第7話
やばい。やばい、やばい、やばい。こんなの無理だろ。勝てるわけがない。
俺とイブは逃げるのに必死になっていた。走る速度は光速、その上、手から電気を放っている。慎哉の目にはあちこちで光っているようにしか見えていなかった。
閃光としてでしか認識できない二人の悪魔。拮抗しているかと思われた均衡がついに崩れた。光の速さに置いて行かれたのはイブの方。イブは後方に吹き飛ばされると、俺の目の前でちょうど止まった。
「ねぇ。あの話、いまからでも遅くないよ。チャンスをあげよう」
その口ぶりは、これで最後だと言わんばかりだ。事実、今のままでは藤沢には勝てない。
「嫌です。確かに魅力的な提案だと思います。でも俺にだって負けられない理由はあります」
「それは聞いてもいいことなのかな?」
「俺に勝てたら教えてあげますよ」
これが精一杯の挑発だった。これで挑発になったかどうかは怪しいところではあるが。
藤沢はクスッと笑い、さらに追い討ちをかける。
「今回の賭け額見ただろ? 慎哉君にとっては痛手じゃないのかい?」
そうだ。まだ確認してなかった。今回の賭け額は……。
「……226ライフ」
郁人さんと雅樹からもらったライフが軽く吹っ飛ぶレベルだ。こんなの痛いどころじゃすまないぞ。
挑発したつもりが、逆に追い詰められていたのは俺の方?むしろこんなの実感するぐらいなら、最後まで知りたくなかった。
「これでもやり続けるって言うのかな?」
イブがそっと俺の手をとる。そして目で訴えてくる。
私は大丈夫だ、と。
必ず勝ってみせる、と。
「やります! だって俺は負けませんから」
絞り出した強がりには、頼りになさがあった。しかし少なからず、しっかりとした覚悟も秘めていた。
「フール、もっと出力を上げてもいいぞ。あと五分程度もつだけでいいんだ」
フールの角がまた光を増した。その瞬間、背筋に悪寒が走る。
ほんの一瞬。一瞬ではあるが負ける未来が脳裏をかすめた。
予想は嫌なところだけ当たり、イブは苦戦しているようだった。少し前まではほぼ中央でぶつかり合っていたのに対し、今は徐々におされてきている。肉眼では捉えられない動きで、それでも押されているのは見て取れる。
イブだって多少は強くなっているはずである。しかし能力の問題で、相手に触れなければのだ。この速さで動き続けるフールに触れるのは至難の技だろう。
何回ぶつかったのだろう。幾度となく交わした戦闘にまた一時の休息が訪れる。イブの身体を見ると、痛々しい切り傷にもやけどにも似たような傷ができている。イブは大丈夫だと言うけど、このままにしておくわけにはいかない。なるべく早く決着をつけなければ。
残り時間があと2分に迫る。あちらもそろそろ仕掛けてくるだろう。
「イブ、俺に作戦がある」
これは賭けに出た苦肉の策である。一回こっきりの奇跡を狙ったような作戦。うまくいくかどうかは五分五分。むしろうまくいかない方が多いんじゃないかと思うくらいである。
そんな作戦にイブは無言で頷き、承諾の意を伝える。それを実行せんと、勢いよく飛び出した。
その時は思った以上に早く来た。
イブとフールが低い位置でぶつかったときだ。今までとは違った轟音が辺りに響いた。同時かそれより少し遅れて、吹き飛ばんばかりの暴風が吹く。
その場所には大きなクレーターができており、沈んでいるのはフールである。
イブはフールの頭をさらに地面に埋めようとする。メキメキと音を立てながら沈んでいく。そしてイブは足でフールの角を思いっきり、踏みつけた。
フールの角が地面に刺さった瞬間、フールを包んでいた光が消えた。アースーー平たく言うと電気の逃げ道を作ること。すなわちフールの角に溜まっていた電気が全て地面へ流れたのだ。
「イブ、今だ!やれ!!」
イブはフールを置いて、藤沢の元に駆け出した。
そのとき重大なミスをおかした。イブたちの状況を確認するため、俺はクレーターの崖のところまで来てしまったのだ。
フールは即座に起き上がり、こちらに向かって全力で駆ける。今のスピードではイブの方が確実に速い。
しかし距離はどうだろう。明らかに俺とフールの方が短い。俺は背を向けて逃げようとせず、立ち尽くしていた。動けないのだ。やっと見つけた突破口。それが自分のせいで崩れ去ろうとしている。
それに加え、藤沢の「やれ!」という一言。
イブはたまらず振り返ってしまい、さらに時間ロスしてしまう。
フールは手が届かないと判断したのか、鋭利な角を向けてくる。なんとか避けようと体を無理やり左方向にズラす。それでも完全に逃げ切なかった。
体の中を抉られるような嫌な感覚。痛みなんて全く感じなかった。頭の処理が追いついてないのだろう。
フールの角は俺の右半身に深々と突き刺さった。
幸いターゲットマーカーには当たらないギリギリのところで避けることに成功した。これで回避したと言えるのかは怪しいところだが、負けは回避できた。
フールは角を引き抜くのではなく、そのまま上へ思いっきり動かした。そのとき自身の体は引き裂かれ、肩から右胸部にかけて、ぱっくりと開いた。当然右腕はピクリとも動かない。
「イブ、勝てぇぇぇぇぇえええ!!」
どこから出たのか、どうやって出したのかも分からない声で叫ぶ。半分は絶叫となり、咆哮のようにも聞こえる。
残り時間5秒。それだけあればイブには十分すぎる。
ディール終了の鐘が鳴り響く中で、俺は意識を手放した。




