普通の予想
しっとりと歌い上げられる主題歌とともに、黒い背景にエンドロールが流れる。
「……あぁ、いいお話だったね、澪ちゃん」
目に浮かんだ涙を指で拭いながら、隣に座る澪ちゃんに言う。澪ちゃんは振り向くと、目をぱちくりさせながらわたしの顔を見つめる。
「え……、どうしたの?」
「……誰?」
「え……?」
澪ちゃんはきょとんとした顔のままわたしを見つめている。
「ど、どういうこと? わたしだよ。澪ちゃんの友だちの、池田かのだよ」
「……あ、かのか。ごめんごめん、最近なんか影薄かったから、存在を忘れてた」
「やめてよ! なんだかすごく笑えない冗談に聞こえるよ!」
澪ちゃんがリモコンをテレビに向け、映画の再生を止める。
「いやぁ、それにしても、なかなか良い映画だったね。こういうジャンル、普段は観ないけど、たまにはかののチョイスを信じてみるもんだ」
「千智ちゃんに薦められたから。ぜひ澪ちゃんと観てみて、って。でも、あれだね。この映画いま映画館でやってるやつなのに、もう配信サイトで配信されてるんだね」
「いわゆる『ハイブリッド公開』ってやつだね。……さ、じゃあ次はこのサイコパス映画でも観ようか」
「せっかくの感動的な映画の余韻を、頭のおかしな犯罪者の話で台無しにされたくないよ。その行動がもはやサイコパスじみてるよ。映画はもういいから、何か別の遊びしよう」
「別の遊びか……」
と呟くと、澪ちゃんは立ち上がり、本棚から一冊の本を抜き取って戻ってくる。
「では、いまからこの中一の英語の教科書を使って遊んでいきたいと思います」
「……澪ちゃん、教科書で遊ぶの好きだね。そのためにとってあるの?」
「ルール説明です」
「あ、はい」
「いまからわたしがランダムに開いたページに載っている登場人物のセリフを読み上げます。回答者の皆さんは、そのセリフに続く次のセリフを予想して答えてください」
「回答者はわたししかいませんが、そこは大丈夫ですか? ……たしかに、中学の英語の教科書って登場人物いるよね。ケンとかナンシーとか。その人たちの会話文の続きを予想すればいいってこと?」
「ご名答。かの選手、一ポイント」
「もう始まってた! わ、わかった。難しそうだけど、ちょっとおもしろそうだし、やるよ」
「では第一問。留学生マイクのセリフより、『I like soccer. These are my shoes.』(『僕はサッカーが好きなんだ。これが僕のシューズさ』)。これに続くリサのセリフは何でしょうか?」
「like……一般動詞が登場してるってことは、be動詞は習った後っぽいね。レッスン二くらいなのかな」
「お! いいですよ、かの選手、ナイス考察。プロファイリングボーナスとして、二ポイント差し上げましょう」
「今回もそういうのあるんだ……」
ってことはまだ最初のほうだから、登場人物たちが教室で自己紹介とかしてる場面なのかな……。とりあえず、リサはマイクが言ったことに対して何かしら反応を返しているはず……。
「さあ、かの選手。答えは?」
「んー……じゃあ、『Wow, it's so cool!』(『わぁ、すごくかっこいいね!』)とかでどうかな?」
「あー、残念。正解は『I play the trumpet.』(『私はトランペットを吹きます』)でしたぁー」
「何がっ⁉」
「え、何がって、何が?」
「い、いや、だって急にトランペットとか言い出すから! リサ、マイクの話全然聞いてないじゃん! ご自慢のサッカーシューズを手に困惑しているマイクの顔が浮かぶよ」
「いやぁ、そう言われても、書いてあるからなぁ。ちなみにここは登場人物たちがそれぞれ何の部活に所属しているかを紹介し合ってる場面で、いまのリサのセリフの後にはマイクの『So, are you in the brass band club?』(『じゃあ、きみは吹奏楽部なの?』)が続きます」
「あぁ……まあ、そう言われたら納得できるかも」
