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一日目〜二日目 〜かよの記憶〜

[5]

「おい、かよ!」

 低くてダルそうな声は、なんだかご立腹のニュアンスを帯びていた。いやいやながら振り向くと、そこに彼が立っていた。そして、恐怖の言葉を口にする。

「今日の予定は勉強会に変更する」

「ええええええ!?」

 今日は期末考査の結果発表で、あたしの順位は、320人中315位だった。彼にバレるのだけは避けていたのに、どうしてこんなに早く情報を掴んだのだろう。ユキが物に釣られてしゃべっちゃったのかしら?それとももしかして、盗聴器でも仕掛けてるんじゃないでしょうね!?

 ボスッ!

「ぶっ!」

 彼の体操着を顔面に受けた。

「また関係ないこと考えてたろ。この妄想族が」

「違うよ!ちゃんと繋がりあること考えてたんだよ!」

「とにかく今日は一日勉強だからな」

 ぴしゃりと言う。こんな時の彼には逆らわない方がいい。文句を言えば言うほど、彼は勉強の鬼に変身するんだから。

 彼の家は学校から歩いて10分くらい。高校生にしては珍しい一人暮らし。あたしの家はちょっと遠いから、だからいつも彼の家で勉強している。たまーにお母さんが様子を見にやってくるんだけど、お母さんはとても優しい人で、『あんた鬼よ。そんなんじゃ覚えるものも覚えられないわよねぇ、佳代ちゃん?』といつも庇ってくれる。将来お嫁に来たら、きっと仲良くやっていけるんだろうな、と想像して、一人で勝手に赤くなった。そんなことばかり考えているから、妄想族と言われるのだろう。

 彼の家に着いて、お母さんに挨拶をし、彼の部屋に入った。彼の部屋はいつも、ギターやら雑誌やら参考書やらでごった返している。今日ももちろん例外じゃなかった。あたしの部屋の方がよっぽどきれいなのに、どうして彼の方が勉強できるのかな、といつも思う。

 彼は頭がいい。部活もしてバイトもしてるのに、どうしてそんなに頭がいいのか、さっぱり理解できない。

「そこに座りなさい」

 勉強机を指差して彼が言った。ばっちり先生モードである。おとなしく机に向かって、テスト問題と答案を出した。テスト後の勉強会は、いつもテストの見直しから始まるのだ。

「じゃあテスト問題をもう一度解きなさい。一番悪かった日本史から始めるように」

 またまたおとなしく問題にとりかかる。・・・・ふう、わからない。考えたけど、どうしてもわからない。テストを受けたのはもう三日も前のことだ。このあたしが覚えているはずがない。

 回答を見ながらやっていこうと思い、カバンから先生にもらった回答用紙を出そうとすると、彼があたしの手を静止した。

「一回ちゃんと考えてから答えを見るように」

 そして、もう耳にタコになっているあの言葉を吐いた。

「かよが自分で考えないと、そうじゃないと意味がない」

 

「…よちゃん…!」

 ん?

「かよちゃんってば!」

「うー…?…ぎゃあっ!」

 目を開けてみると、いきなりフヨのドアップだった。あたしは驚いて、ベッドから勢いよく落ちた。

「…ったぁ…」

 フヨが心配そうに覗き込み、『そんなに驚くなんて…、まさかまた記憶喪失になっちゃった?』と聞いた。

 記憶…?そうだ…!

 朝になって、フヨがマネージャー会議に行ってくると言って出て行き、その間あたしは“あの言葉”について考えていたのだ。伝蔵が言ったあの言葉を…。

「自分で考えないと、そうじゃないと意味がない」

 あたしはこの言葉を知っていた。

 

 夢を見た。

 そして、夢の中の彼が言った。あの低くてダルそうな声で。

「自分で考えないと、そうじゃないと意味がない」

 あれは一体誰…?

 伝蔵…?

 夢の中でも、顔にはやっぱり霧がかかっていて、よく見えなかった。

 

「ねぇ、伝蔵ってどういう子供なの?」

「よかった!記憶喪失になってないんだね?記憶失くされたら、また最初から全部やり直しだから本当によかった」

 と、フヨは泣きながら喜んだ。

「物覚えが悪くて悪かったわね」

 あたしはフヨを思いっきり睨みつけた。

「…そういう意味じゃないよ?へへ」

 フヨが焦って訂正し、『伝蔵くんはね、今年で死神暦180年のベテランで、毎年成績一位のとても優秀な死神なんだ。180年も死神やってる人ってすごく珍しいんだよ。みんなある程度したら転生しちゃうからさ』と教えてくれた。

「へぇ。死神になっても転生できるんだね」

 あたしは、伝蔵とあまり関係のない、素朴な疑問を口にした。

「そりゃそうだよ。同じ魂なんだからね。死神の職業につく人って、死神の仕事に憧れてなる人もいるけど、この世に未練があって、もう少し見ておきたいっていう人がほとんどなんだ。例えば、家族のことを見守りたい、好きな人が死ぬまで待ちたい、とかね。だから、その目的が達成されたらほとんどの人はみんな転生しちゃうよ」

