第2話
「すみません。お待たせしました」
「大丈夫。僕も今来たところだから」
藤沢が指定したのはどこにでもあるような喫茶店。店内は自然を連想させるような造りになっていて、緑が映える。雰囲気も和やかでとても落ち着くし、ここで本を読むと気持ちよさそうである。
俺にとって、ここが初めて訪れる喫茶店である。何があるのかも確認せぬままコーヒーを注文する。コーヒーを頼むのが定番とでも思っているのだろう。ちなみにブラックは飲めない。
「イブちゃんも連れてきたんだね」
イブは極力俺にについて行こうとする。自分の主になにがあるか分からないからだ。主が死ぬと、自分も消滅することになってしまう。悪魔とは主の命そのものなのだから。またその逆も然り。
藤沢は早速本題に移った。
「BLUNTの倒産の件だけど、君は何か記事を読んだかい?」
俺は黙って頷く。
「あれに書いてあることはすべて本当だよ」
投資金が足りなかったことも、商談に失敗したこともねーーと付け加える。
「君には僕がなぜ投資家なんかをやっているのか、というところから話そうか」
それから藤沢はおもむろに話し始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
藤沢の家はそれほど貧しい訳でもなく、普通に暮らしていた。今思うと、割りと裕福だったようにも思える。
最初に投資家を目指したキッカケは単純だった。端的に言うならば、父親の影響だ。
藤沢の父親は普通の会社員でありながら、ちょっと株にも手を出していた。高校生の藤沢はその仕組みについて興味を持ち、父親に意見するまでになった。
経済系の大学に進学し、さらに知識と知恵を磨いた。それまでは仮想の金で株取引の極意を学び、父にアドバイスを求めたりした。
院にも進み、そこで初めて現金での株取引を始めた。それほど大きな金を用意できるはずもなく、最初は父に借金をした。それを元手に手を広げていき、ついには父親を超えるまでに成長した。
院を卒業する少し前、父親が株で大暴落した。つまり赤字だ。借金のすべてを藤沢が返済することで解決できたのが幸いだった。
それをキッカケに株を控えるようになる。あの出来事を聞くまでは……。
父親が大暴落した理由。それはある一人の投資家によるものだった。
若くして投資家の仲間入りを果たした藤沢のことが気に入らなかったのだろう。どこで知ったのか、父親が株を買っていた企業を潰したのだ。それは物理的にではなく、社会的に。そんなことがあり得るのか、と当時の藤沢は疑った。それと同時に悟った。投資家の世界は金がすべてである、と。
それからがむしゃらのように株を買って買って売った。資金はみるみる内に増えていき、投資家のトップクラスの仲間入りを果たした。
そこで初めてやったことが、父を破産に追い込んだ投資家を潰すことだった。それに成功した藤沢は翌日、金命世界に招待された。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「僕は天狗になってたみたいだね。自分には社会を変える力があるって。僕が日本を世界一の経済国にしてみせる、なんてね」
それでも海外の企業に手を出したのはマズかったかなーーなんてヘラヘラ笑っている。
この人は思っていた以上にいい人そうだ。それに尊敬できる人だ。どことなく郁人さんに似ていると思った。
「今回はなんとかなったけど、正直残りも少ないし」
「よかったら、俺のライフを」
藤沢は首を横に振る。
「君にはそういうことをしてもらうために来てもらったんじゃない。そういう風に聞こえてしまったなら申し訳ない。でも投資家ってのはちょっとだけど、プライドを持っているものだよ」
藤沢は唐突に疑問を投げる。
「さて、このカードから引き落とされる金。それはどこからきているんだろうね?」
それは俺自身が一度も考えてこなかったことである。なにせ自分の命と引き換えに金を得たことなんてないのだから。
「寿命を金に換える仕組みは分からない。でもそれが金である以上、出所はあるはず。このまま増え続けるばかりでは日本円の価値が下がってしまうしね」
