三日目 〜初めての本気勉強〜
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「っあ゛ー!!」
あたしは終に大声をあげてしまった。その声に驚いた彼は、一瞬手元がくるってコースアウトしてしまった。
「卑怯者か、お前は!」
ジュゲムに吊り上げられるワリオ+マシンの下を、あたしのピーチ+マシンが追い抜かした。『へへへ!』と不敵な笑みを浮かべ、『集中力が足りないんだよ』と無理なアドバイスをした。これくらいしてやって当前だ。だってあたしはすでに一周遅れなんだから!…へへへ…。「はい、終わり」
結局、一度も勝てずに夕方の六時になってしまった。
「えー、もうちょっといいじゃん!だって今日バイトないんでしょ?」
「バイトないけど、帰りが危ないから無理!」
彼はとてつもなく過保護だ。遊ぶのはいつも六時まで。これじゃあ小学生と同じ時間帯だ。でも、反対しても聞き入れられた試しがないので、諦めてしぶしぶ帰る用意を始めた。
「なぁ、かよ」
呼ばれて振り向いたあたしに、彼は真剣な表情で言った。
「この間進路書く紙もらっただろ?進路によって、三年のクラス分けするやつ。あれ明日提出だけど、お前何て書いた?」
あたしはそれに答えることができなかった。言えば、お叱りを受けること間違いなしだったから。だから『…まだ書いてない』と嘘を言った。
「ふうん…」
彼はそう言うと、鞄から自分の紙を出して、あたしに見せて言った。
「俺はK大受けるよ」
「うん、だろうと思ってた」
「俺は…、K大受けるよ」
「……?うん、頭いいから大丈夫だよ」
「だから…、俺はK大受けるって言ってるんだけど」
………?
何が言いたいのか、さっぱりわからなかった。悩んでるあたしを見て、彼はちょっと間を置いてから言った。
「俺はいつも、自分で考えないと意味がないって言うけど、考えてその結果、もし俺と同じ進路だったとしても、俺は怒ったりしないから」
え…?それって……。
「まだ二年の夏なんだから、今から勉強すれば、かよでも大丈夫だよ」
優しい笑顔で彼が言った。
その日の夜、あたしは進路の紙をそのまま鞄につめた。
はっ…!
気がつくと、あたしは机に向かったまま、本を枕にしていた。本にべったりとヨダレがついている…。
しまった…!読んでいる途中に寝てしまったらしい。なんでこんな時に寝てしまうのだろう?眠くならないはずなのに、なぜかすごく眠い。
「フヨ…?」
フヨはまだ帰ってきていないようだ。そんなに長時間寝ていたわけではないらしい。
ほっと胸をなで下ろし、あたしは本のヨダレを拭き取った。
“2、生き延びないように最後まで慎重に職務を遂行すること”には、こう書かれていた。
(1)念をおろそかにしてはいけない。毎日必ず念を送りに行くこと。念を送る際は、他の事を考えず、その人間の死をひたすら願うこと。長時間考えると飽きてしまうので、その人間の死ぬ手段や方法を色々想像するとよい。
(2)生き延びさせるつもりがなくても、あらゆる偶然が重なった場合起こりうる可能性があるため、ここに、それを回避する方法を示しておく。
(※このような状況を未然に防ぐため、昨年度より、[死亡希望人材予定表](ターゲット表)に予測霊感度を明記し、難易度をつけることにした。)
まず、霊感のある人間には気をつけなければならない。
○軽度の霊感(触れると身震い、寒気などの軽い症状)を持つ人間は除外してよい。
○中度の霊感(たまに見える、気配を感じるなどの症状)を持つ人間には、注意が必要である。疲れていたり、精神的に弱っている時は、念のため、近づかない方がよい。
○それ以上の重度の霊感(いつでも見える、話せるなどの症状)を持つ人間には、細心の注意を払わなければならず、以下のことに注意しなければならない。
(※また、幽体離脱している魂を扱う場合は、その人間本体に霊感がなくても、魂同士で見えてしまうので、[重度の霊感を持つ人間]と同様に考えてよい。)
[重度の霊感を持つ人間]は、心霊現象の経験が豊富であるため、すでに幽霊や死神に慣れてしまっている可能性が高い。ほとんどの人間が、普通に話しかけてくると予想される。その場合、こちらから返事をせず、無視するのがよい。
