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月影始末人 黒川宗十郎  作者: レモンティー


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7/21

第七話 消える女

浅草。

夜になると、昼間とは別の顔を見せる。

見世物小屋。

芝居小屋。

屋台。

酒を売る店。

人の笑い声が、夜の町に響いていた。

その一角に、小さな見世物小屋があった。

看板には大きく、

「世にも珍しい人魚」

と書かれている。

だが。

その小屋では、三日前から奇妙な噂が流れていた。

――女が消える。

それも。

客として入った女が、二度と外へ出てこない。

「……ここか」

宗十郎は小屋の前で立ち止まった。

隣には佐吉。

「本当に女が消えるんでしょうか?」

「噂だけなら、俺は来ない」

「じゃあ、本当に?」

宗十郎は答えなかった。

入口では、呼び込みの男が声を張り上げている。

「さあさあ、珍しい人魚だよ!」

「一度見たら忘れられない!」

「今夜が最後かもしれないよ!」

宗十郎は客の流れを眺めた。

男。

女。

子供。

老夫婦。

そして若い女。

一人。

また一人。

宗十郎の目が止まった。

「佐吉」

「はい」

「あの女を覚えておけ」

「どの人です?」

「赤い簪の女だ」

「はい」

女は小屋へ入っていった。

宗十郎も続いた。

中は薄暗かった。

中央に大きな水槽がある。

その中を、長い髪の女が泳いでいた。

客から歓声が上がる。

「本物だ!」

「人魚だ!」

「どうなっているんだ!」

宗十郎は水槽を見た。

女は確かに魚の尾を持っている。

しかし。

宗十郎は目を細めた。

「……作り物だ」

「え?」

「尾の付け根を見ろ」

魚の尾に見える部分。

だが、水の中で微かに布が揺れている。

「人間だ」

「じゃあ、あの人は……」

宗十郎は水槽の周囲を見回した。

不自然なことが一つあった。

水槽の裏側だけ、客が入れないように板で仕切られている。

「佐吉」

「はい」

「裏へ回るぞ」

二人は一度外へ出た。

小屋の裏。

板壁に小さな扉がある。

鍵が掛かっていた。

宗十郎は耳を当てる。

中から声がする。

「……お願いです。帰してください」

若い女の声。

佐吉が息を呑んだ。

「人がいる!」

宗十郎は扉を開けた。

中には。

三人の女がいた。

そして、先ほどの赤い簪の女もいる。

全員、手を縛られていた。

「誰だ!」

男が飛び出してきた。

宗十郎は男の腕を掴む。

そのまま壁へ押しつけた。

「騒ぐな」

「てめえ、何しやがる!」

男が短刀を抜く。

宗十郎は一歩下がった。

振り下ろされた刃をかわす。

手首を打つ。

短刀が床へ落ちた。

「佐吉」

「はい!」

「女たちを外へ」

「分かりました!」

佐吉が縄を解いていく。

宗十郎は男を見下ろした。

「何をしている?」

男は吐き捨てるように言った。

「商売だ」

「人をさらうのが商売か」

「違う!」

男は叫んだ。

「俺たちは売っているだけだ!」

「どこへ?」

男は黙った。

宗十郎の目が鋭くなる。

「言え」

「……吉原だ」

佐吉が振り返った。

「女を売っていたんですか?」

男は俯いた。

「借金を抱えた女を連れてくる。見世物にして客を集める。その後、別の場所へ売る」

宗十郎は水槽を見る。

「人魚というのは?」

「客を集めるための見世物だ」

「なら、なぜ女を一度水槽に入れる?」

男は答えなかった。

宗十郎は水槽の裏側へ向かった。

そこには細い通路があった。

通路の先には、小さな部屋。

その床には大量の女物の履物が並んでいた。

「……なるほど」

宗十郎が呟く。

「女をここへ連れてくる」

「はい」

「人魚を見せる」

「はい」

「その間に別の女を裏口から連れ出す」

男が黙った。

「客には、最初から女がいなかったように見せる」

これが「消える女」の仕掛けだった。

だが。

宗十郎には一つ疑問が残っていた。

「この女たちは、なぜここへ来た?」

