普通のカラオケ
「ヘイ彼女。帰りにオレっちとカラオケ行かない?」
「行かない」
「……」
「……」
あ……あぁ……と震えた声を発しながら、澪ちゃんはその場に力なく頽れた。
「……死ぬ」
「いや重いよ、カラオケ断られたくらいで」
「だって……だって今日は朝からずっとカラオケ気分で、一日ずっと授業も聞かずにかのへの誘い文句を考えていたのに……」
「その結果がさっきのセリフなら、だいぶ多くの時間を無駄にしたね。あと、授業は聞こう」
「えーん、やだやだぁー。今日はかのとカラオケ行くぅー」
と澪ちゃんは駄々っ子のように手足をばたつかせる。
「もー、カラオケ行くにしてもなんで今日なのぉ? いまテスト前だよ? せめて終わってからにしようよぉ」
「いまわたしのなかで空前のカラオケブームがきてるのー。今日かのとカラオケに行くことは、なんなら昨日の夜からもう決めてたのー」
「自分の予定のなかに勝手に人を入れないでよ……。っていうか、そんなにカラオケ行きたいなら一人で行けばいいじゃん」
「一人では昨日もう行ったのー」
「行ったのかよっ!」
「うん。それで歌いながら、次はかのと来たいなって思ったの。だから昨日は後半ずっと、かののことを考えながら反戦ソングメドレー歌ってた」
「わたしを思想の一部みたいにしないで。……まぁ、気持ちはわかったけどさ、やっぱりカラオケは試験終わってからにしよ? 今日行ったって、テストのことがちらついて澪ちゃんも思いっきり楽しめないでしょ?」
「? わたしはべつにいつもどおり楽しめるよ?」
「……少しはテストに怯えろよ」
「ねー、お願いー。行こうよー。かの、テスト前になるといつも遊んでくれなくなるから寂しいんだよー。今日だけでいいからー」
「テスト前に遊ばないのは普通のことだと思うけど……」
はあ、とわたしはため息をつき、言った。
「……わかったよ。じゃあ、一時間だけね」
(※よい子はテスト前はテスト勉強をしましょう)
カラオケ店に着いた。
かのと二人、部屋に入る。こんなわがままを聞いてくれるなんて、やっぱりかのは優しいな。今日はその気持ちを歌に乗せて伝えよう。どんな曲がいいかな。感謝を伝えるという意味では、卒業ソングメドレーとかがいいかな。
「――てか、あれ?」
「どうしたの?」
「そういえば、かのとカラオケ来るのって何気に初めてじゃない?」
「えっとー……いや、中学のときに一回一緒に行かなかったっけ? ……でも、たしかにカラオケってあんまり行かないね。私自身も、高校入ってからは初めてかも」
「それはよくないね。これからはもっと頻繁に行かないと。友だちを気軽にカラオケに誘っていいのは学生の間だけだって法律で決まってるんだから」
「法律で決まってはいないと思うけど……。でも、たしかに大人になるとカラオケってあんまりしなそうだね。これからは、たまに一緒に来ようか」
「そうだね。じゃ、とりあえず採点入れるね」
「え、ちょ、ちょっと待ってよ!」
かのが慌てた様子でデンモクの操作を止めにくる。
「どうした、かの?」
「いやいや、なんでそんな息を吸うように採点入れようとするの? わたしひさしぶりだって言ってるじゃん。もっと気楽に歌わせてよ」
「なに言ってるんだよ、かの。いい? カラオケってのは戦場なんだよ。限られた時間の中でいかに高い得点を出せるかを競い合うスポーツ。己の限界を超え、より高い次元に到達するための儀式なんだ。数字の伴わない歌に価値なんてない」
「とりあえず、戦場なのかスポーツなのか儀式なのかはっきりさせてほしいけど……採点入れるにしても、最初からじゃなくてもよくない? ウォーミングアップじゃないけど、まずは一曲ずつ普通に歌ってからでも……」
なるほど。まあたしかに、いったん普通に歌ってからでもいいか。わたしも練習したい曲とかあるし。
「いいでしょう。その提案を認めます」
「ありがとうございます」
「じゃあ、まずどっちからにする? かの、先歌う?」
「いや、先は恥ずかしいから後でいいよ。澪ちゃん、先に歌って」
というわけで、まずはわたしが先に歌った。曲は練習したかったレゲエ曲。歌い終え、かのに交代。かのがマイクを手に歌いはじめる。頬を赤らめながら、少し緊張した様子で歌う友人の横顔を見ながら、わたしは思った。
うっわぁ~……、かの、めっっっっちゃ歌下手だぁ…………。
漫画なんかで見るような、聞くと耳が痛くなるとか、そういう常軌を逸した類のものじゃない。単純に下手。シンプルに音痴。音程もリズムもまるでバラバラで、これはひょっとしたら全国の音痴さんを集めて音痴選手権をやってもかなり上位にくい込めるんじゃないだろうか。いや、ワーストを決める大会なんだからむしろ下位か? ……どっちでもいいか。
……っていうか、そうか、思い出した。だからわたし、中学で一回行って以来、かのと一緒にカラオケ来てなかったんだ。下手な歌を聞きたくないとかじゃなく、得点を競い合いたいわたしのカラオケスタイルと合わないから。そのことを忘れていたとは……不覚。
「ふー、なんか緊張したぁ。見て、手に汗かいちゃったよ」
わたしも変な汗をかいたよ……。
「でも、澪ちゃん歌すっごく上手だね。さっき聞いててびっくりしちゃった」
