二日目〜三日目 〜伝蔵の気持ち〜
[11]
相変わらずあたしは、部屋の前でつまずいていた。伝蔵を呼んできてもらおうにも、瞬間移動できるくせに、フヨはまだあたしに追いついてこない。あたしはまた12回も合言葉を失敗していた…。あと一回。やばい。でも、早くしないと手遅れになるかもしれない。タイムリミットは明日に迫っているんだから。
しょうがない。最後にかけてみよう。もし無理だったとしても、きっとフヨがなんとかしてくれるだろう。楽観的に物事を考えるあたしだったが、自分の持つ力をすべて出し切るつもりで口を開いた。
「じ…」
「自由を我らに!」
!?
振り向くと、伝蔵があきれたような顔をしてあたしを見ていた。ピーンポーン!と明るい機械音がして扉が開く。
「さすがだよ」
その声は、機械音とはまったく正反対で、どっしり重々しく廊下に響いた…。
そんなに人にショックを与えるようなイヤミ、よく思いつくわね!
伝蔵の背中を追いかけながら、心の中で反抗してみた。
あたしの部屋だというのに、伝蔵は当たり前のように椅子に腰掛けて、あたしにも座るように促した。今日は伝蔵だけで、田吾作はいないようだ。伝蔵の表情には、昨日見せた人間らしい感情など一つも残っておらず、今までの何の興味も示さない顔にすっかり戻ってしまっていた。だけど、人間らしい一面があるということが分かっていれば、伝蔵の冷たい態度もそんなに気にならなかった。
伝蔵には、一つ聞いておかなければならないことがある。もちろん昨日聞きそびれた、『君が自分で考えないと、そうじゃないと意味がない』という言葉のことだった。どうして伝蔵がその言葉を知っているのか。 「一つ聞きたいことがあるんですけど」
「なに?」
相変わらず、何の興味も示さないような顔で冷たく言った。
「昨日、君が自分で考えないと、そうじゃないと意味がないっていったでしょ?あの言葉どうして知ってるんですか?」
敬語なのかそうでないのか曖昧だったが、伝蔵はさして気にしていない様子で、ちょっと考えるような表情を見せた。そして、あたしの目をじっと見つめた。伝蔵の目は、すべてを見透かすように鋭く、思わず目を逸らしたくなった。
これが目力っていうやつ?こわ…。
でも、逸らすわけにはいかない、あたしの負けになってしまう!
変な対抗意識が芽生え、あたしは精一杯、自分の目力を出そうとした。まるで睨んでいるかのように、必死に見つめ返す。
どれくらい戦っただろう?目が乾いて痛くなってきた。たぶん本当は、乾いてないし痛くないのだろうけど、あたしの生前の意識がそれを再現している。
こんな時にかぎって…!
死神暦の長い伝蔵は、そんな事態に陥ることはないだろう。ということは、あたしが断然不利な状況ではないか。自分のまぬけさを恨む…。
と、考えたちょうどその時、伝蔵はふっと目線を下げた。
やった!あたしの目力が勝利したんだ!!!
と、喜んだのもつかの間、伝蔵はやっと口を開いたかと思うと、『いい目だ。何かあったね?』と、全然関係ないことを言った。
あたしは、『なんで質問返し!?』と考えることもできないほど、ただ焦りまくった。
何かあったねって…。今日あった出来事って、一つしかないじゃん…!
あたしは伝蔵に言うのを躊躇した。伝蔵は、死神のお偉いさんなんだ。生き返らすなんて言ったら、止められるに決まってる。だって、死神のルールに違反して、運命の輪を乱そうとしているんだから。
無言でいると、伝蔵が立ち上がり、あたしの傍までやって来た。そして、座ってるあたしの頭を、まるでいい子いい子するように撫でながら言った。
「本読んだんだね」
「え…、あ…、うん」
優しい口調の伝蔵と、見た目が子供の伝蔵に、高校生のあたしが子供扱いされることに戸惑った。でも、不思議と嫌だとは思わなかった。伝蔵がとても暖かく、あたしを包んでくれているように感じた。
「君はそのまま、自分の思う方法で迷わず進んでいけばいい。何があっても、今の気持ちを忘れないようにするんだ」
伝蔵は言葉とは違い、とてもつらそうな表情を見せた。そう、それは昨日と同じ感情がこもった人間の表情だった。
もしかして、あたしが何をしようとしてるのか知ってる…? でも、なんでそんなに悲しそうな顔をするの?
「じゃあ僕はもう行くよ」
何かを振り切るように、突然くるりとあたしに向けたその後ろ姿は、今までの伝蔵のものとは違っていた。肩が震えているように見えるのは、気のせいだろうか。
「ま、まって!」
伝蔵は振り返り、笑顔を見せた。そして何も言わず、ふっと姿を消した。伝蔵の笑顔を見たのはそれが最初で最後、ううん、後にして思うと、伝蔵の姿を見たのが、それで最後だったのだ。




