第3話
ディールが終わった後、イブはすぐさま俺のところに戻ってきて……戻ってきて…………素通りした!?
「おい、どうした、イブ?」
「帰る」
「それは分かるけど、そんなに急がなくても」
「うるさい」
これはかなーーりさっきのことが効いてるな。イブ様はご立腹ですよ~。
そんな時、ケータイに着信があった。沙織からだ。
『まずは勝利おめでとうございます』
「あ、うん。ありがとう」
沙織と電話するなんて初めてで、少し緊張している。高校の時は基本的にメールだったし。
『それでこの後なんですけど』
「あー、ごめん。なんか今、イブが不機嫌でさ」
『……それなら仕方ありませんわね。それではおやすみなさい』
——おやすみ、と返し、電話を切った。
家に帰ると、イブは早速お風呂に入った。俺はというと、イブのご機嫌をとるために、冷凍オムライスをレンジに放り込んだ。イブは俺が作ったものよりも冷凍の方がお好みらしい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時を同じくして、場所は廃ビル。廃ビルと言っても、外見からはそうとは分からないくらい整っている。中も事務室だったのがそのままの形で、残っていた。
ここはその事務室の奥にある小会議室みたいな場所だ。そこには2人の男がいるが、1人は座り、もう1人は立っている。
「ターゲットはどうだった?」
「それほどの相手ではないかと。あなた様なら必ず勝てるでしょう」
座っている男は机に肘を置き、両手を組む。そしてまた口を開く。その口からは低く重い声が発せられた。
「そんな抽象的なことは聞いていない。それは汝の主観であろう。我が問いたいのは、ターゲットの悪魔の能力などの事実だけだ」
起立している男はうろたえつつも答える。
「も、申し訳ございません。ターゲットは悪魔のことを『イブ』と呼んでおりました。能力は飛行と加速だと思われます。ターゲットそのものの身体能力はそれほど高くなく、一般的だと感じました」
「うむ。もう下がってもよいぞ」
「は、はい。失礼します」
男は一礼すると、その場から立ち去った。一方、その場にとどまった男は脱力する。
「こんな感じでよろしいですか、我が主?」
「うん。完璧ダヨ。ボクじゃ全く威厳がないからネ」
小会議室のさらに奥の方。そこから小柄な男の子が現れた。背は小さく160㎝くらいしかない。顔には笑顔を浮かべていて、郁人に似ている。しかし嘘っぽい郁人の笑顔に対して、その子の笑顔は無邪気なものだ。その陰に見え隠れする“何か”に違和感がある。
「そんなことはございません」
「そんなことを言ってくれるのはキミだけダヨ。まっ、ボクたちが殺すのはあの子じゃないんだけどネ」
「ですが、我が主は念には念を入れよ、と」
「分かってる、分かってル。ボクが言い出したことだしネ。そこんとこ忘れてないから大丈夫ダヨ」
月の光に照らされている部屋の中から、2人の人影が姿を消した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、昨夜のディールの傷は完全に消えていた。あれほど背中を引きずられていながら、かすり傷ひとつ残ってない。ただその痛みは残っており、違和感がある。
昨夜は大変だったのだ。
イブは風呂からあがるなり、すぐにオムライスをたいらげ、ディールについてのダメ出し&説教は2時間にも及び、ようやく寝た。
イブが寝たら今度は俺の番。飯を食い、風呂に入り、片づけをし、明日の準備を終わらせる。それらすべてを終える頃には日付が変わっており、“明日”の準備が“今日”の準備になっていた。
その日、俺は再び“悪魔”との対戦を強いられることを知る。しかも今回はイブの力は使えない。むしろ使い物にならないだろう。それほど強力で無慈悲な“悪魔”なのだ。自分の無力さを思い知らせれる。
そのことを聞いたのは瑠美からではなく、教授からだった。
「次回は中間テストするから、ちゃんと勉強しとけよ。範囲は今日までのところ“全部”だ」
——終わった。
そうその“悪魔”とは“テスト”のことである。まさか大学に来てまで中間テストがあるとは思わなかった。
結局、来週テストがあるのは物理、数学、そして経済学のレポートである。
経済学のレポートについては昨日言われていたそうなのだが、すっかり忘れていた。沙織が教えてくれなかったら、どうなっていたことか。本当に感謝感謝である。ちなみに最初に配布された予定表にも書いてあったらしい。こういうのはちゃんと読まないとダメだな。
