普通の遊び
「――あれ?」
「どした、かの?」
「いや、いま誰かに名前を呼ばれた気がして……」
「お、なになにー? ホラー観たあとだからって、煽るねぇ」
「いや、べつにそういうつもりじゃないんだけど……気のせいだったのかな」
放課後。学校帰りに澪ちゃんの家に寄った。いまは一緒に短めのホラー映画を一本観終わったところだ。
「ね、次なに観る? あ、ヒトコワ系なんかどう? ストーカーものとか怖そうだよ」
「ストーカー……。え、映画はもういいかな。ちょっと疲れちゃったし。何か別の遊びしよ」
「いいよ。じゃあ、ゲームでもする?」
「うん」と頷き、澪ちゃんがゲーム機の準備をしてくれている間、なんとなしに部屋を眺める。ふと、机のわきに置かれた本棚に目が留まった。
「澪ちゃんって物持ちいいよね。中学のときの教科書とか、まだとってあるんだ」
「あぁ、それ? 捨てるの面倒くさいから置いてるだけだよ」
苦笑まじりに答え、「そうだ」と澪ちゃんの手が止まる。立ち上がり、本棚から本を数冊取り出すと、テーブルの上に置いた。
「どうしたの? 中学の国語の教科書なんて取り出して」
「ひとつ、遊びを思い付いた。いまからわたしがこの教科書に収録されている作品の名前を言います。かのはその作品名だけを聞いて、それがどんな話だったかを説明してください」
「えぇー、覚えてるかなぁ……。わたし国語苦手だったし、あんまし自信ないよ」
「ちなみに、完璧に正解した場合は五点。部分的に合ってた場合はその個数に応じて一点ずつ入ります」
「ポイント制なんだ。……わたしは誰と対決するの?」
「じゃあいくね。第一問、『握手』」
「……え。ごめん、何て?」
「『握手』」
「……」
そんなのあったっけ……。やばい、タイトルを聞いても何も思い出せない。でもまあ、「握手」っていうからには……
「なんかこう……やたらと、握手をしたがる人が出てくる……」
「お。うんうん、まあいいでしょう。かの選手、一ポイント。それから?」
「え、それから……?」
「うん」
「……」
「……」
「ヒントをください」
「早いな」
澪ちゃんは手もとの教科書に目を落とし、言った。
「じゃあ、その握手をしたがる人の職業は修道士です」
「修道士……」
そう言われ、脳の片隅に一筋の細い光が差し込んだ気がした。握手をする修道士。たしかに、中学の授業で出てきた気がする。なんだっけ、ロイだかルイだか名前はよく覚えてないけど、たしかその修道士は最後……
「死ぬ」
「え、なに⁉ どうした、突然⁉」
「ああごめん。えっと、その修道士の人、たしか亡くなっちゃうんじゃなかったっけ?」
「ああ、その話か。うん、そうそう。死にますね。すごく死にます」
「そんなに死を強調しなくても」
「で、あとは?」
「あとは……うーん……」
「じゃあヒントその二ね。この話にはもう一人、主要人物が出てきます」
「もう一人……じゃあ、その人と握手するとか?」
「お、そうです」
「で、修道士は死ぬの……?」
「うん、そうだね」
……なんで? 握手をした相手の手に毒薬が塗り込まれてたとか……? なにその話? 国語の教科書にそんなミステリー小説じみた話載ってたっけ……?
