第1話
ここから『第2章~勝つことの意味~』が始まります。
各話のタイトルはつけません。
(決して手抜きではありません──ほんとだよ?)
打ち上げから帰ると、イブから「慎哉オムライスよりおいしかった」と言われてしまった。そりゃそうだろ。プロには敵わない。
これはイブからの「もっと料理を上達しろ」という遠回しな言葉だった。こいつ、いつの間に嫌味なんて覚えたんだよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから1週間ほどがすぎ、時は7月上旬。梅雨も終わり、ここからは暑くなる一方である。もうすでに半袖で十分なくらいだ。
この期間俺たち5人──俺、沙織、郁人さん、雅樹、瑠美にディールはなかった。そんなに次から次にあるものでもないらしいしな。
今現在、俺はここ北上大学に来ている。というか、土日以外は毎日来ている。大学って、もっと楽なものだと思っていたが、これが現実らしい。好きな科目だけやってればいいという訳でもないようだ。
そんな高校と大差ない大学生活を送りつつ、昼飯を食べるべく、食堂に向かっている。ここだけは高校と違う。高校の頃は購買はあったが、食堂というものはなかった。その購買も俺は弁当派だったので、ほとんど使ったことがない訳だが。
それにしても今日の食堂は混んでるな。なんでこんなに混んでるんだよ。ついてないなと思いつつ、空いている席を探す。もちろん俺の手にはすでに昼飯が乗せられたトレーが握られている。
そこでつい最近、ここに通っているという情報を手に入れたやつを見つけた。空いてるのはそいつの前だけのようだしな。運がいいのやら、悪いのやら。
「よう。ここ、いいか?」
「ええ。もちろん構いませんわ、よ?」
どうやら、ようやく俺だということに気付いたのだろう。
「な、な、なんでいますの!?」
「そんなに驚くことか? 同じ大学に通ってることはこの前知ったはずだろ」
び、ビックリした~。まさかここまで驚かれるとは。平常心を装ってはいたが、ちょっと声が上ずってしまった。
ふと、沙織が食べているものに目を向ける。
「なんで弁当なのに食堂に来てるんだ?」
「あ、それは……その…………」
そんなの分かりきってるじゃないか。こいつのそんな姿見るのはこれで二度目なんだから。
弁当なのにわざわざ食堂に来ている理由──こいつまた……ハブられてるのか。いや、ハブられているというより、わざと一人になっている?
「まあ、その……。今のは気にしないでくれ」
俺の迂闊な発言で、二人の間に沈黙が流れる。それでもなお騒がしい食堂にちょっとだけ救われた気がした。
「し、慎哉はなんで一人なんですの?」
こいつ、痛いとこついてくるな。さっきの仕返しか?
「本当なら他の奴と食っていたところなんだがな。多くて全員で座るだけの席がなかったから、かな。誰かが抜けないと一向に食べられそうにないし。別に全員で食べる決まりなんてないしな」
つらつらと理由を述べてはみたが、どうも言い訳くさい。というより、嘘くさい。
沙織は「そうですの」と少し肩を落とし、落胆しているようだった。今のどこに落ち込む要素があったよ。俺には全く分からなかった。
「ところでイブ……さんは一緒ですの?」
「いや、今は家で留守番してもらってる。どうしてもカードになりたくないらしくてな。元々食事をする必要なんてないんだし、何も食べなくても大丈夫だろ」
現にイブの食事は夜のみになっていた。朝は苦手らしく起きてこないのだ。羨ましい限りである。
「そういう沙織はベリアルと一緒なのか?」
「もちろんですわ。一瞬たりとも手放したりはしたくないんですの。だって危ないじゃないですか。これはわたくしたちの命そのものなんですのよ」
そう言って、例のカードを取り出してみせる。いや、大事なものならそんなにたやすく出すなよ。沙織の行動に呆れつつも、実質その通りだと思った。
「そういえば、今日は慎哉のディールの日でしたわよね?」
「あー、そういえばそうだったな。瑠美に聞いたのか?
