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月影始末人 黒川宗十郎  作者: レモンティー


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11/21

第十一話 偽りの月影

「……俺の字じゃない」

宗十郎は、机の上に置かれた依頼書を見つめていた。

紙には確かに、

黒川宗十郎

と書かれている。

だが、筆跡が違う。

「宗十郎さん」

佐吉が不安そうに尋ねた。

「この紙……いつから箱に入っていたんです?」

「分からない」

「じゃあ、誰かが勝手に?」

「その可能性が高い」

宗十郎は依頼書を裏返した。

裏には、月影の印。

三日月の形をした小さな墨印が押されている。

「この印まで偽物ですか?」

「いや」

宗十郎は答えた。

「印は本物だ」

佐吉の顔が強張った。

「じゃあ……月影の中に、宗十郎さんを陥れようとしている人がいる?」

「分からない」

宗十郎は依頼書を懐へ入れた。

「だが、放ってはおけない」

「何が書いてあったんです?」

宗十郎は答えた。

「依頼内容は、殺しだ」

「……!」

依頼書には、

――越後屋宗兵衛を殺せ。

とだけ書かれていた。

さらに日付。

今夜。

場所。

浅草・吾妻橋。

「今夜……」

佐吉が呟く。

「宗十郎さんが殺しに行ったことにされるんですね」

「ああ」

「でも、行かなければ?」

「宗兵衛が殺される可能性がある」

宗十郎は立ち上がった。

「行くぞ」

「はい」

夜。

吾妻橋。

川面に月が浮かんでいる。

宗十郎は橋のたもとで待った。

佐吉は少し離れた場所にいる。

しばらくすると。

男が現れた。

立派な着物。

五十ほど。

越後屋宗兵衛だった。

周囲を見回している。

宗十郎が声を掛ける。

「越後屋宗兵衛か」

男が振り返る。

「誰だ?」

「お前を殺すよう依頼された」

宗兵衛の顔色が変わった。

「……月影か」

「違う」

宗兵衛は一歩下がった。

「では、なぜここへ?」

「俺の名で殺しの依頼が出された」

宗兵衛は黙った。

「心当たりは?」

「……ある」

宗十郎の目が鋭くなる。

「誰だ?」

宗兵衛は答えなかった。

その時。

橋の向こうから、二人の男が走ってきた。

「宗兵衛!」

「逃げろ!」

宗兵衛が振り返る。

男たちが刀を抜いた。

宗十郎が前に出る。

一人目の刃を受け流す。

二人目の腕を打つ。

しかし。

男は懐から短刀を抜き、宗兵衛へ投げた。

宗十郎が飛び込む。

短刀が肩をかすめた。

「宗十郎さん!」

佐吉が駆けてくる。

宗十郎は男を捕らえた。

「誰に頼まれた?」

男は黙る。

「言え」

「……」

宗十郎が男の懐を探る。

そこから一枚の紙が出てきた。

そこには、

黒川宗十郎

の名前。

偽の依頼書と同じ筆跡だった。

「なるほど」

宗十郎は紙を握った。

越後屋の屋敷。

宗兵衛は宗十郎に頭を下げた。

「命を救っていただき、ありがとうございます」

「礼はいい」

「しかし……なぜ私が狙われるのか、お分かりですか?」

「まだだ」

宗兵衛は黙った。

宗十郎は部屋を見回した。

「最近、誰かと揉めたか?」

「商売上の揉め事なら、いくらでも」

「土地は?」

「ある」

「金は?」

「ある」

「人は?」

宗兵衛の顔が変わった。

「……娘です」

「娘?」

「娘の縁談です」

「それが殺しとどう繋がる?」

宗兵衛はしばらく黙った。

「娘の相手は、私の店の番頭です」

「反対している者がいる?」

「私の弟です」

宗十郎は眉を動かした。

「なぜ?」

「店を継ぐのは弟だと思っていた」

「だが?」

「娘が番頭と結婚すれば、店は番頭に渡る」

「だから宗兵衛を殺せば、弟が店を握れる」

宗兵衛は頷いた。