「でしょ? かの選手、もっと想像力を働かせてください。というわけで第一問終了。かの選手、現在四ポイント。続いて第二問に進みましょう」
「わたしはどこで一ポイント貰ったの? ……まぁ、次は頑張るよ」
「第二問。『Look. This is my father. He is surfing.』(『見て。これは僕のお父さん。彼はサーフィンをしているんだ』)。これはリサの家に遊びに来たマイクが、写真を見せながら家族の紹介をしている場面です。このマイクのセリフの後に続くリサのセリフを予想してください」
「またリサ……うーん」
会話の流れ的に、普通に考えたらリサはマイクの発言に何かしら反応を返してるはずだけど……さっきの例もある。ここはあえて、ちょっとずらしたような返しにしてみよう。
「ええと……『Who is this cute boy?』(『この可愛い男の子は誰?』)かな」
「お。なるほど、あえて相槌的なものを挟まずに、写真に写っている他の人物について質問する、という返しにしたわけですね、かの選手?」
「は、はい。『surfing』と進行形が登場しているので、教科書の進度的に、whoなどの疑問詞を使った英文も出てきておかしくはないなと考えました。あと、たしかマイクには歳の離れた弟がいたような気がしたので……」
「素晴らしい! 教科のカリキュラムとキャラクターの設定、両面からの分析を基にした、実に鋭い考察です」
「ありがとうございます」
「しかし、残念! 正解は『Oh, Ken! You are here. Welcome!』(『あら、ケン。来たのね。いらっしゃい』)でした!」
「誰だよ、ケンッ! Who is Ken!?」
「誰って、ケンだよ。クラスメイトの。かの、マイクに弟がいることは覚えてたのに、主要人物のひとりであるケンのことは忘れちゃってたの? かわいそうなケン……」
「い、いや、まぁ、覚えてはいたけど……まさかここで急にケンが出てくるなんて思いもしなかったよ」
「そりゃまあ、だってさ、いくら仲の良いクラスメイトとはいえ、男女が家で二人きり、なんて状況、教科書としてちょっと不健全でしょ。それを打開するためのケンだよ。ちなみにこの後、少し遅れてユキも来ます」
「あぁ……いたね、ユキ。そうなんだ」
「そしてユキが合流した後は、リサとケン、ユキでお菓子作りをするシーンに移ります」
「マイクはっ⁉ なんでマイクだけ蚊帳の外なの⁉ 入れてあげてよ!」
「まぁ……マイクってほら、自己紹介のとき無駄に自分のスパイク見せびらかしたり、今回も友だちの家に遊びに来るのにわざわざ家族の写真持ってきたり……ちょっとなんていうか、自己顕示欲強めじゃん? だからまぁ、若干距離置かれてる部分があるのかもね……」
「なら家に呼ぶなよ! 最初から三人で遊べばよかったじゃん」
「彼らも表向きは仲良し四人組でやってるからさ。周りの目もあって、そう露骨に一人を仲間外れにしたりとかはできないわけだよ。だから、一緒に遊ぶ中で折に触れて疎外感を味わわせることで、本人にさりげなくグループからのフェードアウトを促しているんだろうね。そういった、学生生活における人間関係の難しさをこのレッスンでは教えているわけです」
「教えてないよ、絶対! 英語の教科書が教えたいことは英語だよ!」
「はい。というわけで第二問まで終え、かの選手の総合得点は八ポイントでした。次はわたしが答えたいから、かのが出題者やって」
澪ちゃんが教科書を渡してくる。
「またなんか知らないポイント増えてるし……。いいけど、澪ちゃん普通に全部答えられちゃうんじゃない? なんかこの教科書に詳しそうだし……」
「そんな細かいセリフまで全部は覚えてないけどね。わかった。じゃあ公平を期すために、中二の教科書にしよう。こっちはあんまし覚えてないから」
「うーんと……」
と、新たに渡された教科書のページをパラパラとめくる。