わたしも聞いてびっくりしました……。
「あ、ありがと。かのも、その、なんていうか、……すごかったよ」
「そう? えへへ、ありがとう」
ああ、なんていい笑顔……。気づいてないんだね、自分が恐ろしいほどの音痴であることに……。
「いやー、でも、一曲歌ったらなんか喉が開いた感じするなぁ」
「そ、そう。それはよかったね……」
「うん。じゃ、採点入れるね」
「ち、ちょーっと待ったぁッ‼」
と、かのの手を慌てて止める。
「え、どうしたの……? 一曲歌ったら、採点入れるんでしょ?」
「え? えーと、そうなんだけど……えぇと、その……」
だめだ。採点なんかしたら、かのの歌唱レベルに関する残酷な真実を客観的な数値でもって本人に通知されてしまう。普通とか平均とかを気にするかのにとって、精神的ダメージはきっと小さくないだろう。かのが傷つく姿は見たくない。
「えっと、あのね……」
「? うん」
「歌や芸術の価値って、点数では計れないものだと思うんだよね……」
「……なんか、さっきと言ってること逆じゃない?」
「人もまたそうだよね。わたしたち人間は日々、様々な数字で評価され比較されながら生きている。身長、体重、学業成績、収入、SNSのフォロワー数……そんな鎖でがんじがらめになりながら我々は日々を――って、ゥオイッ‼」
デンモクの操作を始めたかのの肩を掴む。
「なに? 澪ちゃん、痛いよ」
「ご、ごめん。その、『踊ろう、かの』って流れにしようと思ったんだけど……」
「踊らないよ。今日はわたしたち、歌いに来てるんでしょ?」
「……。ごもっとも、です……」
クソ……なんでこんなときに限って冷静なんだ……。いやまあ、多少無理があったのは否めないけども……。
「じゃあ、採点入れるね。ここ押せばいいのかな?」
あとなんでこんな採点に対して前向きなんだ……。
「あー、あのさぁー、かのー。やっぱり今日は、採点入れなくていいんじゃないのかなぁー」
「え? どうして?」
「いやほら、わたしも一人のときは採点入れるけどさ、今日はかのと二人で来てるわけじゃん? せっかくだから、今日は点数とか気にせず、純粋にカラオケをエンジョイするのも悪くないかなー、なんて……」
「……あ、わかった。澪ちゃん、さっきわたしが『気楽に歌わせて』って言ったの、気にしてくれてるんだね? 大丈夫だよ、一曲歌ってだいぶ緊張ほぐれたから。気を遣ってくれてありがとう」
……いや、まあ、気は遣ってるけども。それとは全然違う方向に最大限。……なんだか騙してるようで、胸が痛む。
「……あとね、実はわたし、カラオケの採点ってしたことなくて。前からちょっと気になってて、やってみたかったんだ。だから、ちょうどいいな、って」
……なるほど。だからさっきから採点に対して妙に前のめりだったのか……。
「というわけだから、採点入れるね」
「あ、あー、えと、……そうだ! かの、お腹空かない?」
「空かない」
「だよね! なに食べる⁉ からあげとかあるよ、からあげとか!」
「い、いや、空いてないって言ってるじゃん! そんなにからあげ食べたいなら、澪ちゃん頼んでていいよ。わたしその間、歌ってるから」
と、かのはデンモクを操作する。ああ、まずい。もう他に手は思い付かない。
「か、かの」
「もー、なに?」
「……いまから大事なことを言うから、よく聞いて」
「……う、うん。どしたの……?」
ふぅー、と小さく息を吐いてからわたしは言った。
「『カラオケ』で『からあげ』売ってるのって、ダジャレなのかな……?」
「……」
「……」
「……普通に、ちょっとつまむのにちょうどいいからだと思う」
「……うん、わたしもそう思う」
モニターの画面が切り替わり、採点モードが入ったことを知らせる映像が流れた。
始まってしまった。終わった……。始まったことによって終わった……。
かのがデンモクで自分の曲を入れようとしている。……もうこうなったら、コレしかない――!
「かの! わたし、先に歌っていい?」
「え? うん、いいけど……」
かのからデンモクを受け取り、曲を入力する。曲が流れはじめ、わたしはマイクを手に立ち上がる。
最終手段――自分がわざと下手に歌う。わたしがあえて低い点数を出すことで、「カラオケの採点って、これくらい点数が低く出るものなんだよ」と採点が初めてのかのに思い込ませる作戦だ。それならかのも、自分の点数が低くてもそれほどショックは受けないはず。
わたしは歌った。あまり露骨にやって気づかれないよう、音程やリズムを絶妙に外しつづけながら。
二人とも一曲ずつ歌い終えた。わたしの点数は四十六点、かのは四十八点。作戦どおり、点数についてかのに納得してもらうこともできた。それにしても、カラオケの採点でここまで低い点数が出るとは……新しい発見だ。
「でもさぁ、澪ちゃん。わたし、思ったんだけど……」
「な、なに……?」
まさか、気づかれたか……? さすがにちょっと不自然だったろうか……。
「あのね」
「うん……」
「思ったんだけどね」
「う、うん……」
「『カラオケ』と『からあげ』って、言うほど似てなくない?」
「……」
「……」
「そ……そうだねっ‼」
結局、最後までなんとか誤魔化せた。




