強敵1
今回で俺のディールは3回目になる。前回は沙織に呆気なく負けてしまった。あれは悪魔のことについて、詳しく知らなかったからだろう。今回は勝てるという保証はどこにもないが、たやすくやられることはないと思う。
対戦相手はまだわからないが、観戦者にはわかっているのだろう。そして俺にとっては初めてのことが起こっている。今までは掛け値が1Lだったのだが、今回だけは違った。なんと27Lもあるのだ。これでは俺の持っているライフの約半分が失われることになる。
このことから、対戦相手が強敵であることが測り知れる。俺が負けるのは間違いないと思う。完全に諦めてしまった訳ではない。相手の悪魔の能力にもよるからだ。
イブがまともにやり合った悪魔はタウロス以外にはいない。相手の悪魔の力量もわからないが、俺自身、イブの力量を測りかねている。
俺はまだイブの本気というものを見ていない気がするのだ。それはただの直感でしかないが、たぶん間違いないだろう。これは契約者と悪魔が少なからず、繋がっているという証なのかもしれない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それではそろそろお暇いたしますわ」
「お、おう。気を付けて帰れよ」
沙織を先頭に、部屋から出ていった。
日も落ちかかっていたし、女の子の一人歩きは危ないだろう。だが、ベリアルが隣を歩いている以上、その心配は無用なようだ。
おそらく、家に着く直前でカードの姿にするのだろう。さすれば、家の人間にもベリアルの存在を認知されることはない。もうすでに知られているのかもしれないが。
「なあ?ちょっとカードになってみてくれよ」
「嫌よ」
嫌って、おい。それはないだろう。あまりにも酷い仕打ちに思わず、ため息が漏れる。
「自分のライフとかも知りたいしさ。頼むよ」
「仕方ないわね」
差し出した手の上にイブの手が乗せられる。イブの手は意外と小さく、指もギュッと握ったら、折れてしまうんじゃないか?と思わせるくらいに細い。
遠目にはイブの手が大きく見えたのは、指が細いからなのだろう。実際に指も長いし。
イブの姿が淡い光に包まれ、目の前から姿が消えた。実際にはカードに姿を変えただけで、今は俺の手の中にいるんだけど。
そう考えると、なんだか変な気持ちになってくる。
って、俺は変態か!
『悪魔:イブリース・ア・シャイターン、残り57ライフ』
カードにはそのように記載されていた。
俺は普通に生きていれば、76歳まで生きたのか。平均的だな。
あと57年か。今は全く実感がわかない。むしろ途方もないことだと思ってしまう。
死期がわかっていれば、それに応じてやりたいことをやり終えることもできるだろう。
そんなことを考えている間に、いつの間にかイブは元の姿に戻っていた。
「ところでさ。お前ってもしかしてカードのままだったら、食事をしなくてもしなくていいんじゃないか?」
「そうよ。カードになっていなくても、食事の必要はないわ」
こいつ、肯定しやがった。そしたら、ここ何週間か分の食費はなんだったんだ。俺は無駄な食費を払ってきたことになるぞ。
今まで何かと節約してきた俺の金がここに来て、どっと減った。この事態はなんとかしなくてはならない。
「おい、イブ。これからは節約のために食費を減らそうと思う。よって、食事をするな!」
「いやよ。食事という行為はなんだか気に入ったわ。味覚というのは不思議なものね」
否定されてしまった。なんでこんなに態度がデカいんだ。最初のころはマスターとか言ってたような……。今では敬語でさえもなくなってるし。
あきらめが良い気がするが、これ以上言っても意味がないだろう。これからもイブのために食費を割かなければならないことが確定した。バイトでもしようかな。いや、やっぱりやめておこう。もうちょっと家計がピンチになってから、考えることにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そろそろ見慣れてきたビル街を歩いていると、目の前から1人の男が歩いてきた。ん?ちょっと待て。1人だと。
前から歩いてくるのは確かに1人だ。悪魔の姿はどこだ? 1人しかいないということはそういうことだろう。
「やあ、こんばんは。僕は矢切 郁人。君の対戦相手だよ。よろしくね、神峰 慎哉君」
矢切 郁人という男はその口調に見合うような笑顔を浮かべている。なんとも薄っぺらい笑顔だ。それをほとんどの人は好意的にとらえるだろうが、俺は不気味に感じた。まあ、顔はね? 俺から見ても明らかにイケメンだ。ものすごくおモテになるんでしょうね。身長は俺よりも高く、180㎝はあるだろう。だが、体格がいいというわけではなく、逆に棒のように細い。
なんでこいつは俺のこと、知ってんだ? 俺は知らなかったっていうのに。というか、その場に行くまで、対戦相手は分からないんじゃなかったのか?
「僕が君を知っているのは調べたからだよ。これ以上は秘密だよ」
調べたってそりゃそうだろ。調べる以外にどうやって俺のことを知るんだよ。こいつはもしかしてバカなのか?
「今回のディールでは賭けライフがすごいことになってるね。こういうのは初めてかな?」
俺は一応、首を縦に振っておく。
「今の君だと、今回だけで持ってるライフの半分くらい削られるんじゃない? 僕にとってはそこまでの支障はでないけどね」
こいつ、サラッと嫌味言いやがった。見た目によらず、腹黒だな。
「後ろにいるのが君の悪魔だね。かわいいね。僕もこんな悪魔がよかったな」
おっとそう言えば、イブの存在を忘れていたな。申し訳ない。目の前の人間のインパクトが強すぎて、忘れていた。まったく、イブは存在感を消すのがうまいなぁ。
俺がこんなどうでもいいことを思っている一方で、イブは涼しげな顔で視線をそらしていた。
「あ、ごめんね。気分悪くしちゃった? そういえば、僕の悪魔を紹介してなかったね。じゃあ、紹介するよ。こいつが僕の悪魔のハウレス・フラウロスだよ」
矢切 郁人はポケットからカードを慣れた手つきで取り出す。カードが淡い光に包まれて、徐々に人の形に変化していく。そして光が霧散すると同時に、そこから色黒の悪魔が現れた。
ハウレスの全身は黒を基調とした服で包まれている。体長はおそらく2メートルはあるだろう。髪と瞳は燃え盛るような赤色。炎のように赤く、血のように赤い。目を合わせるだけで、体を焼かれてしまいそうだ。瞳は蛇のような形をしていて、不気味だ。
イブもどことなく、いつもより険しい表情をしているように思えた。
「そういえば、君の悪魔も人型だね。この世界において、人型をしている悪魔は高位の悪魔なんだよ」
ま、マジかよ。イブってそんなに強かったの? ってことは沙織のべリアルもなのか。そしてこいつのハウレスも。
俺ってもしかしなくても運悪い? 人型以外の相手といったら、タウロスだけだぞ。このディールのパワーバランスおかしくないか? 俺、まだ初心者だぞ。
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