「じゃあ、これ。ええと、ケンがカレーを作ってリサとユキに振る舞おうとしてる場面ね」
「マイクがいない……。やっぱり、そういうことなんだね……」
「偶然だよ。その話はもういいから。で、ケンのセリフ、『I will make curry today. I want you two to eat it.』(『今日はカレーを作るよ。二人に食べてもらいたいんだ』)。はい、これに続くユキのセリフを答えてください」
「ユキか。うーん……」
と、澪ちゃんは腕組みをして考えるような顔をしてから言った。
「『I like apples.』(『わたしはリンゴが好きです』)」
「知らないよッ! せっかくケンがカレー作るって言ってるのに、堂々と別のものを食べたがらないでよ!」
「あはは、いや、そうじゃなくてさ、『わたしはカレーにリンゴを入れるのが好きなの』みたいなことを言わせたかったんだけど、いい感じの単語が思い付かなくて。難しいもんだね、中学レベルの文法や単語で自分の言いたいことを表現するのって」
「だとしても、作り方に注文つけるようなこと言うのはどうかと思うけど……。まぁ、中学って言ってもこれ、二年生の教科書だし、ある程度の文法や表現は使っても大丈夫だと思うよ」
「そっか。……よし、じゃあいまの問題、もう一回考えさせて。貰ったポイントから二ポイント払うから」
「ポイントあげた覚えないけど……。まぁ、べつにいいよ。はい、じゃあ二回目の挑戦。澪選手、答えをどうぞ」
「『By the way, why are we speaking in English when we're both Japanese?』(『ところで、わたしたちおたがい日本人なのに、どうして英語で会話してるの?』)」
「そこは触れてやるなよ!」
「え、だって、ケンとユキは『みどり市で育った中学生』って人物紹介に書いてあるし、二人とも帰国子女みたいな設定はないはずなのに……」
「しかたないんだよ、だってこれは英語の教科書なんだから! マイクやリサもいるし、二人に合わせて普段から英語で話してるんだってことで納得しておこうよ」
「四人でいるときに、たまに二人だけ小声で日本語で会話して、意味もなく笑い合ったりしてほしいよね」
「どうしてそんなにこの四人の関係をギスギスさせたがるの? ……はい、澪選手、残念でした。正解は『Can I help you with anything?』(『何か手伝えることはある?』)でしたぁ」
「いやー、素直な返しが正解だったかぁ。……いや待って。それはもしかしたら『わたしは料理ができる女なのよ』とリサに対してマウントをとるような意味合いが……」
「ないよ。英語の教科書をそんな深読みしなくていいから。はい、じゃあこれでおたがい二回ずつ答えたから、八対一でわたしの勝ちね」
「あ、なんかいつの間にか一ポイント貰えてた……ありがとう。まぁ、即興で思い付いたわりには意外と遊べたね。……ところでかの、うちそろそろ夕飯の時間だけど、一緒に食べてく?」
「え、いいの? うん、じゃあ、お言葉に甘えて」
「まぁ、って言っても今日お母さんいないから、作るのわたしになっちゃうけどね」
「澪ちゃんが? ……料理できたっけ?」
「フッフッ、最近橘に影響されて、お料理挑戦中なのです」
「へー、すごいね! 何作るの?」
澪ちゃんは少しニヤッとして答える。
「I will make curry.」
わたしも思わず少し笑いながら返した。
「Can I help you with anything?」
澪ちゃんは手近にある棚からチラシのようなものを取り出して、わたしに手渡す。
「So, Please call this curry restaurant. Beef curry for me.(じゃあ、このカレー屋さんに電話して。わたし、ビーフカレーね。)」
「……」
「……」
「Make it yourself!!(作れよ‼)」




