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捨てられ貴族と山暮らしの少年  作者: 花鶏
§ 理想の値段 §
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正義の余波


 たちの悪い商会がひとつ消えた。


 領都の酒場で報告に訪れたカイルに、ヘイミッシュは感心したように言う。


「あっという間だったな」

「あそこを相手に不正してりゃ、バレたらこうなるでしょ」


 ポーンが小気味良い音をたててチェス盤に置かれる。


「坊ちゃんのおかげで、山の民が仕事で死ぬことはなくなるな」

「だといいけど。

 彼らも、あんまりおかしな仕事に乗らないでほしいよ」


 ヘイミッシュが巻きタバコを噛んで、くくっと笑った。


「仕事を選べるやつらばかりじゃないのさ。

 あれを冬を越すための当てにしてた奴らもそれなりにいる。

 可哀想に、このままじゃ冬は越せねぇだろうな」


 カイルの手が止まる。


「別に、外からの仕事を受けなくても、冬越えはできるはずだ」


 ラタは、外の仕事はないに越したことはない、と言っていた。

 キノコを探すより割に合わない、と。


「そりゃあ、そいつはよほど酷い仕事しか回してもらってねぇんだろう。

 普通は、あんな商会の仕事でもないよりマシだ。山の冬越えは厳しい」


 チェス盤の向こうから、温度のない目がカイルを見ていた。


「なんだぁ? 考えもしなかったか」


「……そういうの、何で先に教えてくれないの」

「ん? お坊ちゃんのセンセイは、依頼に含まれていたかい?」

「もしかしてわざわざ山の民の話をしたの、俺に帳簿買わせるためだった?」

「覚えてねぇな」


「――チェックメイト」

「あっ、てめ……」


 カイルは立ち上がり、じゃあまたね、と笑って酒場を出た。


 城へ戻る石畳を足早に歩く。

 冷たい風が頬を掠め、カイルはぎゅっと目を閉じた。



 グレイ商会への粛清にグランフォード大商会の幹部が関わっているという噂は、商人たちの間ですぐに広まった。

 何がグランフォードの逆鱗に触れたのか判断しあぐねた彼らは、新たな取引を様子見するようになった。


 そしてそれは当然、父オリバーの耳に入った。


 カイルは航海への出発までの間、領都の城に謹慎を命じられた。


 この冬から、カイルは一年間の航海に出る。


 船乗りたちとの信頼関係を結び、他領や隣国の取引先に次期海運長として挨拶に行く。

 オリバーが、カイルを名前だけの海運長にするつもりがないことの証でもあった。


 自室として与えられた客室で、チェスの駒を握り締める。


「クソみたいな商人はいなくなった。けど……」


 山の民の冬越えのための仕事が消えた。

 グレイ商会の穴埋めで他のギルドとの交渉が増え、アランの負担も増えている。


 間違ったことをしたつもりはないが、己の未熟さが胸に重い。


 眉間を擦っていると扉が開いた。


「カイル、酒でも飲まないか。

 息抜きに付き合ってくれよ」


 領主代行で忙しいアランだった。

 ただでさえ気の優しいアランは、通常業務だけでも様々なことに心痛めているというのに。


「アラン。仕事を増やして、ごめん」


 ワイングラスに瓶を傾けながらアランは柔らかく笑う。


「大丈夫だよ。父上の無茶なやり方に比べたら可愛いもんだ。

 貧しい人々を使い潰すような商売は、僕も好きじゃない。

 領が十分に豊かでないことが原因なら、カイルの責任じゃないよ」


 不甲斐ない自分にしょんぼりするカイルの背中を、アランは軽く叩く。


「新しく山越えの輸送権を下ろす運搬ギルドが決まった。

 今までグレイ商会とやりとりしてた山の民を紹介しておいたよ。

 不正で浮いた賠償金の一部を、亡くなった山の民の未払い賃金に充てる算段もついた。……だから、元気出せ」


 散らかしたおもちゃの後片付けを済ませたくらいの軽さ。

 カイルは子どもの頃のように、アランの顔を上目遣いに覗く。


「……そんなの、父上が納得したの?」

「知らないな。それくらいのことは、僕に一任されてる権限のうちだ」


 ぐっと口を引き結んで、カイルは短く言う。


「……アラン、ごめん、ありがとう」


 アランはグラスを傾けて優しく答える。


「あの彼のために、腹をたてたんだろ?

 僕だって彼には恩義がある。

 カイルは昔から僕の自慢の賢い弟だけど、たまには僕にも兄貴ヅラさせてよ」


 カイルは眉を下げる。


 アランはいつだって自慢の兄だ。

 カイルに足りないものを、全部持っている。


 人を断罪する知恵ではなく、人の心を動かす力を。


 子どもの頃、入ってはいけない地下室に忍び込んで転んで、立てなくてべそをかいていたカイルを、心配して探しにきてくれたアラン。

 その時のまま、カイルにとってはずっと頼りになる兄なのだ。


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