補足
目覚めると見慣れた風景が広がっていた。あの煩わしい目覚ましがより一層、鬱陶しく感じるほどに、疲れが取れていない。昨夜のできごとが夢のようだ。
俺は昨夜のことは夢だと思いたい。意味の分からない世界に連れて来られ、よくわからない存在の悪魔と契約させられたり、疲れるばかりでなにも得をしていない。
「はぁー」
ため息が自然と漏れる。それが現実だと思わせる存在が目の前にいる。イブだ。スースーと寝息をたてて、普段俺が寝ているベッドの上にいる。昨夜見たような翼や角が消えていた。こうしていると普通の女の子みたいだな。
あの後、俺は櫻井に補足説明を受けた。
ディールとは二種類あり、一つは俺がさっき体験したバトル形式のディール、もう一つはギャンブルだ。ギャンブルはいわゆるカジノである。
この世界でのお金は命。刻一刻と命──つまり寿命は減っていく。そうするとお金も減っていくのだ。
カジノでのディールは掛け金に制限があり、少ししか稼ぐことができない。しかも負ける確率が高いため、やるやつはほとんどいない。そうなるとほとんどの人間はバトルディールをすることになる。そうでなくても定期的にバトルディールは行われ、強制参加させられる。
最初の持ち金は自分の寿命。寿命が短い人間はスタート時から不利な状況を強いられる。持ち金が尽きると死ぬ。それがこの世界──金命世界の理だ。この理を覆すことはできない。
金命世界でのお金を単位はライフ。一ライフを一年としている。現実世界のお金に換算すると1000万円になる。換算は金命世界から現実世界へは可能だが、現実世界から金命世界へは不可能である。ちなみに一ライフから換算は可能だ。
バトルディールの時に得られる金額はその時の株価によって決まる。株価とはそのディールを見ている人が賭けるお金の価値量だ。見ている人が多いほど、株価は上昇する。つまり強い奴ほど株価は高くなる。その株価の100分の1の金額がディールの賭け金となる。最低でも一ライフの賭け金になる。本当に強い奴同士のディールとなれば、負けた方が必ず消えることになる。
他の奴がディールに賭けた金は観戦者で分配される。それは現実世界の株式市場に似ているだろう。これもギャンブルの一種だが、これは例外だろう。ギャンブルの中で唯一ハイリスク・ハイリターンのものだ。
「以上で補足説明は終わりです。おわかりいただけたでしょうか」
おわかりいただけたでしょうかって、こんな量を覚えられるわけないだろ。
「契約のときのあのセリフはなかったですね。今度はもっとマシなものを考えましょうか」
櫻井は腕を組んで考え始めた。その櫻井をよそに何か引っかかることがあるのを思い出そうとする。
「おい、待て。どういうことだ?」
「あのセリフは適当です。契約者の名前さえ入っていればなんでもいいんですよ。あと血液なんて必要ありません」
ちょっと待て。それじゃあ、なにか?あのセリフはなくてもいいもので、あの血液は偽物だったってことか?俺はあんな恥ずかしいセリフを言わされたってのに、それが必要なかっただと。
「ふざけんな!」
「ふざけているのはあなたの方です。」
今のいままでどこにいたのか、存在すら認識していなかったイブが突然口を開いた。本当にどこにいたんだ?気配すら感じなかったぞ。
「どういうことだよ」
「なんですか、あのディールは!開始早々逃げ出して。相手に失礼だとは思わないんですか?」
「思わない」
俺のあまりにも速すぎた返答に一瞬ぽかんとするが、すぐに顔を紅潮させる。これが照れだったら、どれだけ良いものか。しかし残念なことにこの紅潮が表すのは怒りである。
「第一あんなのと闘って勝てると思ってなかったし、普通死ぬだろ。そんときはどうすんだよ!俺だってまだ若いんだ。死ぬにはあまりにも早すぎる」
「お言葉ですが、ディールで死ぬことはございません。それがどんな致命傷であろうと、ディールが終われば元に戻ります。死ぬ痛みは味わいますが」
「それが嫌なんだが」
「ちょっと。今は私と慎哉が話してるんです。少し黙ってくれませんか?」
イブの怒りは櫻井にまで振りまかれたらしい。本当にお気の毒だ。あれ、最初は様付けだったような。気のせいか。
「それにしてもです。もっと他にやり方があったでしょう」
「考えつかんかった」
それを聞いて、イブは深いため息を漏らす。
「もういいです。少しは私のマスターですし、敬意を表そうかと思いましたが、その必要はなかったようですね」
そうですか。これからの俺の処遇が心配になってきた。あれ?なんか忘れてるような。忘れてるというか、考えてないというか。
「おい、櫻井。イブはどうすんだよ」
「それは神峰様にお任せいたします」
やっぱりか。イブは住むところは愚か、寝る場所もないのだろう。




