倉庫の視察
カイルはマルコを連れて港町の巨大倉庫へ向かう。
海沿いに建てられた石と木の建物は遠目にもすぐ分かった。
覗いてみると、中は戦場だった。
むっとする熱気の中で荷物を抱えた男が行き交い、怒鳴り声が飛び、帳面を抱えた男が走り回る。
羊毛の山、香辛料の樽、穀物袋。
その隙間に、保存肉の樽と木箱が天井近くまで積み上がっていた。
「……実際に見るとすごい量だね」
「取扱量、去年の一・三倍っすからね」
常時五十人ほどで荷出しをしているが、船が着くと百人を超える船乗りが加わるらしい。
通路が妙に狭い。
端に寄ったところで、腕を組んだ中年の男に声をかけられた。
「なんだあんた」
日に焼けた男がこちらを睨め付ける。
「見たことねぇツラだな」
「幹部のおじいちゃんたちに、保存肉の様子見てこいって言われてさ」
「うちは規定通りやってる」
「うん。それを確かめに来ただけ。
ちょっと中見せて。あ、これ差し入れ」
チーズと干し果物の紙袋を渡す。
男は一瞬だけ警戒し、それから肩をすくめて受け取った。
「……好きに見ろ。どうせ上は誰かの首欲しいだけだろ」
歩きながら、ぼそぼそ愚痴が続く。
「盗人が入ってよ、窓ふさいだんだ。
そしたら蒸すようになっちまった。
出荷量も増えちまって、出し入れだけで一日終わる」
積み上がった、うっすらと腐臭のする樽を叩く。
「ほら。悪くなってるやつは弾いてるんだ。ちゃんと見てる」
そして、ぽつりと付け足した。
「……最近、すぐ臭くなる。
爺さんがいなくなってから、ツキまで逃げたのかもしんねぇな」
「爺さん?」
「在庫見てた頑固ジジイだ。
うるせぇけど、あの人がいた時は品物が悪くならなかった」
教えられた家を訪ねると、出てきたのは本当に頑固そうな老人だった。
「どこの馬の骨だ。帰れ」
扉を閉められる。少し待ってみたが、開くことはなかった。
翌日、干しいちじくを持っていった。少し開いた扉が、また閉められた。
三日目、安いワインを持っていったら、舌打ちしながら扉が半分だけ開いた。
「……物で釣るな、若造」
「そこをなんとか、釣られていただいて」
カイルはへらりと笑う。
ぶつぶつ言いながらも、老人はカイルとマルコを家に入れてくれた。
終始不機嫌なまま、老人はぽつぽつと語る。
「最近の若いのはな、樽さえ積めば終わりだと思ってやがる。
当たり前のこと言ってんのに、鬱陶しそうな顔しやがって。言うことも聞かねぇ」
「当たり前のこと?」
「並び替えだ。先に入れたもんを先に出す。風の通り道を作る。湿気る山は崩す。そんなもんだ」
言われて、カイルは山の保管用の小屋を思い出した。
「あぁ……湿気が溜まる場所には香草敷いたり、風通し考えて置き直したりするやつか。
あれやらないと肉の持ち悪いんだっけ」
爺さんがじろっと睨む。
「……分かってんじゃねぇか」
「友達がやってたんだ」
倉庫ではこの老人が、そういったことを担っていたということだ。
順調にいっている時は結果の見えにくい地味な仕事。
「暇な頃はな、若いのも『はいはい』って動いた。今は忙しいだろ。俺の言うことなんか聞きゃしねぇ」
「なるほどなぁ。なんでそんなことするのか、ちゃんと理由を教えた?」
「そんなもんは、見て盗むもんだ」
「……なるほどなぁ」
カイルは立ち上がる。
「ありがとう。参考になった。また来るね」
「……おう」
「あれ。もう来るなって言われるかと思ったのに」
カイルが揶揄うと、老人は居心地が悪そうにきょろきょろしてから、険しい顔で床を睨んだまま言った。
「……昨日、おめぇ、婆さんが絡まれてるところを助けてくれたんだろ。
……また、いつでも来い」
カイルは目を瞬いて、それからふはっと笑った。
倉庫への帰り道、マルコが少し呆れた声で言う。
「ブレアさん、ほんと羽振りいいですよね」
「うん。領主様の七光りで接待費も潤沢だからね」
「……あんまり七光り七光り言ってると、本当にそれだけだと思われますよ」
マルコの言葉に、カイルはきょとんとする。
「そうだけど?
なんで俺がマルコたちより上にいると思ってんの。領主様に任されてる、それだけだろ。
まあそのうち、ちゃんと実力もつけますので。未来の俺にご期待ください」
マルコが複雑な顔で苦笑した。
港に戻り、カイルは倉庫内を歩き回った。
肉は奥に押し込まれ、通気が悪い。
出荷日順の整理も甘い。
天井まで積んだ箱が風を塞ぎ、湿気がこもっている。
若手は走り回るだけで、山を崩す余裕がない。
「海の上なら、」
マルコが呟く。
「勝手に風通し良くなるんですけどね。湿気も流れるし」
「あー、そうかも」
帳簿の数字が頭に浮かぶ。
取引量の増加で出荷間隔が伸び、保管物が増える。
倉庫が密集し、入り口にあるものから出荷してしまう。
「……そりゃ、悪くなるかもなぁ」
今回の騒ぎの原因はおそらく、ただの渋滞だ。
カイルは積み上がった樽を見上げた。
誰もサボっていない。
ただ、量が増えて昔のやり方が追いつかなくなったのだ。