記念品や数量限定だからこそ高いーーつまり価値があるのであって、量産品はかえって安い。物と同じように金も増えすぎればその価値は下がる。円高円安は日本円の価値の指標である。金の価値が低いものの例として、ジンバブエドルがある。
「でもその影響は見られない。いくら僕が金を投資しようとも、ね」
「つまりどこかの誰かから金を取っていると言いたいんですか?」
「その線も考えた。でも負けたのは僕たち自身なのに、他の人から金を盗み取るなんて理不尽じゃないかい?」
藤沢はまた質問を投げかけた。慎哉がそれに答えあぐねていると、藤沢はまた口を開いた。
「僕はね、こう考えたんだ。負けた場合、僕らが将来稼ぐはずだった金を持ってきている、と。賭けるのは寿命なんだ。元々あった寿命を縮めれば収入が減るのは当然のことじゃないかい?」
「でもそれだと退職後の寿命分しか減らされていなかったら、その理屈は通りませんよね」
藤沢はほくそ笑むように諭す。
「その場合は年金があるじゃないか。それに勝っていれば、その負かした者から取ってこれる。この循環で金は回っているんじゃないかな」
これはあくまで個人的な予想にすぎないんだけどねーーとおどけてみせる。しかし慎哉には藤沢が本気で言っているようにしか見えなかった。
藤沢はその後の予定のため喫茶店から立ち去った。さりげなく会計を持っていったことから、やはり大人だと感じる。
俺も藤沢が帰った後にすぐ帰ったのだが、その前にイブに先程のことを聞いてみた。やはりと言うべきか、イブは何も答えてくれなかった。藤沢が自身の悪魔であるフールに聞いていないということはあり得ない。つまり悪魔からはこの件に関して口を出せないのだろう。
金の在り方について考え直さないとな。今までも他人の金を使って生きてきた。他人というのは自分の両親や祖父母という肉親ばかりだ。友だちなどに奢ってもらうこともあるにはあったのだが、些細な勘定にすぎない。
今、財布の中に入っている紙幣がもしも全く知らないアカの他人の人生を奪って手に入れたものだとしたら……。恐ろしくなり、これ以上考えることを止めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
藤沢と別れた後、俺たちは次の目的地へと急ぐ。もうお昼時だ。お腹の具合もちょうどいい。
そんなとき愉快な音が鳴る。イブの腹の虫だ。そういや朝から何も食べてなかったな。イブはちょっとだけ恥ずかしそうに顔を伏せる。
こいつは本当に人間らしくなったと思う。最初の頃は酷かったもんな。
初めてアパートに来た日なんて大変だった。玄関で靴は脱がないし、ご飯も食べないし(食べなくてもいいとは知らなかった)、箸の握り方やスプーンの持ち方、使い方でさえ知らなかった。
それに風呂だ。汚れているはずなのに風呂に入らない。シャワーの使い方を知らない。浴槽に浸からない。挙げ句の果てに服を着ながら入ろうとする。お湯でビショビショのまま扉から出てきたときはどうしようかと思った。その後の掃除が大変だったなぁ。それにイブは下着をつけていなかった。服を洗濯したときに下着類がなかった。濡れているイブを思い出そうとしても脳内再生力が足りず、見るに至らなかった。言ってしまえば、黒だから見えなかった。
安心してくれ。手は出してない。出したら殺されそうで本当に怖かった。目の前であんなものを見せられたんだからな。
それでもまだ甘い方。一番苦労したのは座ることと寝ることだ。寝る直前まで気付かなかったのだが、イブはずっと立ったままだったのだ。元々それほど広い部屋ではないが、座れないほどスペースがないわけではない。座り方を教えるときにあぐらをかいてしまったので、真似をしてスボンの隙間からアレなものが見えそうになったが、必死に見ないようにする。何度も言うが、俺の命がかかってるからな。だから教えたのは正座とそれをちょっと崩した形(女の子がよくしている座り方)だ。
寝ることは教えるのが難しかった。『目をつむり、意識を飛ばす』ということしか伝えられず、なにがなんだかわからくなった。知っていたら、誰か教えて!?
そんな昔というほど昔ではない昔話を思い出していると、目的地に到着していた。




