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捨てられ貴族と山暮らしの少年  作者: 花鶏
§ 山の狼 §
33/39

山狩り


 翌日、カイルはアランとともに領都へ向かった。

 商会の本部と計画のすり合わせをしてこいとマルコにせっつかれたからだ。


 赴任して以来ずっと休みなく動き続けていたし、周囲からたまには羽根を伸ばさせろと圧があった。

 父オリバーと道路敷設の話もしておきたかった。


 カイルが嫡男のアランと親しそうにしているのを、幹部たちは当てが外れたような顔で見ていた。



 数日かけて山道を越え、久しぶりに生まれ育ったグランフォード城を見る。


 石畳の道、城壁の輪郭。

 幼い頃から見慣れたはずの景色が、どこか他人の街のように感じる。


 カイルは町に宿を取るつもりだったが、久しぶりに会った母は一歩も譲らなかった。


「せっかく帰ってきたのに宿? 何を言っているの」


 半ば押し切られる形で城に泊まることになり、父まで「しばらく客人として滞在しろ」と命じてくる。

 カイルが生きていることは、城の中でも何人かの忠臣しか知らない。

 余計なリスクだと言ったのに、なんだかんだ言って父は母に甘い。

 カイルは諦めて、マルコに伝令を飛ばした。


『帰りが少し遅れる。多分再来週』


 それだけの簡潔な文を書き終えて、ふと苦笑する。


(怒るだろうなぁ)


 カイルが帰らなければ、マルコには後ろ盾がいない。

 胃炎を理由に閑職を要求するマルコが目に浮かぶようだった。



 その日、カイルは久しぶりに何の予定もない午後を城で過ごしていた。


 書斎の窓は大きく、山から吹き下ろす風がゆるやかにカーテンを揺らしている。

 机の上に広げたままの本が風でぱらぱらと捲られ、陽光が机の上に四角く落ちる。


 鳥の囀りを背景にゆったりと白い雲が流れる。


(こんな時間、いつぶりだろ)


 商会に入ってからは、常に次の約束、次の取引、次の移動に追われていた。


 無骨な窓枠の向こうには山々が連なっている。


 あの一帯を接収してから、グランフォードは峠に道を通した。

 馬なら細い道伝いに一日で行けるようになった。


 狼の一件は何も解決していない。

 狂ったように里へ下り、人を襲う狼の群れ。

 それを止めるため、大規模な山狩が行われることになった。

 調査と並行して、小規模な先行隊が既に山に入っているらしい。


 バルモア伯爵は「もうそちらの土地だ」と取り合おうとしない。

 狼の移動経路や縄張りについて何か記録があるかもしれない。

 過去の山踏みの記録を見せてもらう交渉のため、アランがそちらへ向かっていた。


 面倒な役回りを、いつもアランが引き受けている。



 その静かな時間は、夕刻、城門の方から聞こえた騒がしい足音で破られた。


 窓辺に寄ったカイルは息を呑む。


 窓越しに見えた、汚れた外套のまま護衛に支えられ、馬から降ろされる人影――アランだ。


 廊下を駆け出し、扉を開け放つ。


「アラン!」


 ソファに腰かけ、侍医の診察を受けているアランが顔をあげた。


「カイル」

「アラン、どうした」


 言いづらそうにアランは俯く。

 バルモアへ向かったついでに、まだ顔を合わせていないあちらの山の民の代表に会いに行ったのだという。

 挨拶だけして、すぐに帰る予定だった。


「……狼に幕営を囲まれた。何匹か狩ったあとだったから、……みんな、油断してたんだと思う」


 アランの護衛が説明を引き継ぐ。


「山の民が庇ってくれました。アラン様はその時に打撲されて」

「流石、山で生きているだけはある。強く、勇敢な連中です」


 もうひとりの護衛が讃えるように言う。

 その称賛に、カイルは、山の民がきちんと信頼を得ていることが嬉しかった。


 アランが低く言った。


「……ラタだ」

「え?」

「お前の、友達の」


 予想もしない名前に鼓動が止まる。


「僕を庇って、噛まれた」

「ラタが!?」


 思わず声が裏返る。


「狼に背後から飛びかかられて、彼に突き飛ばされた。

 気づいたら、――彼が襲われていた」


 胸の奥が一瞬で冷たくなる。


 山狩に、ラタが駆り出されている。

 それは予想できることだが、山の民はあくまで案内役のはず。

 そこまでの危険はないと思っていた。


「……それで、ラタは」

「すぐに狼は始末しました」


 護衛が答える。


「命に別状はありません。

 薬師隊に引き渡して、治療させています」


 安堵の息が漏れる。

 だが同時に、別の不安が喉元を締めつけた。


 ――無事でも。

 もし、看病する人間に鱗が露呈していたりしたら。


 そう想像して、再び血の気が引く。


 村でばれたら、袋叩きになる。

 そう言っていたラタの声が蘇る。


 じっとなど、していられなかった。


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