表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/22

普通のテスト勉強

 放課後。今日、わたしは勉強をするために図書室に向かっている。図書室で勉強なんて、普段ならまずしない。だけど今日はしなければならない理由がある。そう、

 ――テストが近いのだ。

 わたしの成績はどの教科も並。テストはいつも平均点前後。今回もその条件をクリアするため、テスト前の一週間だけ図書室で勉強に打ち込む所存だ。澪ちゃんも一応誘ったけれど、勉強と聞くなり光の速さで帰ってしまった。まぁ、いつものことなので驚かない。とにかく、今日は一人。せっかくなのでしっかり集中して勉強に取り組もう。目指せ平均点。

 図書室の扉を開ける。さすがにテスト前だけあって混んでいる。やっぱり同じことを考える人は多いんだな。自分が多数派の中にいることを実感し、安堵する。

 さて、どこか座る席は――と目で探し、自習ブースに一つ空いている席を発見した。しかも運が良いことに端の席。さっそく荷物を下ろし、教材を広げる。

 ――と、ちょうどそのとき、隣の席に座っていた人が荷物を持ち席を立った。たぶん偶然だと思うけど、こういうタイミングが重なると、わたしなんか変だったかなと不安になる。……まぁ、気にしてもしかたない。とにかく、いまは勉強だ。高得点も低得点もとらないために、これから一週間、頑張ろう!


 放課後の廊下を歩きながら、はあ、とため息が出る。

 わたしの名前は森木千智(もりきちさと)。一年生。我ながらこれといった特徴のない、ごく平均的な女子高校生だ。そんなわたしの中学三年間は、特に何もおもしろいことが起こらぬままに終わってしまった。高校では何かおもしろいものと出合えるといいなぁ、と思っていたのだけど、入学してはや二か月弱、いまのところそういうものとはまるで出合えていない。

 まぁ、わたし自身がつまらない普通の人間だから、そういう出合いに恵まれないというのはきっとあるんだろうな。やっぱりおもしろいものはおもしろい人の元に集まるんだろう。はあ、とまたため息が出る。こうしてわたしは高校三年間も中学のようにつまらない日々を過ごしていくのだろうか。何か変わったものと出合えたらなぁ。……はぁ。

 図書室のドアを開ける。そんなわたしは今日、図書室にテスト勉強をしに来ている。自習ブースのほうに目をやると、一か所空いている席を見つけた。両隣は埋まってるけど、パーティションがあるからそんなに気にならないだろう。腰を下ろし、問題集を取り出した。

 問題を数問解いたところで、コロコロと何かが足もとの床に転がってきた。消しゴムだ。転がってきた方向からするに、右隣の人が落としたもののようだ。拾い上げ、隣の人に声をかける。

「あの、落としましたよ」

「あ、すいません。ありがとうございます」

 そう言ってにこっと微笑む。穏やかそうな人。リボンの色を見るに二年生のようだ。いえ、と会釈を返すと、手もとに広げた問題集が見えた。――あ、

「あの、先輩」

「え? あ、はい」

「……その、差し出がましいことを言って申し訳ないんですが、その問題、答え間違ってますよ」

「……」

「……」

「ポーッ! クルッポーッ‼」

 ――――――。

 一瞬、何が起こったのかわからなかった。図書室にいる人たちの目が一斉に彼女のほうに向いていた。名も知らぬ先輩ははっと我に返ったような顔をすると、途端に恥ずかしそうに身を縮こまらせる。

