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捨てられ貴族と山暮らしの少年  作者: 花鶏
§ 理想の値段 §
36/39

グレイ商会


 カイルが港町の海運本部に戻ってひと月が経ち、グランフォードに冬の寒さが近づいてきた。


(ラタは、そろそろ全快したかな。冬支度はちゃんとできたんだろうか)


 あの後、ラタが歩けるようになるのを待って、森へ向かうところまでは見届けた。

 重みが負担にならない程度の塩を持たせたが、役に立っているだろうか。


 今回だけでも誰かに手伝わせようかと匂わせたら、頭のおかしい人間を見るような顔をされて断念した。


 港町に戻ってきてから、気になって度々うわの空になってしまう。


 机の上に積まれた書類の山をぼんやりと見下ろす。

 その横でマルコがいつもの溜め息をついた。


「どうした、マルコ」


 机の向こう側から眉をひそめたマルコが帳簿を差し出す。


「運送の外注からの請求です。

 割れ物だから荷台が詰められないのは分かるんすけど……毎回、荷台がスッカスカで」


 積荷に対する馬車の数が多い。

 ひどいものだと陶器箱十個に対して馬車を一台出している。


「現場の人間が、おかしいんじゃないかって俺に上げてきました」

「こっそり減便してるんじゃないの?」

「それは確認させました。契約通り、全部出してます」

「……じゃあ、荷台はほんとにスカスカだな」


 何か抱き合わせで運んでいるなら、その分の請求は見直させなければならない。


「グレイ商会……?」


 どこかで聞いた名前だなと考えて、思い出す。

 酒場で、裏社会の元締めであるヘイミッシュが「何か悪さをしているかもしれない」と言っていた商会だ。

 元々ラムズデンの縁故で、グランフォード商会では陸運の一部を外注していた。


 ラムズデンは結局カイルの与えた役職に満足できずグランフォード商会を離れ、グレイ商会に顔役として移った。

 懲戒で辞めたわけではないので外注先として仕事を出していること自体は何ら問題はない。

 だがヘイミッシュの言っていた異様に羽振りが良いという話が引っかかる。


「最近は、陸運本部からも仕事を出してるみたいですよ」

「……へぇ」


 多少の架空請求くらいならまだいいが、やばいことに手を出しているなら考えなければならない。

 グランフォード商会を巻き込まれては困る。


 カイルはため息をつき立ち上がった。


「ちょっと、本部に行く。マルコも来て」



 領都に着いたカイルは、本部の人間を借りて、マルコにグレイ商会に出している仕事の帳簿を調べさせた。

 最近の大きな仕事は東から仕入れたラピスラズリの運送だった。


 宿でマルコのメモを見ながら頬杖をつく。


「……天気が良くても悪くても、なんで毎回一割減ってんの」

「まあ『一割まではバレない』と踏んで、それ以下の減損の時は自分の懐に入れてるんでしょうね」


 マルコの言葉にカイルは軽く息を吐く。

 ラムズデンの指示ではないのかもしれないが、これはダメだ。


「……ちょっと、本格的に確認した方がいいかも。怖いおじさんを頼るかぁ」


 平民の姿に着替えて町におりる。

 裏通りのとある酒場に向かう。

 マスターに声をかけると、薄暗い木の壁に囲まれた部屋の奥のテーブルに通された。


 巻きタバコを燻らせてトランプタワーを作っているヘイミッシュに声をかける。


「……暇なの?」

「暇なもんか。考え事をする時は手仕事が要るだろ」


 軽口を叩きながら席につく。

 ヘイミッシュも笑っていたが、その目は相変わらず静かに鋭かった。


 簡単に用件を伝えると、ヘイミッシュは苦笑してから部下に合図をする。

 運ばれてきたのは細工された秤と裏帳簿。それからグレイ商会の店のゴミから回収された発注書。


「金の臭いがするから、ちょうど調べてた」


 カイルは帳簿をめくり、数字の歪みに気づく。仕入れ量と販売量が合わない。

 嵩増しだ。


「……あからさまだな」

「手口が幼稚すぎて使い所に困るネタだった。

 本人に突きつけて小銭を貰おうかと思ってたところだ」


 考え込むカイルにヘイミッシュが思い出したように付け加える。


「先月、崖崩れの事故も起こしてるな。荷運びに雇っていた山の民が何人か死んだ。

 天候が悪いという進言を無視して、契約を盾に強行させた結果だ。

 商品の毀損を理由に遺族に代金も払ってない」

「……はぁ……?」


 目を見開くカイルに、ヘイミッシュは面白そうに目を細めた。


「坊ちゃん、最近、山の民にご執心なんだってナァ?

 グレイ商会は安く使える山の民を重用してる。

 冬の山越えは危険がいっぱいだ。

 次は何人死ぬかね?」


 揶揄してくるヘイミッシュを無視して、カイルは深く息を吸い、頭の中で証拠と現状を整理する。


「……秤と帳簿、俺が買い取るよ」

「毎度あり」


 出処の明かせない証拠では決め手にはならない。

 だが、あいつは確実に潰す。

 カイルはそう決めた。



 数日後。カイルは重厚な石造りの社交クラブにいた。


 カイルは社交界に顔を出したことはないが、最低限の教育は受けている。

 卒なく王都の大商会の跡取り息子に声をかける。王室にも影響力のある家だ。

 カイル・ブレアと名乗り、酒を酌み交わす。

 チェスを指し、ダイスを投げ、カードを切る。

 周囲からのおべっかに辟易していた彼と砕けた話をするようになるまで、三日かからなかった。


 カイルは彼に証拠一式をさりげなく渡し、耳打ちするように告げた。


「君のところ、最近グレイ商会から荷物を仕入れてるよね。

 ここだけの話、商品の重さを誤魔化してると思うよ。確実な証拠はないけど……お父上に、受領品を確認するよう忠告した方がいいんじゃない?」



 数週間後、グレイ商会は国内の商人ギルド連合から商業活動を禁じられ、追放処分になった。

 新しく取引を考えていた商人たちは肝を冷やしていた。


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