アランとの再会
カイルが港町に来て二ヶ月が過ぎた。
周囲の人たちの人間関係がほんのり把握でき始めた頃、商談から戻ってきたカイルに番頭が声をかけた。
「お客様がみえてますよ」
既にカイルの部屋に通しているという。
その名前を聞いて、カイルは階段を一段飛ばしで駆け上がり、勢いよく扉を開ける。
「アラン! いつの間に王都から戻ってたんだよ!」
「カイル! 本当にカイルだ……無事で、良かった」
脱力してソファに沈む兄に、カイルは神妙な顔で謝る。
「心配かけてごめん」
「本当だよ。もう心配で心配で」
「夜しか眠れなかった?」
「そう」
「寝てんじゃん!」
破顔するアランの、少し垂れた目元が懐かしい。
カイルはさっきまでの疲れも忘れて、久しぶりに会う兄と空白を埋めるように語り合った。
キノコに詳しくなったことや、白樺の樹皮で手紙を作ったこと。
そして、山で出会った黒曜石のような少年のことを。
アランのほうは主に甥っ子たちの話と、領主代行の苦労話だ。
その半分が父親に対する苦情だった。
「父上がさ、港から王都へ向かう街道を早く整えろって、やたら急かしてくるんだ」
「ああ……今度ヴォルカからサフランを仕入れるから、それのためかな」
「あー……それかぁ……」
ヴォルカの代表が港の変更の挨拶に来たついでに取引が決まり、まずは少量を王都へ卸すことになった。
サフランは軽くて高い。
運輸には美味しい案件だが、管理が悪いとすぐに駄目になる。
アランは陶器のカップを置いてソファにもたれた。
「僕も、商売で道が整うなら、戦で発展して掠奪を許すことで褒賞とするよりはよほどいいと思う。
だけど今は夏だよ。農繁期に出させる人数には限界がある」
父オリバーは、合理の神に道徳を捧げた代わりに、やたらとタフな心身を授かっている。
農民たちも「免税すれば喜んで二倍動ける」と思い込んでいる節がある。
カイルはヴォルカとの交易内容を思い浮かべながら口元を摩った。
「……最悪、サフランの仕入れを来春に遅らせるか」
「そんなことできるの?」
「早めるのは無理だけど、遅らせるのはできると思うよ。利益減るけど。
わざとやったって父上にバレないようにするのが一番の難関だな」
なぜ身内の対応をするのにこんな策略を練らねばならないのか。
ふたりで深いため息をつく。
「アランは、父上とは仲直りしたの?」
「してないよ。有耶無耶になっただけ」
肩をすくめるアランの口調は、父親の話のはずなのに、甥っ子たちの悪戯の話と同じ温度だ。
「あの人には悪気がないからさ。
これ以上怒ってても意味がない。
カイルのためにも悪くないと思ってたみたいだし」
「勝手に葬式あげるのが??」
頓狂な声をあげてしまったカイルに、アランが吹き出した。
「普通はそう思うよねぇ。
でも、お前は父上と似てるから」
「は?」
心底心外な評価に顔を顰める。
アランはまっすぐにカイルを見る。
「お前は、目的が決まったら最短距離を一直線に走りたい人間だ。
でも、『カイル・グランフォード』の一挙手一投足は領の評判に直結する。
どこで何をしても『子爵家の次男』として扱われる」
カップが机に置かれる音が、ことりと響く。
「……あの人は、領っていう足枷を、お前から外してやれると思ったんだろうね」
カイルは瞬きをした。
「……え? 自分はあれだけ好き勝手やってんのに?」
「父上はできる。お前は、僕や母上のことを考えて、止まってしまうだろ」
「……買い被りすぎだよ。
俺だっていつも、やりたいようにやってる」
ふふ、とアランは優しく笑った。
アランのこの顔を見ると、カイルはいつも反論する気が削がれる。
誤魔化すように話題を変えた。
「そういえばさ。併合した山、どうなってる?」
「ああ」
アランの表情が仕事の顔に戻る。
「あの辺りから病気の狼が降りてきてるらしい。
麓の村に被害が出てる。グランフォードでも、バルモアでも。
噛まれたら、半分は死ぬ」
「……え?」
「役人が記録を洗ったら、春の山踏みで様子がおかしいって報告があがってたんだけど」
なんと言ったものか、という風に一度言葉を区切って、アランは続けた。
「放置されてた。
まだ具体的な事件はなかったし、対応しても利益にならないと思ったんだろうな」
春の山踏み。
ラタに拾われた時のことだ。
あのとき、確かに「様子がおかしい」と言っていた。
山踏みは決して楽な仕事ではない。
普段は行かない道のない山を登ったり、危険な獣と遭遇することもある。
その成果を丸無駄にされた。
舌打ちが漏れそうになる。
アランが宥めるような声で言う。
「山狩りが必要になるかもしれない。
今、調査中。
決まったら、案内役を山の民に頼むしかないだろうね」
「……もちろん、彼らの安全には、配慮してくれるだろ?」
伺うように上目遣いになるカイルを見て、アランは笑う。
「そりゃ、当たり前の配慮はするつもりだけど。
カイルの友達がいるなら、手厚くしなきゃなぁ」
「そうして。実はその人、お前の大事な弟を助けた大恩人だよ」
「違いない」
その後は概ね、父親の悪口で時間が過ぎていった。





