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一日目 〜もう一人の死神〜

[4]

「ちょっとかよちゃん…?」

「ハァ、ハァ…な、なに…?」

 あたしは息も切れ切れにフヨに返した。疲れた…。

「何考えてんの?急に走り出したりして」

「いやいや、だってさー…」

 だって、あたしは響という人を殺すことになってしまった。今まで人間を殺すなんて、当たり前だけど、ちゃんと考えたことなんてなかったのに、心の準備なしでいきなりこんなことになってしまったのだ。フヨに言えば、仕方のないことだとか、これが運命だとか、結局はこれが死神の仕事なんだからと説得されることだろう。そんなこと分かってる。理屈は分かるし、頭でも分かってる。だけどあたしの心は、まだそれに追いついてない。

 記憶をなくす前のあたしは、どんな気持ちでこんな仕事をしていたんだろう。あたしの中にまだ残ってる記憶からすると、あたしは人の死を簡単に考えるような、そんな人間じゃなかった。命の重さは万物すべて平等だと考えていて、蚊に血を吸われている時でさえ、叩くのを戸惑うような、そんな人間だった。

 馬鹿なあたしが、わざわざ猛勉強してまで死神になって、感情を押し殺してまで死神を続けていたというのだろうか?

 あたしは走り続けた。どんなにしんどくても、どんなに疲れても、ぜったいに足を止めなかった。

 それはまるで、人を殺すという現実から逃げているかのようだった。

 

「自由を我らに…」

 ブーブーブー

「だから、自由を我らにだってば!」

 ブーブーブーブー!

 やっとゴールだというのに、あたしは最後の難関にひっかかってしまっていた。

「ちょっと、どーゆーことよ?部屋に入れないんですけど!」

 自分に対する何とも言えない苛立ちと、早く部屋に入りたいのに入れない苛立ちが重なって、フヨに八つ当たりしていた。

「かよちゃんの言い方が悪いんだよ」

「ちゃんと言ってるよ!」

「初めは元気なさすぎて判別できなくて、二回目は違う言葉混じってたでしょ」

 なに、この機械?高性能なのか、そうでないのか、一体どっちなの?こんな時に、明るく元気に『自由を我らに!』なんて言えるわけない。

 もちろんフヨにも言わせようとしたけど、どうやらマネージャーの声は対象外らしく、あっさり却下された。

 発声が悪いとか、発音が悪いとか、切るところが違うとか、挙げ句の果てには、感情がこもってないという理由でことごとく却下され、12回も言ったのにドアは閉じられたままだった。合い言葉が合い言葉なだけに、何度も連発すると自分が馬鹿らしくなってきて、回数を重ねる毎に元気がなくなっていく。先に合い言葉を変えた方がいい。こんな言葉真面目に言えない。言えば言う程やる気がなくなる。と、考えていたちょうどその時、救世主が現れた。

「自由を我らに!」

 あたしとフヨの後ろから聞こえたその声は、まさに完璧だった。これなら声優さんになれるかもしれない。

 ピーンポーン!

 機械はすんなりとその声を受け入れ、部屋の扉を開けてくれた。

「どうぞ。ちょっとコツがいるんだよ、これ」

 振り返ると、そこには小学生くらいの少年がいた。鈍いあたしでも、一目で彼が死神だと分かる。だって、フヨと同じ種類の生物(?)が、少年の周りをグルグル飛んでいたから。

 フヨはというと、驚きと脅えが入り混じったような目で彼らを見て、『なんで…』と小さくつぶやいたようだった。

「かよさんだね?話は聞いてるよ。立ち話もなんだから、中で話そうか」

 そう言って、少年は自分のパートナーを引き連れて、部屋に入っていった。

 なんて大人びた子供だろう。あたしより全然大人っぽい。

 ぼーっと見送っていると、機械から発せられた恐ろしい声が聞こえた。

 ビービー!閉じます、閉じます。

「やめて!!」

 あたしは慌てて少年を追いかけた。

 

 中に入るとすでに、少年はオンボロ椅子に腰掛けて、あたしが入ってくるのを待っていた。あたしは、ちょうど向かいにあるオンボロベッドに腰を下ろした。ベッドから『痛い、やめてくれ!』と喚くような音がして、たくさんの埃が舞った。

