も眠れなかったんだ」
と、僕は苦笑した。
「もし魔狼が出たら私たちどうなっちゃうのかな・・・」
ベッドに腰かけたアリスが俯き、不安そうに話す。
「魔狼は父さん達でも勝機が薄いらしいし、王国騎士・・・。騎士団レベルじゃないと無理かもな」
「騎士団・・・こんな村のために来てくれるのかな・・・。」
「来てくれるといいんだけどな」
なんて雑談をしている時だった。
遠くの方から叫び声が聞こえた。
「魔狼だ!!!」
村の入り口の方からだった。
僕らは顔を見合わせる。
「助けに行かなきゃ・・」
そう言って立ち上がるアリスの手を引っ張った。
「ど、どうしたの?早くいかないと」
困惑した表情を浮かべるアリスに僕は言った。
「アリスはここに残ってて。僕が言ってくる。」
「ダメ!危険だよ!一人じゃ・・・」
「アリス。魔法暴発させたら村の人たちにも迷惑かかるよ」
反論しようとしたアリスの口がもごもごと動く。
悔しそうにこちらを見つめるアリスの手を離し、斧を取った。
「大丈夫大丈夫。僕だって魔法使えるし。・・・・もし何かあったら母さん達を頼んだ」
「・・・絶対怪我しないでね」
「おう」
目に涙を溜めるアリスを部屋に残し、僕は村の入口へと向かった。
家を出ると、少し前を父さんが走っているのが見えた。
大斧を軽々と担ぎ、全速力で走る父さん。
その先から、血の匂いが漂い、人の悲鳴が聞こえる。
入り口に着くと、既に魔狼と戦っていた。
黒色の毛並みをした狼の魔物が群れを成し、人々を襲っている。
「出ていけ!」
父さんが低く唸った。
大斧を振り回し、魔狼を一匹、二匹と倒している。
「助けてくれ・・・!」
村人の腕を噛んでいる魔狼を斧で切った。
切った皮膚から血が吹き上がった。
しかし、魔狼は後退することなく、牙を剥き飛びついてきた。
「レイ!」
間一髪のところ、父さんに助けられた。
「子供は家に戻れ!!」
父さんが戦いながら僕に叫んだ。
魔狼が負傷した村人目掛け走り出す。
僕は地面を蹴り、魔狼めがけて斧を振るう。
ザシュ・・・!
刃が魔狼の横腹を切り、魔狼が転がる。
「僕はもう14だ十分戦える!!」
腹の底からそう叫ぶ。
父さんは一瞬僕の方を見た後、小さく笑った。
「・・・はは。そうだったな」
次の瞬間。
森の奥から唸り声が響いた。
巨大な影が月明かりに照らされ、普通の魔狼より二回りも大きい白い魔狼が現れた。
「・・・ボスだ」
村人の誰かがつぶやいた。
その後ろには、魔狼が10匹。
背中に冷たい汗が流れる。
「《火球》!」
後ろで誰かが、魔法を詠唱した。
一瞬で、辺りを熱気に包み、周囲が赤く光った。
振り返ると、杖を掲げ、巨大な火球を生成しているアリスがいた。
「そのまま撃て!!」
「・・・うん!」
アリスが杖を振る。
巨大な火球が魔狼達の上で落下し、轟音と爆炎で魔狼達が吹き飛ぶ。
衝撃で地面が揺れ、煙が立ち込める。
そしてその中から、巨大な魔狼達が飛び出してきた。
まだ倒れていない。
「嘘だろ・・・・!?」
僕は歯を食いしばり、巨大な魔狼目掛け飛びかかる。
自分や斧の何倍もでかい魔狼。一撃で仕留めることは不可能だ。
なら、
斧にありったけの魔力を供給し、巨大な魔狼目掛け振るった。
攻撃が当たる直前、母さんが初めて教えてくれた魔法を思い出していてた。
斧が巨大な魔狼の肩に叩き込まれたが、斧が方に刺さった程度だった。
が、刺さっていた斧から氷魔法が発動し、魔狼の群れを氷漬けにしていた。
それはかつて、母さんから初めて教えてもらった《氷域》に似ている魔法だった。
「・・・倒した・・・のか?」
一人の村人がそう言った。
誰も動かない。
「これ・・・レイがやったのか?」
父さんが僕を見る。
「多分・・・」
「やるじゃねえか」
父さんが笑った。
それにつられ、僕も笑った。
しかし、群れの狼を全員氷漬けにするほどの範囲の魔法、それには魔力消耗が激しく、僕は魔力が体に残っておらず、そのまま意識を失った。
「・・・やれやれ。お手柄だな」
ガルドは息子を抱え、頭をなでる。
「レイは大丈夫ですか・・?!」
「あぁ。怪我はしてないと思う。が、負傷者も多い。ミリアに治癒魔法をかけてもらおう。」
アリスがホッと胸をなでおろす。
その時、村人が声を上げた。
「見てくれこれ」
魔狼達の体。
そこには――
黒い魔法陣が刻まれていた。
ガルドの表情が変わる。
「誰かがこいつらに何かしたのか?」
赤錆の匂いが漂う村の中で、嫌な予感だけが残った。




