第2話
時と場所が変わり、ここは夜8時の金命世界。これから行われるのは俺の4回目のディールである。ここのところ敗けが続いている俺にとっては、復帰戦ということになるのだろうか。
目の前の相手は瑠美の言った通りのやつらだった。どこからこんな情報手に入れてくるんだよ。しかも写真付きとか。瑠美のことがますます分からなくなった。
これも瑠美からの情報なのだが、相手の悪魔はアストーと言うらしい。実際対峙してみると、実に不気味である。身体は棒のように細く、骨が浮き出ている。しかし身に着けているのは布一枚。見た目は人間の老人のようであるが、纏っている雰囲気は人のそれとは明らかに異なっていた。手にはロープを持ち、その先には輪が作られている。
こいつ明らかに人っぽいんだけど。人型じゃないのか。人型悪魔の定義ってなんだよ。
無駄な思考に耽ろうとしているところに、ディール開始の鐘が鳴った。
今回の賭けライフは数は3。郁人さんと誠さんのディールを見ると、拍子抜けする数ではある。あれは今の俺でも敗けたら全損だ。このライフもおこぼれみたいなもので、自分の力ではないんだけど。
「行け、アストーー!」
「ウキャキャキャキャキャ!!」
相手の声に反応して、アストーは奇声を上げる。ここで再確認する。こいつが悪魔だということを。
アストーは上空へ高くジャンプし、こちらに迫ってくる。ロープを空中で投げるが、それはイブによって簡単に弾かれる。着地し、今度は俺の背後に回る。
──速い!
俺は目で追うのがやっとだった。そのためほぼ無抵抗に捕らえられてしまった。ロープによって縛られたのは左足首。純粋な力で悪魔に勝てるはずもなく、そのまま後ろに引きずられる。
イブは血相を変えて、こちらに飛んで来る。
俺とアストーの中間地点に着く頃には、大鎌を精製していた。イブはロープめがけて、その大鎌を振り下ろす。しかしロープは切れるどころか、大鎌に合わせて曲がった。
糸がなかなか切れないという経験はないだろうか。あれはきちんと糸が張っていないときに起こるものである。
アストーはこれを自発的に起こし、ロープが切れるのを避けた。
そんなことがありつつも、アストーは俺を引きずり続けている。あー、背中超痛い。
イブはロープを切ることを諦め、今度はアストーに向かっていく。そしてロープを持つ手を斬り落そうとする。しかしこれもまたロープによって阻まれ、そのまま大鎌を捕らえられてしまった。
イブはすぐさま手を離し、アストーの顔にその拳を叩き込む。どうやら大鎌は囮だったようだ。
アストーはその運動エネルギーに流されるまま、前方の空へ飛んでいく。もちろん俺も連れて。
「うわあああああああ」
この口から非常に情けない声が漏れてしまった。頭からならともかく、足から飛ぶのは初めての体験なんだから仕方ないだろ! いや、頭からもないか。
それにしてもあんな細腕のどこにそんな力があるのか。能力を使っているとはいえ、さすがに強すぎだろ。
ここで郁人さんがこの前言っていたことを思い出した。
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それはあの打ち上げという名の飲み会でのことだ。
俺と沙織が郁人さんと雅樹にライフをもらった後、言われたことがあった。
「悪魔は所持ライフによって強さが変わるんだよねー」
──は? 今、この人さらっと重要なこと言わなかったか?
「しかも100単位で一区切りらしくて、能力が強化したり、目覚めたりするんだよ~」
──すごいでしょ~、なんて言ってのける。本当にこの人はまったく。
しっかりとした説明を求め、瑠美に視線を送る。瑠美はため息をしつつも、そのかわいらしい口を開いた。
「悪魔は基本的に100ライフごとに能力が覚醒・進化、または肉体強化する…かもしれない。“かも”と言ったのは例外も存在するからだ。そういう悪魔はちょっとしたトリガーで巨大な力を手に入れることもあるし、多大なライフが要求される場合もある。どちらにせよ、規格外の力を手に入れることに間違いはないだろう」
瑠美にお礼を言い、俺は思考の海に潜った。
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イブの力の強さについて少しばかり思い出してみたが。
──そういえば俺は今、宙に浮いてるんだっけ。
体はとうとう放物線の頂点をすぎ、後は落下するだけとなっていた。そこで不安定だった体がすっと支えられた。支えたのはもちろんイブで。アストーは未だに落下している。
──どんだけ飛ばされたんだよ俺らは。
今回のディールはビル街から少し離れた広場のような場所で行われている。今、俺がいる地点からはビルの頭が見えるほどだ。
イブは大鎌を生み出し、伸び切ったロープを切断する。これで俺もようやく自由の身だ。
ゆっくりと降下していく中で、イブに軽くお礼を言った。振り返るとイブは顔を背けてしまった。たぶん照れているのだろう。
ここ最近、イブがより人間らしくなってきたと思う。これが良いことなのか、悪いことなのかは分からないが、たぶん良いことだ。
イブは俺を下ろすと、すぐにアストーに向かって飛んで行く。
最初見たときも思ったが、背に翼を生やしたイブの姿をきれいだと思った。久々に見たからだろうか。飛んで行くイブの姿がより一層美しく見えた。
イブが到着する頃にはアストーは攻撃体勢にはいっていた。
アストーは輪付きのロープを投げる。
イブは自由自在に空中を舞い、それを完全に避ける。ブーメランのように戻ってきたそれさえも。
しかし誤算があった。アストーが放ったそれはイブを通りすぎる瞬間に2つに分かれた。
1つは難なく避けたものの、もう片方には反応が遅れてしまった。そしてイブの首にロープが絡みつく。
「キャキャキャキャキャキャ!!」
イブを捕らえたのがよほどうれしかったのか、喜声という名の奇声を上げる。
俺もつられてイブの名を叫んだ。
イブの体が地上に引き込まれつつも、こちらに顔を向け、薄く、浅く、だがしっかりと微笑んだ。
俺は安心すると同時に恐怖を覚えた。
──これは完全に怒ってますね。今、この瞬間、俺たちの勝利が確定した。それと同時に人間性を教えたのは間違いだったのかもしれないと後悔した。
イブは引っ張られるのを止め、自分から飛び込む。空気抵抗を減らし、重力を増加、自分にかかるありとあらゆるエネルギーを増加、あるいは減少させる。
そのエネルギーをのせたあまりにも重すぎる右ストレートをアストーめがけて放った。瞬間、爆発音にも似た音と、風が俺の皮膚を刺激する。
この間、1秒未満。一瞬にも等しい時間で、アストーは地面にめり込み戦闘不能。
イブは首にまとわりついたロープを外し、首を手で押さえている。
「イブさん? こんなことを言うのは誠におこがましいとは思いますが、決着つけてきてくれませんかね?」
俺は視線を残り時間に移しつつ言うと、イブはため息をつきながらも承諾してくれた。
相手はアストーがやられた瞬間に逃げ出したのか、もう500m以上は離れている。
残り時間は2分14秒。イブなら難なく終わらせるだろう。
俺の予想通り、イブは10秒もしないうちに追いつくと、大鎌の刃ではない方で、胸のターゲットマーカーに触れた。




