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Time is money  作者: 桧凪紅
第3章~新たな一歩~
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第1話

 


 俺ーー深夜は長い夢を見ていた。

 いきなり別の世界に連れて行かれ、命を賭けたバトルをさせられる。そこでしたたかで、ちょっぴり感情的な女の子に出会う夢。

 高校時代の知り合いに再会したり、新しい仲間もできた。苦しくて悔しい思いもしてきたけど、案外悪くないなと思えるくらいには楽しかった夢。

 負けられない闘いに挑み、そして勝利した夢。


 どれも現実味がなくて、でも自分の日常には必要不可欠で、刺激的な出来事。

 俺はこれが夢でなければいいと心から思った。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 目を覚まして、初めて見たのはもう見慣れてしまったアパートの天井だった…………らよかったのに。

 目の前に飛び込んできたのはイブの顔。それもかなり近い。悲鳴をあげなかったことを褒めてほしいくらいだ。


「夢じゃない」


 俺はポツリと漏らす。目覚めてしまって、やっぱり夢であってほしかったと思い直した。

 右腕の感覚がないのだ。右手を上げようにもどうしても上がらない。

 そういえば、と先程までの夢を思い出す。そして自分の右半身が裂けたことやそれに対する衝撃もよみがえる。


「うわぁぁぁぁああああ!!」


 俺は無理矢理に体を起こそうとする。というより、反射的に起きてしまうのだ。

 そこでイブが俺の額を人差し指で抑える。すると体の力が抜け、また元の体勢に戻る。


 頭の下にある柔らかい感触。枕ではない柔らかさ、そして明らかにそれとは違う温もり。これはまさかマンガやアニメの世界にしか存在しないという夢の憧れシチュエーションーー膝枕!?


 膝枕と聞いて、毎回思うところがある。膝枕って、なんで『膝』枕なの? 実際頭置いてるのって膝じゃなくて太ももじゃね? だって、膝だったら骨張ってて硬いじゃん。絶対寝心地悪いよ。これからは『膝』枕、改め『もも』枕と呼ぶことにしよう。


「うーんと、そろそろいいかな?」


「はへ? えぇ!?」


 まだいたのかこの人は。

 自分たちの傍らには藤沢の姿があった。



「それだけ元気があれば大丈夫そうだね。君たちに負けたおかげで大赤字だよ」


「それは……すみません」


 我ながら心にもないことを言ったと思う。だが、この人の負け(あかじ)がこれほどの影響を与えることを今の俺は知らない。


「じゃあ、そろそろ行くよ。次の商談があるしね」


 それだけを残して藤沢は去っていった。そもそもなんでまだいるのかはわからなかった。

 自分が寝ていた時間について質問したが、返ってきた答えは意外にも10分ということだった。

 それにしては随分長い夢だったな。



「慎哉さん、大丈夫ですの?!」

「まさか本当に勝つとはな」

「やるじゃねーか、慎哉」

「まっ、当然だよね〜」


 みんな各々、語りかけてくれる。俺は返事をする気にはなれず、ずっと黙っていた。


「慎哉、お疲れ様。でも今度はあんなことにならないように、気をつけて」


 頭上から聞こえる安心しているようなとがめているような声音。ーーこれにだけは応えなくてはいけない。そんな風にどこかで思っていた。そして一言。


「わかった」


 とだけ呟き、再び眠りに落ち…………ない!


 今度こそガバッと起き上がり、周りを見渡す。周りを見たのは防衛本能。こんな恥ずかしい姿を他の誰かに見られるわけには……。記憶をさかのぼる。ーーダメじゃん。

 無意味であることを悟り、平静を装うこともせず、ただ棒立ちしている。


「今回は運が良かったとはいえ、大儲けできたな」


 こんなときにこんなことを言う人間なんて一人しかいない。

 俺はその小さくて犬みたいで猫みたいな動物を見る。見た目がではない。中身が、だ。


「瑠美は守銭奴か何かなのか?」


「ただアタシは事実をはっきりさせたいだけだ」


 俺は呆れ顔で、イブに手を差し出す。イブをカード状態にし、所持ライフを確認するためだ。

 イブは俺の手を握ろうとはせず、じっと両目を見つめる。


「慎哉、なにかおかしい」


 おかしいのは話でも頭でも、いとでもない。

 その中の誰もが気付いていない。


「ライフが……増えてない」


 それを聞いた途端、みんなは絶句した。それはこの金命世界きんめいせかいの根底を覆すものだった。

 ライフを賭けた闘い。その末に手に入れるのはライフーーすなわち命と多額の金。

 ライフが全損することーーそれは死を意味する。


 死なないように、金を儲けるために必死に勝つ。それでも増えないことなんてあるのか。これは現実に起こっていて、否定しようもない。ライフは確かに増えた。だがその後か前に減っている。そんなの、この闘い(ディール)にデメリットしか存在しないことになる。


