三日目 〜かよの挑戦〜
[13]
きれいな星空だった。星の一つ一つが、まるであたし達を祝福しているようにきれいに瞬いている。
初めて彼の背中が意外に大きいことを知った。
やっぱり男の子なんだね。
明日になれば、あたし達はいつも通りに戻ってしまう。だって、彼はこういうの一番苦手なんだから。
このままどこまでも道が続いていればいいのに。
腕にギュッと力を入れた。
この奇跡に近い状況を、噛み締めるかのように、強く、強く……。
「…よちゃん…?」
うん…?
「…よちゃん!?」
誰かが呼んでる…?
「かよちゃん!!」
「……フ…ヨ…?」
頭がぼーっとする…。
「かよちゃん、しっかりして!!」
「…え、あ…うん……」
眠い…。瞼が重い…。
「響くんを助けるんでしょ!?起きてよ!お願いだから!!」
そうだ、響を助けなきゃいけない…。起きなきゃ。
起きて。
そして響を…
「ごめん、かよちゃん…!」
ゴーン!!!!!!!
「…っでぇ!」
後頭部に激しい痛みが走り、眠気がどこかへふっとんだ。『よかったぁ』と安堵しているフヨの手には、どこから持ってきたのかフライパンが握られていた。あたしはそれを目ざとく見つけて、『なにそれ』とフヨを睨んだ。
「…え、いやあ、これはね…」
フヨはフライパンをあたしに見えないように後ろへ隠したが、その黒い物体はしっかりとフヨの体からはみ出していた。
あたしが目を覚ませたのはフライパンのおかげなので、フヨのほっぺたを掴んで、1メートルくらい伸ばす程度で許してあげた。
それにしても…。響くんを助けられるのは、今日一日しかないのに、どうしてこんな時に眠ってしまったのだろう。そんな切羽詰った状況なのに、どうして今でもこんなに眠いのだろう。眠すぎてふらついているのが分かる。
「フヨ…、あたし、なんか…すごく眠い…」
それを聞いて、普段よりもっと真っ赤になったほっぺたをさすりながら、フヨはその原因を教えてくれた。
「神経が図太いんでしょ」
フヨのほっぺたが、さらに真っ赤になったことは言うまでもない…。
あたしとフヨは部屋を出て、昨日響くんと一緒に行った公園に向かった。フヨは昨日出て行った後、響くんのところへ行き、学校を休んで公園に来るようにとお願いしてきたらしい。響くんは、どうせ明日死ぬんだからと、快く承諾したようだ。
公園に着くまでの間も、あたしは睡魔とずっと戦っていた。睡魔は恐ろしく強くて、ちょっとでも気を抜くと、バタッと倒れてその場で寝てしまいそうだ。例え車がビュンビュン通る道でも、安心して寝られるなんて得だなぁとか、ずっとしょうもない考え事をするハメになった。まあ、それはあたしの癖だから、そんなに負担ではなかったんだけど…。
「ところで、かよちゃん?」
「んあ?」
緊張感のない、間の抜けた調子で返事した。あたしだって、こんな時にこんな馬鹿みたいな声出したくなかったんだけど、眠すぎるんだから仕方がない。「………まあしょうがないからいいんだけどさ、響くんを生きたいって思わせる方法、ちゃんと考えてあるの?」
「えっと…、……………考えてないね」
しまった…!忘れてた……!!もしかして、これじゃあ会っても意味がないんじゃない?
あたしは焦った。そのおかげで、さっきよりだいぶ眠気がひいた。
「どうしよう…」
「かよちゃんらしいっちゃあ、らしいんだがのう」
じーさんかよ!
…いやいや、そんなつっこみしてる場合じゃない。
どうしよう。死ぬのは間違ってるって伝えるだけじゃ駄目だよね。うーん、何か他に…。
その時、あたしはついに、睡魔との長い戦いに勝利した。ものすごい名案を思いついたのだ。
そうだ!魂よ、魂!!これはいける!
「死にたくて死んだ人に来てもらって、『やっぱり死にたくなかったよー』って言ってもらうってのはどう?」
「そんなの無理だよ」
睡魔に勝つほどの名案なのに、フヨはあっさり却下しやがった。そして、可哀想な人を見る目であたしを見た。
「それに、それってつまり、他の魂の力で『生きたい』って思うってことでしょ?死神のかよちゃん自身の手で思わせないと無理なんじゃなかったっけ?」
確かにその通りだ。死神自身の手で、ターゲットに『生きたい』と思わせなければいけなかった。
でも、そもそも死にたい理由聞いてないのに、方法なんて思いつくのだろうか?