「ええ。それで、その…………」
沙織はいったん口を閉じる。顔を見ると、ほんの少し顔が赤くなっている。そして踏ん切りがついたように、また言葉を紡ぎ始める。
「きょ、今日のディール観に行ってもよろしいですか?」
そんなことかよ。恥ずかしがることないだろうがよ。身構えていた俺がバカみたいじゃないか。
「うん。まあ、別に構わないぞ。観てもおもしろいことなんて何もないとおもうがな」
「そんなことじゃありませんわよ!」
「そんなこと? 沙織にとって俺の命はそんなことで済まされるのか。ちょっと傷ついたなー」
「え、あ、ちがっ。違うんですのーーーー!!」
相変わらず、沙織はいじりがいあるな。これ以上やると怒られそうなのでやめておこう。
「わかった、わかったから。とりあえず次もあるから行くわ。じゃあ夜にな」
“次もある”というのはもちろん講義である。今日は専門ではなく、共通科目なので、より憂鬱に感じる。共通科目というのは経済や英語、第二外国語や生物などである。これもある程度、単位を取らなければならないので、半強制的に受けさせられる。
俺って工学部に入ったんだよな。英語はまだ分かる。というより、これからの時代、英語が話せなきゃ話にならんのだが。あれ? 今ちょっとうまくなかった? そうでもない。あ、そうですか。
話を戻そう。英語が必要なのはこのご時世、小学生でも知っている。
だがしかし! 工学に農学の知識がいるだろうか?! 9割の人間は「否」と答えるだろう。
ここにきて俺は初めて気付いた。国立の大学は専門科目だけやっていればいいというものではないことに。
こんなどうでもいいことを考えているうちに経済学部棟に来ていた。
俺がこれから受ける講義は経済学である。社会系の科目は経済を選んだのだ。歴史とかは苦手だったしな。しかも経済を学べば、今後役に立つこともあるだろう。
目当ての教室に入ると、いつもの席──真ん中より少し後ろの左端の席に着く。講義が始まるまで、あと5分ある。その時間をスマホをいじりながら過ごした。
残り1分となったところで、俺の隣に人の気配を感じた。3人掛けの机なので真ん中は空いているわけだが。
すると講義開始のチャイムが鳴り、俺はスマホをポケットにしまった。講義は始まったのだが、まだ教授が来ていない。そのため教室は騒がしかった。うるさいなと思いつつ、隣の人に目を向ける。
髪は軽くウェーブのかかった金髪で、腰あたりまで伸びている。瞳はクリッとしていて大きく、碧色をしている。見た目はいいとこのお嬢様。そしてものすごく美人だ。
「って、沙織じゃねーか」
「あら、どうしましたの?」
「なんでいるんだよ」
「この講義は経済学部にとって、必修なんですのよ」
必修とは、その学部・学科に応じて取るべき科目のことだ。俺の場合は数学や物理などが当てはまる。もちろん実習もそのうちの1つだ。経済学部の生徒が経済学を学ぶのは当然のことであろう。
「もしかして最初から気付いてた?」
「最初は気のせいかと思ってたんですけど、この前の話を聞いて確信に変わりましたわ」
そこまで話したところで教授が入ってきた。ここで一時中断である。
「それでは講義を始めます。今日は最近ニュースにもなっている若手投資家──藤沢 聖治さんについてお話します」
以降も教授の話がだらだら続き、講義開始10分が経過した。教授の眠くなるような話に耐えかねて、夢の世界への扉を開こうとしていた。
そこに隣からノートが伸びてきた。思わず顔を上げ沙織を見たが、まじめに講義を受けているように見える。しかし右手に握られたペンはノートの端を指している。
そこには『今日のディールのこと、瑠美さんに聞きましたの?』と書いてあった。
俺もそれに倣って、『もちろん聞いたよ』と返す。
『勝てそうですか?』
『相手は人型じゃないみたいだし、イブなら問題ないだろ』
『そうですわね』
講義中でありながらも、このような会話──というより書話?──をしていると、あっという間に終わりのチャイムが鳴った。