「え?じゃあ地縛霊とかってあるでしょ?あれはどういうことなの?この世に未練があるんじゃないの?」

「一つは、昨日も言ったけど、死神試験っていうのは本当に難関なんだ。だから毎年落ちる人がたくさんいるんだよ。その試験に落ちて、それでもこの世に留まりたいっていう霊が、人間の言うそういう霊に分類されるんだ。試験科目には、人間に見えるように霊気を高める、物を動かす、っていう実技もあるんだけど、その勉強をした霊はその能力も備わってるでしょ?だから人間界に影響を与えちゃうんだよね」

 悲しそうな顔をしていたフヨが、一転して今度は憤慨しながら言った。

「もう一つの理由はね、成績を上げようとする死神のせいさ!」

「え?どういうこと?」

「死神の成績は数字で表されるんだけど、生命力が強い人間ほど、殺した時の数値は高くなるんだ。つまり、生命力が強い魂ほど、殺すのが難しいってことね。だから、伝蔵くんのように能力の高いエリート達は、生命力の強いターゲットを数人狙えばいいんだけど、普通の死神は、そんなに強いターゲットは殺せないでしょ?だから数を増やそうとするんだ。それで、殺すことばかりにこだわって、アフターフォローがちゃんとできてない死神がいるんだよ。ちゃんと霊界へ連れて行ってあげないから、霊はどこへ行けばいいのか分からなくて、その場所に留まることになってしまう。ひどい話さ」

「自分も人間だったくせにねー」

「そう思うでしょ!?」

 フヨはプンプン!と自分の口で効果音を出していた。

「うーん。それじゃあ伝蔵は、まだ何かやり残したことがあるのかな?」

 と、あたしは伝蔵へ話を戻した。あたしの問いかけに対して、『どうだろうね。幼馴染がどうのっていう話は噂で聞いたことあるけど、もう180年も前のことだからね。きっと死神の職業が好きなんじゃない?』と、フヨが適当に返す。まだ腹の虫がおさまらないのだろう。今度はプリプリへ効果音を変えていた。なかなかおちゃめである。

 

 結局、響くんの学校が終わる時間まで、ずっとぼーっとしていた。部屋の中には、骨董品に分類されるような古い古い時計があって、どうして死んでるのに時間が必要なのかと聞いたら、人間の時間を把握しないと仕事がやりにくいから、ということだった。伝蔵に本を読めと言われていたけど、どうしてもそんな気分になれない。フヨの話によると、殺すためには念というものをターゲットに送らなければいけないらしく、『触れたらそこで終り』というわけにはいかないらしい。また殺すために響くんのところへ行かなければならないと思うと、気が重くて、本を読むような気分にはどうしてもなれなかったのだ。

 

 ゴーン、ゴーン、ゴーン   重々しい音で、時計が3時を告げた。フヨは『おっと、そろそろ響くんの学校が終わる時間だ。さあ、行こっか』と、まるでピクニックにでも行くかのように元気よく言った。あたしはフヨに急かされながら、重い足取りで部屋を出て行った。

 

[6]

 昨日と同じ風景。学生達が楽しそうに通り過ぎていく。老校舎は今日も同じようにそこにあって、太陽が優しい光で包んでいる。あたしは昨日と同じように、花壇に腰掛けた。腰掛けているように見えるだけで、結局は浮いているんだから、しんどくない空気イスということになる。昨日のように楽しむという気にはなれず、ぼーっと学生達が通り過ぎるのを見送った。

「念はね、想像力が必要なんだ。いろんなバージョンの死に方を想像するんだよ。あ、でもそれって、かよちゃんの得意分野だよね。だって妄想族だもんね」

 フヨが横で“念の送り方”をしきりに説明していたけど、あたしは右から左へと、話を流していた。こういうことは得意中の得意だ。“妄想”と“話を流す技”は、授業中“居眠りせず授業を聞かない”ために、よく使った手段だった。あたしは、念を送るつもりなんてさらさらなかった。死神だから仕方ないのかもしれないけど、これ以上人の死を願うのが、どうしても嫌だったのだ。

 15分ほど経ったころだろうか?校舎から、昨日と同じように、他の学生とはどこか違う雰囲気を持った男の子が出てきた。響くんだ。

 あたしを見つけると、信じられないことに、うれしそうな顔をして手を振り、走って近づいてきた。

 なんでよ!?あたし殺しに来たんだよ!?

