倉庫の管理
翌日、爺さんは不機嫌な顔のまま倉庫に現れた。
ひとりだけなら一から教えてもいいと譲歩を引き出せたからだ。
「で、誰に教えりゃいい」
腕を組み、顎で作業場をしゃくる。
「自分で選んでいいよ。その方がどっちもやる気出るでしょ」
周囲を見回した老人は一人の男を指さした。
「じゃあ、あいつだ。ジョック」
呼ばれた背の高い男は、ぎょっとした顔をした。
「は? 俺?」
「お前が一番マシだ」
「ジョック、ちょっとこっち来て」
「なんだよ。面倒ごとじゃねぇだろうな……?」
男はぼやきながらもこちらに来る。
口調は荒いが、視線は真っ直ぐだ。
他人を押しのけるような歩き方もしない。
カイルは男を眺めて、うん、と頷く。
「今日から君、補助責任者ね。
倉庫管理のやり方を覚えて。
で、他の人たちにも説明してあげて」
「はあ!?」
「もちろんその分の給金は上乗せするように、倉庫番には言っとく」
「ま、まぁ、給金が上がるなら……」
渋々といった返事をするジョックは、満更でもない顔をしている。
「ありがとう。よろしく」
軽く肩を叩くと、ジョックは頭をかいた。
これで解決するかな、とカイルはひと仕事終えた気分になる。
その楽観は一時間後に集めた作業員たちの反発によって吹き飛んだ。
「樽を半分以上積み替える?
こっちは出荷で手一杯だ!」
「簡単に言いやがって、どれだけ大変だと思ってんだ」
露骨に反発する者が半分、それに目線だけで賛同する者が半分。
できるだけ分かりやすく説明してみたが、反応は芳しくなかった。
「慣れれば寧ろ楽になるよ。このまま腐らせてたら、肉も無駄だし廃棄作業も無駄だ」
「知るか! そりゃそっちの話だろ」
「余計な仕事増やすだけの坊ちゃんがいちゃ、仕事になんねぇ! 今日は帰るぞ!」
吐き捨てて、半分近くが本当に帰ってしまった。
倉庫が急に広くなる。
残った作業員は、でかい図体で不安そうに周囲を窺っている。
「んー……」
カイルは頭をかいた。
唖然としている倉庫番に向き直る。
「……とりあえず、今日の出荷の分、やろうか」
「半分の人数でか……」
「ごめん。……まあ、せっかく引っ掻き回しちゃったんだから、ついでにもう少し見直すか!」
笑うカイルに、倉庫番は絶望顔をし、ジョックは困惑し、マルコは先回りして損害計算を始めた。
残った人数で明日の積荷を運ぶ。
カイルとマルコも慣れない積み込みを手伝う。
樽を動かし、並び替え、古いものから出す。
重くて、臭くて、気をつけないと腰が壊れそうだ。
いつになく作業員たちが黙々と働く中、カイルが倉庫番や老人に質問を浴びせる声だけが倉庫に明るく響く。
作業ひとつひとつに意味を問われ、ふたりはもう、うんざり顔だ。
「なるほど。なんとなく流れが分かってきた」
「ブレアさん、よくそれだけ聞くこと思いつきますね……」
もはや樽を持ち上げる体力のなくなったマルコが、呆れ果てた声を出した。
事務所に移って、倉庫の棚割り図を描き、動線を書き込み、手順を番号で整理する。
「できた」
倉庫番にそれを渡して説明していると、ジョックが遠慮がちに入ってくる。
「残ってるやつら、夜までやってもいいってよ」
「助かる。俺は明日の人手が集められないか、あたってみるよ」
外套を羽織るカイルに倉庫番は残念そうに言う。
「うちの倉庫は出荷先が多い。小口の積荷も多い。
発注書が読めるやつじゃないと使えねぇ」
「うん。それは、やってみて分かった。
まあ、できるだけのことをするよ」
ふと、進行方向の通路を見る。
一人だけ、皆と違う積荷をずっと箱詰めしている男がいた。
出っ歯で痩せた男が、ぶつぶつと何かを呟きながら箱と格闘している。
「あいつ、指示に従うでもなく、帰るでもないね」
「変なやつなんだよ。周りとも馴染めてなくて……昨日も一人で空箱を積み上げてて、ちょっとおかしいのかもしれねぇ」
「……へぇ」
カイルは男の手元を覗き込む。
「箱詰め、好きなの?」
「んな訳ねぇだろ!」
怒鳴られた。
「お前のせいでみんな帰っちまったし!
棚から出して戻して出して戻して、気でも狂ってんのか!
俺ぁ明後日までに五十箱作らねぇと賃金減るんだよ!」
「狂ってないよ。並び替えた方が、最終的に早いと思う」
「なんでだよ! 出したら、積んじまえばいいだろ!」
「そう、そういうふうにするために並び替えてるの」
男は口を開けたまま止まる。
「……は?」
「順番分かるようにして、古いのから出さないと奥のやつが動かないでしょ?
傷んだ肉を在庫だと思ってても困るし」
「じゃ、じゃあ、あれはなんだよ!
せっかく入り口に置いといた箱、どけやがって!」
「それは、腐るものを腐らない場所に置くのが優先だから、どけちゃった」
「腐る?」
「荷物が増えたから、場所を考えないと肉が腐るんだよ」
また男の動きが止まる。
この男は、癇癪をおこした子どものように喚いてはいるが、カイルに投げているのは質問であり、回答をちゃんと聞いている。
「あの空箱、お前が積んだの?」
「……明日の出荷用だ。近い方が楽だと思って……」
「へぇ」
「せっかく、一番、歩き回らなくていいとこに……くそ、……腐るのか。じゃあ、それは、……」
この男は、「作業動線を考えて箱を置いた」と言っているのだ。
「そういうの、ちゃん周りに相談してみたら?
倉庫番に、話聞くように言っとくね」
男はカイルを睨め付けて、嫌そうな顔で顔を逸らした。