しかし、触れなければ殺すことができないので、近づく方法を考えなければならない。起きている時は危険なので、眠っている時を狙う方がよい。それも、レム睡眠中は起きる可能性が高いため、ノーレム睡眠を狙うこと。しっかりと時計を見て、ノーレム睡眠に入る時間を計るように。
『触れてしまえば安心』というわけではない。ここからが重要である。その人間が『死にたくない』『もっと生きたい』と思っていれば安心なので、近づいて死神界などの話をし、交流を深めてもよい。
しかしその人間が、『死にたい』『もう生きていたくない』と思っていれば、注意が必要である。絶対に話をしてはならない。触れてしまっているなら、離れた所から最後を見届けていればよい。
しかし、確率は無いに等しいが、何か例外があり、どうしても話をしなければならない状況にあるなら、《絶対に生きたいと思わせてはいけない》。死を目前にして、自然にそう思ったのならば心配はない。しかし、ターゲットが死神と関わることによって『生きたい』と思えば、死神にとって最悪の事態を招くことになるだろう…。
難しい文章だった。伝蔵の言葉の何倍も難しい。きっとこの文章のせいで眠たくなってしまったのだろう。
本来なら、確実に逃げ出すところだが、あたしは立ち向かわなければいけなかった。響くんを助けるために。
この文章には、『ターゲットを間違いなく殺す方法』が書かれているのだから、反対のことをしていけば、響くんは生きられるはずだ。
結構時間がかかったが、あたしはこの文章を解読し、『ターゲットを生き延びさせる方法』を見つけることに成功した。簡単にまとめると、こういうことだろう。
?霊感があって死神が見えていること
?最初から『死にたい』と思っていること
?死神自身の手で、ターゲットに『もっと生きたい』と思わせること
重要なのは、この三つだ。三つのうち、すでに?と?はクリアしているので、あと一つ、あたしが響くんに『もっと生きたい』と思わせれば、この条件はすべてクリアでき、響くんは生きることができる。
そして、以前フヨが、一回触れてしまえば、ターゲット表に二度と載ることはないと言っていたことから、あたしが響くんを生き延びさせれば、他の死神が響くんを連れに来るということもなく、《あたしが迎えに来るまでずっと、響くんは生き続ける》ということになる。
「なにしてるの? そこまで真剣なかよちゃん、初めて見たよ」
突然の声に、あたしは心臓が飛び出しそうなくらい驚いた。いつから居たのか、フヨはベッドの上でボールみたいにコロコロ転がっていた。
「あたし、響くんを助けるよ。どんな理由があっても、死にたいなんておかしいと思うから。だから、死神にとりつかれた人間が、どうすれば死神から逃れられるか調べてたの」
あたしは正直に言った。『今更隠しても仕方ない』という気持ちもあったが、それより何より、フヨに隠し事をするのが嫌だったのだ。
フヨは一瞬悲しそうな表情を見せたが、すぐに真面目な顔になった。
「それは違法だよ」と、諭すように言ったフヨは、今まで見た事ない程、真剣だった。
「そんなこと関係ない。響くんを助けるためなら何でもしてあげる。だって響は……、」
響は……?
響が何……?
……わからない。ずっと心にひっかかってる何かがある。でも、どうしても思い出せないの。
「…しょうがないね」
フヨは意外にも、あたしを止めようとはせず、ひょいとベッドから起き上がった。
「ボクはかよちゃんのマネージャーだからね。かよちゃんの思うようにすればいいんだ。ボクはそれに従うだけさ」
そう言って、あたしの前を通り過ぎ、すーっとドアに向かって行った。
「ど、どこ行くの?」
あたしは見放されたのかと思った。フヨがいたから、記憶のない状態でも、こうやってやってこれたのだ。フヨがいなかったら、あたしは何をすればいいのか、どうしたらいいのか何も分からない。
「見捨てないで! ずっと一緒に居て!!」
フヨは、あたしの大きな声にびっくりしたのか、びょーんと体を縦に伸ばした。
「何言ってんの?響くんを生き延びさせる細工をしてこようと思っただけだよ」
振り返ったフヨは、なぜかほっぺた以外も全部真っ赤になっていた。
それを見て、あたしも真っ赤になってしまったのだった。