赤い簪の女が答えた。

「私は……仕事を紹介すると言われました」

「誰に?」

「この男です」

男が顔を背ける。

「ほかの人は?」

「同じです」

一人の女が泣きながら言った。

「借金を払えば働けると言われました」

「嘘だった?」

「はい」

宗十郎は男を睨んだ。

「お前一人ではないな」

男の顔から血の気が引いた。

「……」

「誰が女を買う?」

沈黙。

宗十郎は男の懐を探った。

紙が出てきた。

そこには女の名前と金額が書かれていた。

「買い取り名簿か」

佐吉が覗き込む。

「これ……名前の横に印があります」

宗十郎は紙を見る。

赤い印。

「これは何だ?」

「売却済みの印です」

男が答えた。

「では、この印がない女は?」

「まだ売っていない」

宗十郎は紙を折りたたんだ。

「よし」

「何がです?」

「これで十分だ」

「でも、買った相手が分からないですよ?」

「分かる」

宗十郎は男の顔を見た。

「お前たちが、今夜も誰かへ渡す予定だったんだろう?」

男は黙った。

「その相手を呼べ」

「無理だ」

「なぜ?」

「俺たちが捕まれば、向こうも困る」

「なら、なおさら呼ぶだろう」

宗十郎は男の耳元で囁いた。

「お前が全部話したと伝えればいい」

男は顔を上げた。

「そんなことをしたら……」

「そうだ」

宗十郎は淡々と言った。

「お前も消される」

男の顔が青ざめた。

しばらくして。

小屋の外に、二人の男が現れた。

高そうな着物。

腰には刀。

商人風の男と、侍風の男だった。

「例の女は?」

「ここです」

小屋の主人が答える。

二人が裏へ入った瞬間。

宗十郎が姿を現した。

「探し物はこれか?」

手には名簿。

二人の顔色が変わった。

「貴様……」

侍が刀へ手を伸ばす。

「抜くな」

宗十郎が言った。

「抜けば、お前の名もこの名簿に残る」

侍の手が止まった。

宗十郎は名簿を見せる。

「女の名前」

「金額」

「売った相手」

「全部書いてある」

商人が叫ぶ。

「そんなもの、証拠になるものか!」

「なる」

宗十郎は答えた。

「女たちが証人だ」

さらに。

小屋の主人が震えながら言った。

「俺が全部話します」

商人が振り返る。

「貴様!」

「もう嫌だ!」

小屋の主人は泣き出した。

「俺まで殺されたくない!」

その言葉で決まった。

宗十郎は女たちを連れて、小屋を出た。

翌朝。

浅草の町に奉行所の役人が入った。

見世物小屋は封鎖された。

女たちは保護される。

名簿をもとに、女たちを買った者たちも次々と調べられることになった。

そして。

宗十郎の薬種店。

赤い簪の女が深々と頭を下げた。

「ありがとうございました」

「礼はいらない」

「でも……」

「これからどうする?」

女は少し考えた。

「故郷へ帰ります」

「そうか」

女は微笑んだ。

「今度は、自分で仕事を探します」

「それがいい」

女が去ったあと。

佐吉が言った。

「宗十郎さん」

「何だ」

「人を消す仕掛けって、怖いですね」

宗十郎は薬草をすり潰しながら答えた。

「人は、消えたのではない」

「え?」

「誰かが、見えない場所へ追いやっただけだ」

佐吉は黙った。

宗十郎は窓の外を見る。

朝の浅草。

人々が行き交っている。

誰も、昨夜ここで何が起きていたのか知らない。

宗十郎は薬研を置いた。

その時。

店の戸が開いた。

一人の男が入ってきた。

着物は質素。

顔には深い傷がある。

男は宗十郎を見ると、低い声で言った。

「月影の方に……頼みがあります」

宗十郎の手が止まった。

「何だ?」

男は懐から一枚の紙を取り出した。

「俺の妻が、三日前に死にました」

「それが?」

男は震える声で続けた。

「ですが……」

「死んだ妻から、昨夜、手紙が届いたんです」

宗十郎は紙を見る。

そこには一言だけ書かれていた。

――私は殺された。

宗十郎の目が鋭くなった。

「……面白い依頼だ」

月影の仕事は、また一つ始まった。

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