 椅子に腰掛けた少年を改めて見てみると、とても不思議な格好をしていることが分かった。膝丈の着物を着ていて、短い髪を(これはチョンマゲと言うのだろうか?)頭のてっぺんで一つに結っていた。見た感じ、小学校の高学年くらいだろう。顔に関してはいたって普通で、クラスに一人はいる秀才風の雰囲気を出してはいるが、子供らしいクリクリっとした目には、まだあどけなさが残っていた。実際この目で見たことはないが、イメージで見る座敷わらしそのものだ。

 少年のちょうど右肩付近で、フヨと同じ形のものがふよふよ浮かんでいる。色はまっしろ、人魂型、頬はピンク色と、ここまでは完全にフヨと一緒なのだが、大きさはフヨの半分程度しかなく、ちび○る子ちゃんが時折見せる、横長の平べったい目と、フヨより大分大きい口がついていた。さらに一番目をひいたのは、顔の大半を占める大きな口のすぐ上に、ちょびひげを生やしていることだった。

「自己紹介が遅れたね。僕は死神の伝蔵でんぞう、そしてこっちが田吾作たごさく

「ぶっ!」

 あたしは思わず吹き出してしまった。何その名前!ありえない!!

「失敬だな、君は。悪いけど、僕は江戸時代からずっと死神をやってるんだ。君より二百歳くらい年上なんだからね」

「そうでゲス!年上は敬うべきでゲス!」

 伝蔵はいいとして、田吾作は喋り方もありえなかった。フヨとは違って、どちらかというとスネ○くんの声に似ている。

 フヨは慣れているのか、田吾作の肩を揉み始めた。本当にその位置が肩なのか不明だけど。「記憶がないそうだね」

 びくっ!

「ぎゃあっ、でゲス!」

 伝蔵の言葉に、フヨは誰でも分かるくらい大きなリアクションをとった。最初の“びくっ!”はフヨのもので、まん丸い体を縦にびょーんと伸ばし、体全体で動揺を現した。そのおかげで、肩を揉む手にかなりの力が加わったのだろう。説明はいらないと思うが、『ぎゃあっ』と叫んだのは田吾作だった。こんな時にも“ゲス”をつけるとは…。馬鹿らしさを通り越して尊敬に値する。

「今日は何か困ってることがないかと思って来たんだ。そしたら案の定、部屋に入るのに苦戦してたから、ちょうどよかったよ。危ないところだったからね」

 フヨと田吾作の反応を完全に無視して伝蔵が言った。

「え?どういうことですか?」

 フヨが田吾作に平謝りしているのを横目に、あたしは敬語で聞いた。実は年上だから、ということもあるが、この少年はそれ以上に、博士というか何というか、とにかくとても賢い人なんだと感じたからだ。きっとエライ人なのだと思った。それは、フヨの異常なまでの動揺から見てとったものなのかもしれない。

「これは制作者の僕しか知らないことだけど、あの機械はね、13回合い言葉を失敗すると、二度と入れなくなるように設定してあるんだ。13日の金曜日にちなんでね。遊び心でつけた機能だったのに、まさか本当にひっかかりそうな死神が出るとは思わなかったよ。これからは君みたいな死神がいるということを踏まえて設計することにする。悪かったね」

 …このガキは遠回しにあたしのことを馬鹿にしているのだろうか?

 それにしても、やっぱりあたしのカンは当たっていたのだ。この伝蔵はきっと、死神の中でも“お偉いさん”に違いない。死神の世界のことはよく分からないが、死神になるために試験を受けなければいけないという程だから、死神の昇級試験や、死神レベルなんてものがあっても不思議じゃない。

 そうなると、あたしが一番低いレベルなのは間違いないだろう。記憶はないが、あたしがそんなに優秀なはずがない。勉強ができないという記憶はしっかりと残っているし。

 記憶…?じゃああたしは一体どんな記憶を失ってしまったのだろう?

