二日目 〜かよの疑問〜
二日目
[7]
「かよちゃん、いつまでここに居るつもりなのさ。もう帰ろうよ」
誰もいない公園。当たり前だ、もう夜中なんだから。公園の時計を見ると、午前二時をまわっていた。幽霊達が活発に行動すると言われる丑三つ時である。
あたしは響くんが帰った後もずっとここに居た。何をするわけでもなくずっと…。ただ響くんの言った『三日後が楽しみだ』という言葉だけが、頭の中で繰り返し繰り返しリピートされていた。
「どうしたの?」
フヨが心配してあたしの顔を覗き込んだ。
「かよちゃん!?泣いてるじゃない!どうしたのさ、一体!」
自分でも気がつかなかった。あたしの頬をとめどなく涙が流れていた。『魂だけになっても涙は流れるんだ。でもその水分はどこから来てるんだろう?』と、そんな余計なことを考える余裕があった。だって、あたし自身どうして自分が泣いているのか分からないのだ。
「かよはいつもずれてるよな」
また、あの低くてダルそうな声が聞こえた。
確かにあたしってずれてるね。自分のことも分からないなんて。
響くんのことは確かにショックだった。死にたいと思うなんて悲しすぎる。だけど、死神であるあたしがそんな風に思うなんて変だ。あたしのせいで“死”が確定してしまったのに、どうしてそんな風に思えるというのか。
わけがわからないまま、あたしはフヨに『帰ろうか』と言って、やっと公園を後にした。
「お前が自分で考えないと、そうじゃないと意味がないんだ」
またあの声が聞こえた。振り返って公園を見渡したけど、誰もいなかった。
[8]
「あのさ…、あたし女優の才能ないよ」
「見ればわかるよ」
「ちょっと、それどういう意味よ!顔ってこと!?殴るよ?」
「いったぁ!もう殴ってるじゃないか!そのすぐ殴る癖なんとかしてよ!」
フヨは、あたしにひっぱたかれた左ほっぺたを、、両手でおさえようとしながら言った。(でも右手が届かないからおさえきれてない)
昨日に続いて部屋の前で足止めを食うわたしたち。昨日みたいに伝蔵が来てくれたらいいんだけどと、12回失敗したあたしは遠い目をしながら思った。
と、その時だった。特殊な力があるのかもしれないと思う程グッドタイミングで伝蔵が現れた。
「あきれて物も言えないよ」
第一声から相変わらずひどい言い様である。あたしはちょっとムカっとしたが、ドアを開けてもらうために我慢して、愛想よく振舞うことにした。
「すみません、こんな時間に…。睡眠時間を割いてまで来ていただいてうれしいです…つっ」
最後に舌を噛んでしまったが、こんなに下手にでているんだから、伝蔵はドアを開けてくれることだろう。一つや二つイヤミを言われるかもしれないが、それくらいなら我慢できる。
「君、そんな丁寧な言葉喋れるんだね」
おさえて、おさえて…。
「でも、恐ろしく似合わない」
我慢、我慢…!
「でも逆に馬鹿を露呈してしまったわけだけどね」
………は?
「はぁ…、君やっぱり本読んでなかったんだね。魂に睡眠なんて必要ないんだよ。眠たくなることがないんだ」
え…?そうなの?でもあたし眠たくなったんだけど…。
「その分だと、どうやら君は眠たくなったようだけど、まあ君は例外だったってことさ。分からないことは本を調べるようにと言っておいただろう?」
『…えへへ』と、あたしは愛想笑いでごまかしをはかった。
「…じゃあこうしよう。今日一晩中勉強するならこのドアを開けてやってもいい」
これは完全に伝蔵の誤算だった。承諾するのを前提とした条件を出したつもりだったのだろう。伝蔵にとって勉強はそんなに苦ではないのだ。でもあたしにとって、部屋に入れないのと徹夜勉強とでは、はるかに徹夜勉強の方がイヤだった。あたしは最後に13回目の合言葉を言って、無理ならもう入れなくてもいいやと思った。
大きく息を吸い込み、全身全霊をかけて合言葉を言おうとした、その時だった。
「じ…もがっ!」
「自由を我らに・・・!」
ピーンポーン!
「…君は一体何を考えているんだ?」
抱きかかえるようにしてあたしの口を押さえながら、伝蔵があきれたような表情を見せた。今までも何度かあきられたけど、こんなに感情的な表情を見たことがなかった。伝蔵はいつも状況に合わせた表情を意図的に作っているだけで、あきれるならあきれるという一つの感情しかなく、その中に様々な感情が見えることがなかった。そう、ロボットみたいだったのだ。だけど、今はとても人間らしい複雑な感情が表情に表れていた。あきれてはいるけど、焦りや驚き、安堵感などが合わさった複合的な表情だったのだ。
「かよちゃんは何にも考えてないよ」
「どうせ馬鹿なだけでゲス」
マネージャーたちの声にはっとして、伝蔵はあたしから手を離した。顔を背ける伝蔵の横顔には、少し赤みが差していた。
「…勉強するように」
それだけ言うと、伝蔵は部屋に入ることもなく、そのまま消えてしまった。
「で、伝蔵くん…?でゲス!」
置いていかれた田吾作は、文法的に無理のある言葉を吐いてから、追いかけるように慌てて消えた。
残されたフヨが、あたしに怯えていたようだけど、あたしはさっきフヨが言った言葉なんてまったく聞こえていなかった。ただ、伝蔵の人間らしい表情がとても印象的で、そのことで頭がいっぱいだったのだ。
部屋に入ると、時計の針は午前四時を指していた。
「しまったなぁ…」
あたしはベッドに横になって、後悔の念に苛まれていた。伝蔵には聞きたいことがあったのに、どうしてそれを優先して聞いておかなかったのか。伝蔵の表情が印象的すぎたのもあるし、その後にすぐ消えてしまったので、聞くことができなかったのだ。
「ねえ、フヨ」
フヨは机の上に乗って、手帳に何やら書き込みをしていた。きっと仕事関係のことだろう。もうすぐ朝のマネージャー会議が始まる時間ということもあり、とても忙しそうだった。ワンテンポ遅れて、フヨは「なーに?」と、手帳に目を向けながら答えた。
「フヨも伝蔵も消えて移動できるでしょ?あたしも死神なんだからできるんじゃないの?」
「んー?それはちょっと無理なんだよね。かよちゃんはそこまで力つけてないからさ」
意識は仕事に集中しているのだろう。あたしの方を見ずにそれだけ言った。
もしできるなら、今から伝蔵のところへ行きたいところだけど、あたしに力がないなら仕方ないな、とあきらめた。別にこれから先伝蔵と会えなくなるわけじゃない。死神同士なんだから、またすぐ会うことになるだろう。
次に会った時、絶対聞かなくてはいけない。
「自分で考えないと、そうじゃないと意味がない」
どうして伝蔵がこの言葉を知っているのかということを。
「あふ…」
また眠たくなってきた。やっぱりあたしって特殊なのかな…?
意識が薄れていく中、伝蔵の表情が浮かび、そして笑顔になった。初めて見る笑顔だったけど、あたしの妄想の技術が秀でているからなのか、とてもリアルで、とても優しいものだった。そしてその優しい笑顔がゆっくりと違う人の顔に変化した。 あれは……、響くん?
そして、『三日後が楽しみだ』いう言葉が聞こえた後、すべての光が消え、一瞬にして真っ暗になった。
あたしはそのまま、眠りの世界へ落ちていった。