「あ、あの、えっと、すみません、余計なこと言って。わたし、古文は好きで自分で先のほうまで進めてるので、その……」

「う、ううん、気にしないで。一年生の子に間違いを指摘されたのが恥ずかしくて、つい……。わたしね、驚くとたまに鳩になっちゃうの。ごめんね、急に驚かせて」

 驚くと……鳩になる――? やばい、日本語なのに全然意味がわからない。古文なんかよりよっぽど意味不明だ。だけど一つだけ確かなことがある。この人……この人は——


 すっごく、変な人だ――――――♡


 ああ、なんてことだろう。まさかこんなところで、こんな運命の出合いがあるなんて! ど、どうしよう。いざとなったらどうしたらいいかわからない。えっと、ええっと……

「……あの、大丈夫?」

「あぁ、すみません! だ、大丈夫です! ちょっと、ぼうっとしてて……」

「なんか、本当にごめんね。自分でも変だと思うし、直そうと思ってるんだけど、癖になっちゃってて、なかなか……」

「そんな! 変なんかじゃ――」

「……」

「……」

「変、ですけど……」

「……だよね」

「で、でも、わたしだって驚いたときたまに変な声出ちゃうことありますし、そういうのって、その、なんていうか……個性! そう、個性ですよ!」

「個性かぁ。たしかに、最近友だちにも似たようなこと言われたなぁ。……うん、そっか。そうだよね。個性だ」

 ああ、なんでこの程度の言葉で言いくるめられちゃうんだろう。……そうか、この人はきっと自分の変さ加減に自分で気づいてないタイプの変な人なんだ。自分の鳩のことを「くしゃみの声がちょっと大きい」くらいの感覚で捉えてるんだ。ああ、たまらない。なんて素敵な変な人……。

「ち、ちなみに、先輩。いま『友だち』っておっしゃいましたけど、そのお友だちはどんな方なんですか?」

「え? えっとー……、同じクラスの女の子で、べつに普通の子だよ。明るくて元気で……あと、お地蔵さんが好きかな」

「地蔵……って、道に置かれてる、あの地蔵ですか……?」

「うん。歩いててお地蔵さんを見つけると、走り寄って頭なでるの。あと、自分で撮ったお地蔵さんの写真をアルバムにしたりもしてるよ」

「へ、へぇ。それは普通ですね」

「うん、そうでしょう」


 お友だちも、ちゃんと変な人だ——————♡♡


「ちょっと、そこの二人! 図書室ですよ。私語は謹んで!」

「あ、すみませ――あうっ」

 司書の先生に注意され、謝ろうとした先輩がパーティションに頭をぶつける。ああ、しかもちょっと天然なんだ。そうだよね、鳩の異常さに気づけないくらいだもんね。テレビで観るアイドルみたいな養殖の天然じゃなく、天然の天然。いいなぁ。この人、いいなぁ。

 ああ、どうにかしてこの人とお近づきになりたい。あわよくばこの人のお友だちとも……。横で鳩の声を聞きながら、撮りためた地蔵のアルバムを一緒に眺めたい。

「先輩」

 とわたしは小声で声をかける。

「あの、わたし、一年C組の森木千智といいます」

「え? あぁ、うん……二年A組の池田かのです」

「池田先輩は、明日も図書室にいらっしゃいますか?」

「う、うん。テスト勉強をしに来るつもりだけど……」

「その、もしご迷惑でなければ、わたしもご一緒してもいいですか?」

「一緒にテスト勉強するってこと? ……うん、まぁ、いいけど」

「本当ですか⁉ ありがとうございます‼」


 と、森木さんは嬉しそうな顔をする。一緒に勉強っていっても一年と二年で範囲が違うし、どうせ一緒にやるなら同じ一年生の子とのほうがいいんじゃないのかな。初対面でいきなり友だちのこととか訊いてくるし、なんかちょっと変わった子だな……。

 まあ、いいか。いい子そうではあるし、部活をやってないわたしにとって、「先輩」って呼ばれるのは新鮮で案外悪くない。

「よろしくね、森木さん」

「はい、先輩! これからいろいろ教えてください!」

「うん。……でも、学年が違うからテスト範囲は別だよ?」

「え? あ、あぁ、そうですね、そうでした。アハハ……」

 と森木さんは笑う。そっか。もしかしたらこの子、ちょっと天然なのかもしれないな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