「櫻井! これはどういうことだ!!」


 俺は激昂した。こういう時はディーラーのコイツに聞いた方が早い。


「どうかなさいました?」


「俺たちはディールに勝利した。なのになぜライフが増えていないんだ?」


 櫻井はフッと口角を上げて、理由を説明する。俺はその姿に苛立ちをおぼえずにはいられなかった。


「それは明白でございます」


 スッと櫻井は俺の動かなくなったそれを指差す。


「神峰様は右腕を怪我されました。怪我というレベルではありませんでしたが。この世界のルールの一つとして、『ディールでは必ず死なない』というものがありました。それにのっとっただけでございます」


 その場にいたみな、この説明で事足りたはずもなく。


「で、それがどうしたんだよ」


「怪我を負われた際、その傷は完治されます。その傷の修復にライフ()が代償として払われただけのことでございます」


「それで200ライフ以上も使ったって言うのか!?」


 俺はついつい熱くなり、櫻井に怒声をあびせる。それでも櫻井は臆することなく、淡々と説明を続けた。


「それは重症度に応じます。今回の場合ですと命に関わりましたので、それ相応のものを必要といたしました」


「それでも取りすぎですわ」


 今度は沙織だ。沙織も今回のことに苛立ちをおぼえているのだろう。


「現代の医学で、人体と離れた腕を再び元に戻すことができますか? 肺は? 腸は? 胃は? 肝臓は?」


 一呼吸置いて、櫻井は付け加える。


「そういうことでございます。一生かかっても治すことのできない怪我。それをこの短時間で治すのです。これくらいは安いと思いませんか? もう一度言いますが、それに今回は命がかかっていました」


 櫻井はいつものようにニッコリと笑うと、帽子を取り優雅に一礼する。まるでこれ以上言うことがないように。すべての説明は終わったと言わんばかりに。なんの悪びれもなく、……その場から消えた。



「そんなのって、あり……」


 ポツリと声が漏れた。これを誰が言ったのか。今となってはどうでもいいことである。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 翌日、日本に異変が起きた。それはあまりにも唐突で、誰もが理解できない状況におちいった。

 端的に言うと、大企業が倒産したのだ。余程のことがない限り、安定している。だが今回はその“余程のこと”

 が起きたのだろう。


 その大企業とはBLUNTという電気会社だ。テレビを筆頭に掃除機や洗濯機、電子レンジに冷蔵庫とありとあらゆる家電を取り扱っているメーカーである。

 一家に一台、BLUNTの製品が必ずあると言っても過言ではないだろう。そんな大企業がどうして倒産まで追い詰められたのか。

 ただ兆候がなかったというわけではない。それ、誰が使うんだよと思うくらい大きな大型テレビなどを開発したり、スマホ業界にも手を出したりと色々と無茶はしていたらしい。しかし赤字なんて見たことも聞いたこともなかったし、資金回りは良いという話だった。


 俺はふとパソコンを起動し、ブラウザを開くと、ちょうどそのニュースが出ていた。そこで驚くべき人の名前を見つける。『藤沢ふじさわ 誠治せいじ』先日の慎哉のディールの対戦相手だ。

 記事にはこう記されていた。

『藤沢失態:藤沢の話によると、BLUNTに投資するつもりだった模様。しかしその商談がうまくまとまらず、その話はなかったことに。話をうかがったところ、“自分が相手の納得するだけの資金を用意できなかった。お世話になっていたのに恩を返せず申し訳ない”と語っている』


 そんな記事を目の当たりにして、早速藤沢に電話をかけた。あの時、名刺をもらっておいて正解だったよ。


「もしもし藤沢さんですか?」


『あー、もしかして神峰慎哉君? イブちゃんは元気かい?』


 電話口から聞こえてくる声は普通。この人が追い詰められているようには聞こえなかった。余計な一言も健在である。


「BLUNTが倒産したって……」


『あー、聞いちゃったか。あれは負債が立て込んでてね。そこで君とのディール。引き分け以上ならまだ何とかなったんだけど』


「すみません」


『君が謝ることじゃないよ。それに……いつかはこうなっていたことだよ』


 そうだーーと藤沢は話題を切り替える。それは思いもよらぬ方向へと進んでいた。




 ーー今週末会わない?


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