『死ぬのは間違ってる』っていうのが根本的にはあるけど、例えば、“いじめられて死にたい人”と“何か大きな罪を犯して死にたい人”とでは、死にたくないと思わせるのに、多少違いが出ると思う。
結局その方法は、響くんの“死にたい理由”を聞いてから考えることにした。フヨはそれを聞いて、『大丈夫かなぁ』と不安な目であたしを見ていた。
学校の前を通り、公園へ向かう。今日の学校の風景は、まだ授業中ということもあって、昨日までとは全然違っていた。校舎には重々しい雰囲気があって、生徒を守るという使命に燃えているようだった。
グラウンドで体育の授業をしているクラスがあるのだろう。遠くの方で、人の話し声と笛の音が聞こえる。あたしは『おはようございます』と校舎に礼をして、足早にその場を通り過ぎた。
公園について、入り口にある時計を見ると、午前10時をちょっと過ぎていた。響くんが、怪しまれないように登校時刻に家を出ているとすれば、一時間以上待っていることになる。
待ちくたびれて帰ってたらどうしよう…!あたしはさらに足を速め、響くんを探した。
あたしが握手をしたのは、学校が終わって下校時刻だったということから、早く見積もっても、三時半頃だろう。ということは、あと残り五時間。この間に響くんに『生きたい』と思わせなければ、響くんは死んでしまう。早くしなければ、手遅れになるかも知れない。
野球ができるくらい広い運動公園なので、手当たり次第に探すといっても、かなり時間がかかってしまう。あたしは一番可能性の高いところから探していくことにした。まず向かったのは、この間話をしたベンチだった。だけど、そのベンチにも、他のベンチにも響くんは居なかった。運動場の周りにあるベンチにも、響くんの姿はなかった。
一体どこに……?
不安に駆られたその時、キィ…キィ……という音が聞こえた。音の方へ行ってみると、ブランコに誰かが座っているのが見えた。近づくにつれて、それが響くんだということが分かった。
響くんは、ブランコのちょうど正面にある砂場を、じっと見つめていて、砂場では2、3人の子供が、穴を掘ったり山を作ったりして遊んでいる。平日の昼間だということもあって、遊んでいるのは、まだ幼稚園に入るか入らないかの小さな子供たちだった。砂場の横にあるベンチには、子供たちの親が座っておしゃべりをしていた。
響くんは、あたしとフヨに気づくと嬉しそうに笑って、手でおいでおいでをした。
誘われるように隣のブランコに座り、フヨはあたしの膝の上に乗った。響くんの満足しているような表情は、あたしをますます傷つけた。フヨに『聞いていいかな?』という目線を送ると、ウインクを返してきたので、あたしは本題に入ることにした。
「あの…、前にも一回聞いてるんだけど、なんで死にたいなんて思うの?」
おずおずといった感じで、響くんに問いかけた。響くんは満足した表情を崩すことなく、『それはもうちょっとしたら話すよ』と言った。
こう言われてしまっては手立てがない。あたしはフヨに目配せをしてから、ひとまず根本的な話である、死ぬのは間違いだという話をすることにした。
「あの、死んだらね、何にもなくなっちゃうんだよ。絶対後悔すると思うし、やっぱり生きてる時が一番だって気づくと思うの」
その言葉に、響くんはちょっと考える表情になり、あたしから目を逸らして、また砂場で遊んでいる子供たちの方に目をやった。あたしは何も言わず、響くんの返事を待った。
「…逆に聞くけど、佳代自身はどうなんだ?死んで後悔してるのか?生きてる時が良かったって、生き返りたいって、そう思う?」
え……。
何の前触れもなく、砂場を見つめたまま響くんが言った。
あたし…?あたしは………
あたしは死んで後悔しているのだろうか?生き返りたいと思っているのだろうか?
……………。
分からなかった。生き返りたいと思わないことはないけど、生き返りたくない気持ちの方が強いように思う。失くした記憶が、生き返るのを頑なに拒んでいる。
でも、あたしのことはいい。
今は響くんのことなんだから。
あたしは『もちろん生き返りたいと思うよ』と嘘をついた。
嘘も方便だという言葉がある。今がその時だと思った。
「…そうか」
響くんは、まっすぐ砂場を見つめたままだった。
そして突然ブランコから降り、優しく微笑んだ。
「死にたい理由話すよ。ちょっと長くなるから…、ベンチに行かないか?」