 あたしは逃げようとした。だけど、フヨにがっしり足を掴まれて逃げられない。

「あんた若い女の子の足にへばりつくなんて変態かー!!」

「ちょちょちょちょちょっと!!!意味わかんないこと言って貶めようとしないでよ!何考えてるのさ!何逃げようとしてるのさ!昨日と同じことしてないで、早く念送ってよ!!」

 フヨは、あたしのなすりつけに多少同様したようだったが、あたしの根拠のない発言に免疫ができてきたのか、足を離してはくれなかった。

「ていうか何で響くんはあたし達のこと見えてるのよ!そんな人に念を送るなんて、そもそも間違いなんじゃないの!?」 「そんなの僕だってわかんないよ!だけど、別に見えてたって、念は念じるだけなんだからどっちでもいいんだよ!」

 そこまで言って、フヨはあることに気がついたようだった。「…かよちゃん?ボクの話全然聞いてなかったでしょー!」  げっ!バレた・・・! フヨはますます強い力であたしの足を掴んだ。あたしとフヨは一歩も譲らない攻防戦を繰り返した。しかし、この勝負は結構前からあたしの負けが決定していたようだ。

『…ぷっ』と、あたし達のすぐ後ろから笑い声が聞こえた。

 声がした方を振り返ると、そこにはすでに、響くんが立っていた。フヨも必死だったので、響くんが居ることに気づいていなかったのだろう。響くんを見て、ほっと一息ついたかと思うと、すぐにわざわざ口で『にやり』と言って、勝ち誇ったような表情を見せた。

 むかっ!あたしはフヨのほっぺたを、思いっきりつねり上げた。


「俺昔から霊感が強いんだ」

 死神にとりつかれた人間“響”、フヨ、そしてあたしの三人は、学校近くの公園で話をすることになった。死神にとりつかれた人間が、当の死神と話をするなんて、前代未聞じゃないだろうか?だって、死神の普通はどうだか知らないけど、幽霊が見えたり幽霊に触れられる人間は、絶対普通じゃない。

 この公園は学校の裏に位置し、野球ができるくらい大きな運動広場、そしてその周りには、緑いっぱいのマラソンコースが設けられ、遊具は公園の隅に全体の10分の1しかないという、運動重視の公園だった。学校の裏だということもあるが、公園を挟む形で総合病院も建っていたので、昼間は学生や入院患者など、たくさんの人が訪れる憩いの場になっていた。あたしたちはマラソンコースにある、めったに人がこない、入り口から一番遠いベンチに腰を下ろした。

「響くん、あなた知らなかったとはいえ、とんでもないことをしでかしてしまったのよ。あたしは死神なの。あたしと握手なんてしたから、響くんは三日後に死ぬことになっちゃったんだから。…あ、言っちゃった…」

 いくらなんでも、『あなた三日後に死にます』と言われて、ショックを受けない人間なんていない。あたしってほんとにバカだ…。

 ところが響くんは、動揺したようには見えなかった。それどころか、信じられない言葉を吐いた。

「知ってるよ」

「へ?」

「あんたが死神だということも、死神に触れたら三日後に死ぬってことも」

 ……。さすが霊感が強いだけある。それじゃあ握手してきたのって、もしかして…。

「俺は死にたいんだ」

 …やっぱり?

 どう言葉をかけたらいいのか分からず、フヨに『助け舟を出してくれ』というメッセージを込めた目線を送ってみた。フヨは、そのメッセージをしっかりと受け取り、

「悪いんだけど、死ぬのはちゃんと三日後にしてよね?スケジュール調整が面倒だからさ」

 という、沈みかけ…いや、もうすでに沈んだ助け舟を出してくれた。

 フヨに助けを求めるなんて、あたしって正真正銘のバカだったのね…。


「えっと…、響くんはどうして死にたいと思ってるの?」 沈黙に耐えられず、苦し紛れに出た言葉。

 これもバカな質問だっただろうか。死にたい理由なんて聞いてどうなる?理由はどうあれ、彼は死ぬ事が決定したんだ。それもあたしは死神だ。理由や事情なんて関係ない。死にたくても死にたくなくても、そんなの関係ない。ただ、とりついて、殺して、そして魂を連れて行くだけ。あたしに理由を話したところで何も変わらない。

 響くんは、あたしの問いかけには答えず、立ち上がって空を仰いだ。もうすでに日が暮れていて、夜空だった。たくさんの星が、所狭しとひしめきあっている。

「変わった死神だな」

 そうぽつりと言って、あたしの方を振り返った響くんの表情には、悲しみ・苦悩・せつなさといった、様々な負の感情が入り混じっていた。

「理由なんて何でもいいだろ?とにかく俺は何度も死のうと思った。でも、死神が来てくれないと、どうしても死ねなかった。一命を取り留めてしまう。だから君が来てくれたことには本当に感謝してるよ」

 嬉しそうに響くんは言う。

「三日後が楽しみだ」

 少し間を置いて、優しい微笑みを浮かべて響くんは言った。

 低い声だったのにもかかわらず、その声は妙に公園に響いた。


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