「しかし、それだけではない」

「何がある?」

宗兵衛は一枚の帳簿を出した。

「これです」

宗十郎が見る。

店の金の流れ。

その中に、不自然な支出があった。

毎月、一定額が抜かれている。

「弟が?」

「分かりません」

「だが、お前は気づいた」

「はい」

「だから狙われた」

宗兵衛は頷いた。

翌日。

宗十郎は越後屋の番頭を訪ねた。

「宗兵衛を殺そうとしたのは誰だ?」

番頭は驚いた。

「私ではありません」

「知っているか?」

「……」

「黙れば、お前も疑われる」

番頭は苦しそうに言った。

「旦那様の弟です」

「証拠は?」

「これです」

番頭は帳簿を出した。

「毎月、弟様へ金が流れていました」

「なぜ?」

「店の金を横領していたんです」

宗十郎は帳簿を見る。

金額はかなり大きい。

「宗兵衛にばれた?」

「はい」

「だから殺そうとした」

「そうだと思います」

宗十郎は帳簿を持って屋敷へ戻った。

宗兵衛の弟を呼ぶ。

「お前がやったな」

「何のことだ」

「兄を殺そうとした」

弟は笑った。

「証拠でもあるのか?」

宗十郎は帳簿を置いた。

「これだ」

弟の顔から笑みが消える。

「偽物だ」

「では、こちらは?」

宗十郎は偽の依頼書を出した。

「お前の部屋から見つかった」

「……!」

「月影の印まで偽造した」

弟は黙り込んだ。

「なぜ俺の名を使った?」

「……」

「俺を殺人犯に仕立てれば、誰もお前を疑わない」

弟は突然、刀を抜いた。

宗十郎は一歩下がる。

刃が走る。

しかし宗十郎は刀の柄を叩いた。

刀が落ちる。

弟はその場に膝をついた。

「……兄が悪い」

「何が?」

「店を俺に渡さなかった!」

「だから殺すのか?」

「俺だって、ずっとこの店を支えてきた!」

「なら、正面から奪え」

「できるわけがない!」

「だから人を殺す?」

弟は黙った。

宗十郎は刀を拾った。

「お前は、月影を利用した」

「……」

「だが、月影はお前のために人を殺さない」

弟は俯いた。

数日後。

奉行所によって、横領と殺人未遂の証拠が確認された。

弟は捕らえられた。

越後屋宗兵衛は生き残った。

そして。

宗十郎の薬種店。

佐吉が依頼書を見ている。

「これ……どうします?」

「燃やす」

「本物の月影の印まで使われていたのに?」

「ああ」

宗十郎は火鉢へ紙を入れた。

炎が依頼書を包む。

だが。

宗十郎は一枚だけ残した。

最初に見つけた依頼書。

自分の名が書かれたもの。

「それは?」

「残す」

「なぜです?」

宗十郎は紙を見る。

「誰が俺の名前を知っているのか、まだ分かっていない」

佐吉が黙る。

「今回の男は、月影を知っていたわけじゃない」

「え?」

「月影の印を買っただけだ」

「じゃあ……」

「ああ」

宗十郎は頷いた。

「本当に月影を知っている者は、別にいる」

その夜。

宗十郎が店を閉めようとした時だった。

戸の前に、小さな子供が立っていた。

十歳ほど。

裸足。

薄汚れた着物。

「どうした?」

宗十郎が声を掛ける。

子供は答えない。

ただ、小さな手紙を差し出した。

宗十郎が開く。

そこには、

――月影へ。

――十年前、あなたに父を殺された。

――今度は私が、あなたを殺す。

と書かれていた。

宗十郎の表情が変わった。

佐吉が覗き込む。

「宗十郎さん……」

宗十郎は子供を見る。

「この手紙を誰から預かった?」

子供は初めて口を開いた。

「おじさんです」

「どんな男だ?」

子供は答えた。

「顔に、月の形の傷がありました」

宗十郎の目が鋭くなる。

月影の印。

偽の依頼。

十年前の事件。

そして、月の形をした傷。

すべてが一つの線で繋がり始めていた。

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