 まずは、そう、あの声の主だ。

『かよはいつもずれてるよな』

 度々頭に響く、この声の主がどうしても思い出せない。親とか友達の声はすぐ顔と結びつくのに、この声の主だけはどうしても無理だった。思い出そうとすると、記憶に霧がかかったようになり、ちゃんと顔が見えないのだ。だから完全に失ったわけじゃなくて、どちらかというと薄れている感じに近い。

 そして完全に抜け落ちているのは、死んだ時と死んだ後の記憶だ。さっき走ってる時にも考えたが、勉強もできないし、虫も殺せないあたしが、死神なんて職を選んで、それを続けていたなんてどう考えてもおかしい。その理由が、抜け落ちた記憶の中にあるのは間違いないだろう。

 そこまで考えた時、あたしは根本的な疑問に気がづいた。

―あたしはどうして記憶を失してしまったのか―

 心理学的なことはよく分からない。だけど、何かきっかけがないと記憶喪失にならないのではないか?

 それとも単にあたしがずれているだけなのだろうか?

 

 あたしがまたまたよけいな方向へ思考を飛ばしていると、伝蔵は立ち上がり、本棚から“死神の基本&応用知識”を取り出してきた。

「これ読んだ?」

 ページをパラパラめくりながら伝蔵が尋ねた。あたしはまるで授業中居眠りをしていて、急に先生に当てられた時のように焦り、バツの悪そうな笑顔を浮かべて『いえ、あの、読んでないです』と正直に言った。

 また馬鹿にされるだろうと覚悟していたが、伝蔵は『ふーん』と一言言っただけだった。あたしを見ようともせず、ずっとパラパラやっている。

「あの、一つ聞きたいことがあるんですけど…」

「ん?なんだい?」

 ちょっとシャクだが、お偉いさんの伝蔵に相談してみようと考えた。お偉いさんなんだから、あたしのことを何か知っているかもしれない。

「あたし、どうして記憶喪失になっちゃったんでしょうか?」

「さあね」

 まさしく即答だった…。

 なんて冷たいガキなんだ?『困ったことがないかと思って来た』ということは、あたしが記憶を失して困ってると思ったんじゃないの?てゆうかむしろ助けようと思って来たんでしょ?もうちょっと親身になって考えてくれてもいいんじゃない?

 イライラしていると、伝蔵は急に今までパラパラやっていた“死神の基本&応用知識”をパタンと閉じ、それをあたしに差し出した。

「もう時間がないから一つだけ言っておく。僕は忙しくて君にしょっちゅう構ってあげられない。何か思いついたり、知りたいことがあったら、必ずこの本を開くんだ。いいね?」

 あたしは、分かったような分からないような顔をして本を受け取った。だってどう考えても、あたしの知りたいことがこの本に載ってるはずがない。あたしの記憶がこの本に載っていたら、それこそプライバシーに関わる重大な問題である。

 あ、もしかして、開く人の知りたい情報が出てくる魔法の本だったりして…?

 期待を抱いていると、伝蔵がすかさず言った。

「言っておくが、開いた人の知りたい情報が何でも出てくるような、そんな都合のいい本ではないよ」

 …あたしの顔は、向かい合う人に気持ちが伝わる魔法の顔なのかもしれない…。

 

 伝蔵が『田吾作、帰るよ』と呼びかけると、田吾作は『わかったでゲス……』と嫌そうに返事をし、むっくりと起き上がった。ちょっと見ない間に、田吾作は『あー極楽、極楽』とでも言うようにぺったんこになってくつろいでいて、フヨは左手で、どこから持って来たのか大きな葉っぱを使って田吾作に爽やかな風をおくり、右手で田吾作のしっぽを揉んでいた。そんなに体の形を変えられるくせに、さっき肩に力がかかった時、どうしてあんなに痛がったんだろう?不思議な話だ。

 伝蔵の方に視線を戻すと、伝蔵は何かを訴えるような目であたしを見つめた。

「この本には確かに、君の持つすべての疑問に対する答えがある。でもそれは、答えを導くきっかけがあるだけだ。それに辿り着くのも、その先に答えを見つけるのも、すべては君自身の問題なんだよ」

 そしてゆっくりとあの言葉を口にしたのだ。

「君が自分で考えないと、そうじゃないと意味がない」

 え…?

 なんで知って…?

「ちょっ、ちょっとまっ…!」

やっと言葉が出た時、伝蔵と田吾作はすでに跡形もなく消え去った後だった。

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