マルコの大出世
それから半月。
遠征軍への賠償の話も終わり、鉱山からの苦情もなくなった。
「廃棄がほぼゼロになりましたね。
人数が増えて出荷遅延も解消しました。
安く雇えたので利益も残ってます」
「そっか、良かった」
差し出された利益表をぱらぱらとめくる。概ね想定内の数字だ。
一度覗きに行った倉庫では色紐が揺れていた。
倉庫番や老人はどこかでカイルの立場を知ったらしく、小さくなっていた。
「困り事はなさそう?」
「皆、慣れてきたみたいですよ。
ジョックもよくやってます」
午後からの幹部会で、その報告書を共有する。
長机を囲んだ幹部たちが、落ち着きなく咳払いを繰り返している。
「……数字は良くなったようですが。
無茶な指示で現場を混乱させたと苦情があがっておりますぞ。
お若い方は、目新しいものが良く見えるのかもしれませんが」
「誰から?」
「多少態度が悪いからと、突然解雇するなど……」
「だから、誰から?」
返事をしない幹部に、カイルは目をぱちぱちと瞬く。
「貴方に任せてある倉庫は、利益さえ出してるなら、どんな人間を雇っていただいてもかまいません。
でもあの倉庫は、満場一致で俺に任されましたよね?」
「だが、彼らにも生活が」
「彼らというのは、貴方のご親戚のことですか?」
かっと顔を赤らめた幹部は押し黙ってカイルを睨んだ。
カイルはそのまま、軽い調子で続けた。
「他になければ、この話はこれで。
えーと、それで俺、今回頑張って帳簿を遡って見てたんですけど……ラムズデンさん」
カイルの視線を受けて、ラムズデンは白い眉毛を歪める。
「……なんだ」
「以前、老齢で事故対応が難しいって仰ってましたよね。
配慮が足りず申し訳ない。
もう少し負担の軽い役職をご用意しました」
部屋の空気が凍る。
「……はぁ!?」
「未確定の入金を前借りし過ぎです。
これじゃあ商売じゃなくて博打ですよ。
こんな感覚の方にはお任せできません」
「な……無礼な!」
机を叩く音が部屋に響く。
「商売のなんたるかも知らぬ若造が!
私の人脈なしでやっていけるとでも思っているのか!
船主との繋がりもないくせに!」
「ご心配ありがとうございます!
がんばりますね!」
へらりと笑うカイルに、ラムズデンは怒りに任せて掴みかかろうとする。
従者に抑えられ、憤怒の滲む目でカイルを睨む。
「貴様……必ず後悔するぞ! 必ず!」
カイルは椅子の背に体重を預け、ゆったりと脚を組む。
「そう思ってらっしゃるなら、喚く必要などないでしょう。
すぐに分かることじゃないですか。
彼らが取引してたのは、あなたなのか――」
淡々と、穏やかに言葉を締める。
「それとも、グランフォードなのか」
会議室が静まり返る。
顔を真っ赤にしたラムズデンが、従者に引きずられるように退室した。
扉が閉まる。
残った幹部たちが、そろりとカイルを見た。
「あの……空いた席は……」
「いやはや、流石の貫禄でございますな。
そうだ、私のところに是非紹介させていただきたい優秀な者が」
「いやいや! カイル様、私の」
仲良くカイルにババを引かせようとしてたはずなのに、残った四人はあっさりとラムズデンを切った。
それを見て、カイルは心中で彼に少し同情する。
「あ、彼の席は俺が兼任します。代理でマルコを座らせます」
「…………はぇ?」
斜め後ろから、間の抜けた声が聞こえた。
カイルの執務室に戻り、マルコはようやく事態を飲み込んで猛烈に抗議を始めた。
「冗談じゃない!
俺はそれなりに働いて、それなりの賃金で、将来はそれなりの閑職を――」
自分には無理だ、とは言わないマルコに、カイルはにこりと笑う。
「え、無理に決まってんじゃん。
馬車馬のように働いて、がっぽり稼いでね」
「いやいや! やめましょ! 許してあげましょ?
ラムズデン様もきっと深く反省してます」
マルコは慌てて棚から帳簿を持ってきた。
「それに、ほら、分かりやすい意地悪してきた人だけ追い出すなんて印象悪いっすよ!
ほらほら、タンデム様なんか、ブレアさんを陥れようとこんな」
「タンデムさんは数字出してるから」
「数字」
マルコが気味の悪い生き物を見つけた顔をした。
「全部切ってたら回らなくなる。
今回のことで少しは俺の七光りを怖がってくれるようになれば上々だろ」
「……見せしめ……?」
「なんでだよ。リスク管理が甘かったための正当な更迭でしょ。
寧ろ、ご老人の体調への配慮まである」
「え……冗談? 本気?」
よく分からないことを呟くマルコに、優しい上司であるカイルは紅茶を入れてあげた。
「こないだ取り扱いを始めた高級茶葉だよー。
こういうのも少しずつ慣れてってね」
マルコは膝から崩れた。
「――あああ……もう! やっぱりあんたなんかより、本物のカイル様が良かったよ!」
「ははは。まあそう言うなよ。
本物がどんな人間かも知らないくせに」
「知らないけど! きっとあんたよりは素直な青年に育ってる」
マルコの失礼な嘆きに、カイルは手を止める。
「……会ったこと、あるの?」
「十年以上も前すよ。
一度同じ船に乗ってて……頑張り屋で、可愛い坊ちゃんでした。
亡くなったなんて、ほんと残念だ」
遠い記憶の中の子どもを悼むように、マルコは一度瞑目する。その目をカッと開いてカイルを睨んだ。
「きっと、ブレアさんみたいな無茶苦茶なことばっかしないっす!」
「ははは。それはどうかなぁ?
あ、マルコ、就任祝いに酒でも奢るよ」
マルコの哀悼に、カイルは誰にも惜しまれなかった『カイル・グランフォード』の名を、ようやく手放すことができた気がした。
新しい身分も新しい町も便利で快適だ。
少し物足りない気もするけど、居心地はいい。
これからカイルは、『カイル・ブレア』として生きていく。
もう少し落ち着いたらラタに会いに行きたいな、と遠いあの森を思って、カイルは紅茶の芳醇な香りを楽しんだ。