「残念。ここで時間切れです」
「え、制限時間あったんだ」
「じゃあ次、第二問ね」
「第一問の正解は教えてくれないんだ」
「第二問。『少年の日の思い出』」
「あ。それは習ったの覚えてる。たしかあれだよね、有名なセリフがあるやつだよね。えっと……『そうか、そうか、つまりきみはそんなやつなんだな』だっけ?」
「おー。かの選手、素晴らしい。作中のセリフ暗唱ボーナスとして、二ポイント差し上げましょう」
「そんなのあったんだ。ありがとう。……でも、そのセリフ以外あんまり覚えてないなぁ。たしか、なにか虫? が出てきた気がするけど……」
「おぉ、いいですよかの選手! ちなみにその虫の名前を正確に言えた場合、ボーナスとして七十ポイント差し上げます」
「えぇ⁉ あらすじを完璧に言えた場合の得点を大幅に超えちゃってるけど⁉」
……まぁ、とはいえ虫の名前なんて当然覚えてないから、答えられはしないんだけど。そもそも、話の大筋すら覚えてない。虫が出てくる。そして登場人物のひとりが、もう一人に例の有名なセリフを放つ。「そうか、そうか、つまりきみはそんなやつなんだな」……。
「えっと……仲良しだと思ってた相手の子が人間じゃなくて実は虫だった、とか……?」
「……」
「……」
「プフーッ」
澪ちゃんが教科書で口許を隠す。
「そうです! そのとおり! かの選手、正解!」
「う、嘘だ! 絶対正解じゃない! 澪ちゃんいま笑ってたし!」
「いや、笑ってないよ。でもおもしろかったから、十ポイントあげるね」
「おもしろかったとか言ってるじゃん! ていうか、さっきからなんで普通に正解した場合より得点が上なの⁉」
「いやー、実は虫だった、かあ。さすがかの、いい発想してるねぇ。ヘッセというよりカフカだね、それは」
と、澪ちゃんはまた教科書をパラパラめくりはじめる。ムスッと膨れながらわたしは言った。
「じゃあ、今度はわたしが問題出すから、澪ちゃんが答えて」
「お。いいとも、受けて立とう」
澪ちゃんから教科書を受け取り、目次に目を落とす。こうして見てみると、見事なまでに内容を思い出せないタイトルばかり。とりあえず適当に、
「……じゃあ、『高瀬舟』」
「『高瀬舟』ね。覚えてるよ」
「え、本当?」
「うん。えっとね……だいたいこんな感じ」
その昔、高瀬舟と呼ばれる小舟があった。役人が遠島送りになった罪人を護送するための舟である。ある日、その船に一人の男が乗せられた。同乗する役人はその男が弟殺しの罪人とだけ聞いていた。しかし共に時間を過ごすうち、男にあまり罪人らしい様子が見られないことを不思議に思い、役人は男に弟殺しの真相について訊ねてみることにした。
澪ちゃんの語りを耳で聞きながら、教科書の本文を流し読みで確認する。すごい、だいたい合ってる。さすが澪ちゃん。
男が語ったのは以下の内容だった。男には病気を患った弟がいた。両親はすでに他界しており、男は弟と自分の生活を一人で支えていかねばならなかった。ある日、男が家に帰ると、弟が血を流して倒れていた。弟は兄に苦労をかけていることをすまなく思い自殺を図った。どうか喉に刺した剃刀を抜いて楽にしてほしいと男に懇願する。男は葛藤の末、弟の首から剃刀を引き抜いた。そこをちょうど近所の婆さんに見られた。これが弟殺しの顛末である、と。語り終えた男は役人のほうを見る。すると役人は肩を僅かに震わせ、俯かせた顔をゆっくり上げるとこう言った。
「そうか……ところでお前が殺した弟は、ひょっとしてこんな顔だったんじゃないのかいぃぃ?」
「そんな……どうして、お前が……⁉」
「会いたかったよぉ、兄さぁぁん……‼」
「ちょ、ちょっと、ストップストップ‼ なんで後半、急にホラー展開になってるの⁉」
「いやぁ、さっきホラー映画観たから、ちょっと引きずられちゃった」
「せっかく途中まで合ってたのに……」
「普通にやったんじゃ、おもしろさでかのに勝てないからさ。ね、いまの何点? ホラーボーナスちょうだい」
「いいよそんなとこで張り合わなくて。……じゃあ、はい。ホラーボーナスで百ポイントあげる」
「ってことは、百対百十五でわたしの負けか……」
「え、そうなのっ⁉ わたしいつのまにそんなに得点してたの⁉」
「勝者のかの選手には、賞品としておいしいお菓子が贈呈されます」
「え。わーい。それに関しては、わーい」
「はい、じゃあこれ」
と澪ちゃんは立ち上がり、わたしの手に小銭を置く。そして、
「ついでに何か飲み物もよろしく」
と横になる。ああ、いま気づいた。これは単に澪ちゃんがお腹空いたから、コンビニで何か買ってこいということだ。こいつ……と何か言い返そうとして、ふと思い付いて言ってみる。
「『そうか、そうか、つまりきみはそんなやつなんだな』」
「……」
「……」
「そう、実はわたしの正体は虫だったのだ」
「黙れ」
その後、コンビニへは結局二人で行った。