レポートは沙織に見せてもらうとして、問題は数学と物理である。運が良いことに明日は土日と休み。
俺はその日の夜に瑠美に電話をかけた。
「もしもし瑠美? 明日さー」
『断る』
——切れた。虚しく通話切れの音が響く。そして再び、通話ボタンを押す。
3回コールしたところで瑠美が出た。
「ねぇ、酷くない!? まだ俺、何も言ってないよ!?」
『まだ何かあるのか』
「“まだ”って何? “まだ”って! “明日さー”しか言ってないんですけど!?」
『今日はやけにテンション高いな。なにかあったのか? まぁいい』
瑠美は自己完結させると、話を続ける。
『どうせ明日勉強教えろ、とでも言うつもりだったんだろ?』
「もしかして瑠美ってエスパー?」
『思考回路が単純なだけだろ』
なんだかバカにされた気がする。まぁ、最初からそんな気はしてたけど。
『別にいいけど、場所はどうする?』
「図書館じゃ教えれないし、大学食堂だと人おおそうだしなー。こっちに来てもらうのも悪い気がするから、瑠美の家……」
『慎哉の家な?』
「えーと、瑠美さん?」
『し・ん・や・の・い・え・な?』
「はい」
なんだか無理強いされた気がする。来てもらう分にはありがたいんだけど、逆に何があるのか気になる。
「でも俺のアパート分かる?」
『大丈夫だ、問題ない。昼は食べて行くから。1時頃でいいか?』
「分かった。待ってるよ」
——そういうことになった。これでテストは安心だろ。瑠美が来る前に掃除でもしとくか。
そして次の日、勉強会が行われた。予想通り——本当に1時ジャストにインターホンが鳴った。こういうとこしっかりしてんだよな。返事をし、玄関を開ける。
「いらっしゃい?」
「じゃあ、お邪魔するぞ」
「……うん。それはいいんだけど」
瑠美は何も気にした風はなく、腕の下を器用に通って中に入る。だが、俺が気にしているのはそこではない。どうして目の前にもう1人いるのか、ということである。
「こ、こんにちは」
相手から渇いた笑顔とともに向けられる。
「まぁ、とにかく入れよ」
「分かりましたわ」
中に通すと、扉を閉め、急いで瑠美のところに駆け寄った。
「これはどういうことですかね!? なんで“こいつ”がいるんですか!」
俺は“こいつ”を指さし、瑠美に訴える。
「道案内してもらっただけだ。それに“沙織”には用があるんだろ?」
そう、俺のアパートにアポなしでやってきたアホゥと沙織のことだ。確かに用件はあったが、別に今日でなくてもよかった。
「道は分かると言った意味が今、ようやく分かったよ」
1つの小さい机を囲み座る。俺はコップに麦茶を注ぎ、机の上に置く。以前、沙織とべリアルが来た時は、コップが足りずに困ったものだが、この日のためにもう1つ買っておいたのだ。
「瑠美は俺に勉強を教えるという大役があるが、沙織はどうする?」
「わたくしはテレビでも……って、テレビはないんですの?」
「あー。俺、基本的にテレビ見ないんだよ。だからいらないかなって。スペース使うし」
沙織と瑠美から呆れた目で見られた。これは挽回せねば!
「今の時代、インターネットが普及してて、情報なんていくらでも手に入る。テレビがなくたって、情報くらいいくらでも手に入れることができるのさ!」
「お前って、やっぱりバカだったんだな。ネットの情報が必ず正しいとなぜ言い切れる? 大々的に発表してないんだ。その分間違ってる可能性も大きいだろ」
「そんなのテレビだって……」
「そう、同じだ。間違ってるかもしれない。だからネット、テレビ、新聞。様々なメディアからの情報を的確に抽出し、それを示唆する。そうでもしない限り、真の情報は手に入らない。そこまでして、間違っている場合もあるがな」
最後は若干、薄ら笑いが入ったが、さすが情報処理を扱っていることだけはある。
感心した俺は思わず拍手をしてしまった。それにつられてか、沙織も手を叩き始める。
「おい、やめろ! 恥ずかしいだろ!!」
いたずら心がついつい芽生えてしまった俺は、拍手を大きくした。
「やめろって…………言ってるだろうがーーーーーーー!!!!」
完全に気を抜いていた。というより、忘れていた。瑠美は限界を越えると…………。
「いってーーーー!」
——頬をひっかくのだ。
こんなんで本当にテスト乗り切れるのだろうか。そんな不安をよそに、俺は背中から床に倒れた。




