強敵2
そうこうしているうちに、ディールの開始を表す鐘が鳴り響いた。
その瞬間、俺の後ろから疾風のごとくイブが駆け出した。すでにイブの背には翼が、頭には角が生えている。魔力を使った証拠だ。それほどまでに相手は強敵なのだろう。
イブが俺の横を通りすぎたのを感じた後、俺も後ろに走り出した。これは逃げるためではない。イブたちの戦闘に巻き込まれないようにするためだ。俺がいても邪魔になるだけだしな。沙織との闘いで、逃げても無駄だということが分かったし。
数秒後には2人がぶつかった後の衝撃波が風となって、ここまで届いた。
ん? なんだ、この違和感は。
風が熱風のように熱い。後ろを振り返って確認すると、2人の間に炎の膜が現れていた。炎と言って、思い浮かべる色は赤やオレンジが妥当だろう。青と答える人もいるかもしれない。それはそれで間違っていない。だがその炎の膜はそれらのどの色にも当てはまっていないのだ。言うならば、黄色っぽい白。昼の太陽のような色合いだ。太陽とはこの世で最も熱い物質だ。太陽の表面温度は約6000度。それを考えると、あの炎はどんな炎よりも熱いということにある。
「イブ!」
俺は無意識のうちにパートナーの名前を叫んでいた。それに応じるようにハウレスから離れて、俺の目の前に戻ってくる。さっきまでぶつかりあっていたので、よく認識できなかったが、手に何やら持っている。
「イブ、そんなもの最初から持ってたっけ?」
「持ってなかったわよ。こんなもの持ってたら、さすがに気付くでしょ」
そりゃそうだ。俺も本当に分からなくて、質問したわけではない。これはただの確認行為だ。
イブの右手には翼と同じように黒く、しかし先端部分はギラギラ輝いている。先端部分は湾曲していて、不気味なオーラを纏っている。簡潔に言うとするならば大鎌だ。自分の身長ほどもある大鎌を片手で軽々と持っている。
ハウレスは両手を握りしめる。それをすぐに開くと、手のひらに炎の玉が現れる。炎の色はもちろん黄白色。それをこちらに向けて投げてくる。炎の玉は猛スピードで迫ってきた。俺はこれを避ける術を持ち合わせていない。俺は現実から目を背けるように両目を閉じる。
刃物同士がぶつかり合うような音が聞こえてきた。この場合には聞こえてくるはずもない音だ。そのあとに周りから爆発音が聞こえてくる。何発も撃っているのか、連続して聞こえる。
恐る恐る目を開けてみると、飛んでくる炎の玉をイブがすべて大鎌で切り裂いていく。その切り裂かれた玉は周辺にあるビルなどの建物に当たり、破壊していく。爆発音が鳴り止んだころには俺の両端にあるビルが二つほど決壊した。威力充分だな。
今度はイブが再び駆け出し、距離を縮める。大鎌を振りかぶり、ハウレスの頭上に打ち付ける。単純な行動に見えるが、重力や空気抵抗を操作して、速度が異常なまでに速くなっている。人間ならば避けることは不可だろう。しかしそれは人間であればの話だ。相手は悪魔であり、人間を超越した存在だ。
だがハウレスはそれを避けようとはしなかった。イブは後ろから攻撃を仕掛けたが、ハウレスは後ろを振り向こうともしない。それでもイブの攻撃を止めていた。
やはり止めたのはあの炎の膜だ。黄白色の炎の膜はゆらゆらと歪めながら、大鎌を止めている。
「おい。なんでお前の鎌は焼き尽くされてねぇんだ?」
ハウレスが初めてしゃべった! イブはそれに答えようともせず、力を抜こうともしない。
徐々にイブの大鎌が炎の膜を通過し始めた。
「そういうことかよ」
ハウレスがイブの方を見て、ニヤリと笑みを浮かべた。そして指をパチンと鳴らす。するとハウレスの周りが一瞬黄白色に輝き、炎の膜が消える。
イブは先程までの力を維持したまま、コンクリートの地面に大鎌をぶつける。さっきまで拮抗していたものが突然消えたのだから、当然のことであろう。辺りには甲高い音が響いた。
この一連の動作の中で、初めてハウレスが動いた。ディールが始まってから、動いたのはこの1回だけだ。それほどまでに、力の差が出ていたのだろう。
「お前の能力は冷却なのか? お前の鎌が触れている部分だけ、俺様の炎の色が変わってたぞ」
まぁ、間違ってはいないだろう。だがそれも含むということになる。今となっては、イブの能力が分かってよかったと思う。
イブはというと、いつもの無表情で沈黙していた。
ん? イブの様子が少しおかしい。この小さな変化に気付けるようになったのはちょっとした成長なのだろうか。
突然、イブが俺の手を取り、走り出した。その目先にあるのはビル。イブはなんのためらいも迷いもなく、駆け込んでいく。
俺たちが入ったビルは五階建てで、エレベーターが壊れていて、上の階に行くには階段を使うしかない。中はなぜか廃れている。資料が入っているであろうダンボール箱が無造作に転がっており、椅子や机もあちこちに投げ出されている。
俺たちはとりあえず二階へと駆け上がる。途中で階段を決壊させて。これは時間稼ぎのつもりなのだろうか? あまりハウレスには意味がないように感じる。
イブは室内では邪魔なのか、翼を自身に戻した。できるなら、初めからそうしてろよ。でも角だけは生えたままだけど。そしていつの間にか、大鎌も消えていた。
それからハウレスと矢切 郁人はすぐにやってきた。どうやって来たかは分からないが、そこは悪魔の力を使えば、なんてことないだろう。
「こんなとこにいても無駄だぞ。お前じゃ、俺様には勝てねぇ」
「まだ慎哉君だけは倒さないでくれよ」
その言葉の意味を俺はまだ知らない。
イブは右手を天井にかざして、下へと振りぬく。すると天井が抜けて、瓦礫が落下した。瓦礫はすべてハウレスに向かって、落ちていく。ハウレスはいつものようにただ立っているだけだ。それだけで瓦礫は塵へと化す。無傷。それが今のハウレスの状況だ。
「もういい。飽きた」
ハウレスは手のひらに黄白色の炎を溜めながら、一瞬で距離をつめる。あまりにも速すぎたスピードにあのイブでさえついていけていない。イブは両手をクロスさせてガードの体勢をとることしかできなかった。ゼロ距離から放たれた炎弾はすさまじい爆発となって、イブを吹き飛ばす。
イブは苦痛に顔を歪め、嗚咽をもらした。身体を壁に打ち付け、重力に逆らうことなく、冷たい床に伏せる。イブがやられるのも初めてだったが、それ以上に嗚咽をもらしたこと自体に驚いた。
ハウレスは追い討ちをかけるように、イブの背中に先程のものと同等の炎弾をぶつける。
「ああぁぁぁああああああ!!」
床はイブの身体ごとめり込む。今度ははっきりとした悲鳴が響く。イブはピクリとも動かない。それに反して、動いたのは俺だった。
「イブ!」
俺はイブに近寄り、そっと体を起こす。「うっ」と、微かではあるが、声が漏れる。
よかった。死んではいないみたいだ。
「大丈夫か?」
大丈夫なわけないじゃないか! 大丈夫ではないことくらい見ればわかる。でもそれ以外にかける言葉を俺は持ち合わせていなかった。情けない。こんな時くらい気の利いた言葉をかけれれば。
本当に自分自身がふがいなくて、情けなくて、悔しい。どうしてなにもしてやれないのか。目の前に苦しんでる女の子がいるっていうのに。
「うるさいわね。慎哉に心配されるほどのことではないわ」
ものすごく小さい声ではあるが、強がりを言えるくらいには回復したみたいだ。悪魔の回復力はすさまじいものである。
「もう君たちが勝てないのは分かっただろ? そこで君たちに提案があるんだけど」




