表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/22

普通のゲーム

「長いんだよ、最近」

 ふいに赤沢が顔を上げ、言った。

「なんだよ、急に」

「いま読んでた漫画の話だ。一話完結のショートストーリーを謳っておきながら、近ごろはその一話一話が妙に長くなってきてやがる。どのへんが『ショート』なんだ、まったく」

「まあ、しかたないよ。一話完結とはいえ、続いていくうちにキャラも増えていくだろうし、それに伴って描きたいことも増えてくるんだろう。多少の長さは目を瞑ってやりなよ」

「なんだあ、その庇うような発言は? おい黄島、お前もしかして作者の関係者か?」

「な、そんなわけないだろ! 僕はただ、一般論を述べただけだよ。――そんなことより、お前はなにをさっきから一人で黙々と漫画読んで過ごしてるんだよ。青木も」

「いいだろべつに。俺が家でどう過ごそうと、俺の勝手だ」

「そういうのは自分の家で言いなよ。ここは僕の家だ」

「黄島。きみの蔵書には案外、興味深いものが多いですね。特にこの本など実に奥深く、考えさせられる内容です。知的好奇心が刺激されますね」

「なんかそれっぽいこと言ってるけど、青木が読んでるそれもただのミステリー漫画だろ」

 僕は腕を組み、二人に向かって言う。

「なあ二人とも。せっかく日曜日にわざわざこうして集まってるんだ。どうせなら何か三人でできる遊びをしようよ」

 フッフッフ、と赤沢が含むように笑う。

「ああ黄島よ。実はな、俺も少し前から同じことを思っていた。そこで何かおもしろいものはないかと、さっきお前がトイレに立ったとき部屋の中を捜索したんだ。そして、あるものを見つけた」

「あるもの……?」

 頭に映像が浮かび、俄かに心臓が早鐘を打つ。ベッドの下、奥の隅に隠している秘密の至宝……まさかこいつ、あれを――。

「これだ」

 と赤沢は背中側から何かを手に取り、僕たちに見せた。

「ゲームソフト……ですか?」

「ああ、青木。さっきソフトをしまってある棚から、こいつを発見したんだ。見ろよ、これ。恋愛シミュレーションゲームだぞ。黄島ぁ、お前隠れてこんなゲームやってたんだな。このムッツリ野郎め」

「あぁ、なんだ、そっちか……」

「なんでほっとしてるんだ? もっと恥ずかしそうな顔しろよ。……まあいいや。なあ、いまからみんなでこのゲームやろうぜ」

「みんなで、ですか? 恋愛シミュレーションゲームなら、一人用なのでは?」

「三人で意見出し合いながらやるんだよ、楽しそうだろ? ついでにゲームを通して本物の恋愛のシミュレーションもできる。一石二鳥だ」

「赤沢、お前本当にシミュレーション好きだな……」

「きたるべき本番に備えて、練習は積めるだけ積んでおくべきだ。さあ黄島よ、ゲーム機を用意しろ」

 言われたとおりゲーム機の準備をする。電源をつけてソフトを入れ、赤沢はコントローラーを握る。

「さて。まずは主人公の名付けだが、当然、俺の名前でいいな?」

「何が当然なのかはわからないけど、べつにいいよ」

 主人公の名前入力欄に「赤沢一樹(かずき)」と入力される。

「――ん、なに? このゲーム、ヒロインの名前もこっちで決められるのか?」

「本当だ。そういえば、そうだったっけ。……このゲーム、昔中古屋でなんとなく買ったやつだから、内容あんまり覚えてないや」

 ふむ、と赤沢は顎に手をやり、それから入力欄に「池田かの」と入力した。

「えっ、池田さん? なんで⁉」

「シミュレーションをすると言っただろう。なら当然、ヒロインの名前も実在の人間からとるべきだ」

「恋愛シミュレーションゲームも、そこまでのシミュレーションを想定してはいないと思うけど……。っていうか、だったら池田さんじゃなく橘さんの名前にすればよかったじゃん。赤沢、前に好きだって言ってなかったっけ?」

「失礼な! 俺がいいと思ってるのはあいつの胸だ。ギャルで巨乳。その属性を俺は評価しているにすぎない。勘違いするな!」

「僕は何で怒られてるんだ」

「それに、だ。仮に俺が橘に対して本気になったとして、恋愛経験皆無の俺にいきなりギャルはハードルが高い。たしか前にお前もそう言ってただろう。だから、いずれ橘のようなギャルにも挑めるよう、まずは池田あたりで経験値を積んでレベルを上げておくんだ」

「恋愛って、そんなRPGみたいなシステムなのかな……」

 ゲームが始まる。主人公は学生のようだ。家を出るとさっそく池田さん(と赤沢が勝手に名付けたヒロイン)が現れる。二人は幼なじみらしい。『おはよう、一樹くん』とボイス付きで名を呼ばれ、デュフフとにやける赤沢。できれば、友人のこんな顔は見たくなかった。

 画面に選択肢が現れる。恋愛シミュレーションゲームが始まったな、という感じ。

 赤沢はその中から、『今日の下着、何色?』を選んだ。

「――いや、変態かよッ‼」

「ん? なんだよ、黄島?」

「なんだよ、じゃないだろ! なんでそんな選択肢選ぶんだよ⁉ 『おはよう』に対する返答としてこれ以上ふさわしくない返事はないよ! 池田さんと、爽やかな朝の太陽に謝れ!」

「まあまあ、落ち着けよ黄島。見ろ」

 と促され、画面を見る。

『もぉー。一樹くんったら、また今日もそんなバカなこと言って。幼なじみじゃなかったら警察呼ばれてるかもよ』

 と、ほの赤く染めた頬を膨らませる池田さんの姿があった。

 ……そうか、二人は幼なじみ。その間柄だから許されるジョークとして認識されたのか。赤沢はまるでそれをあらかじめ予見していたかのように勝ち誇った顔をする。賭けてもいい。こいつは絶対、己の欲望の赴くままに選択肢を選んだだけだ。

「……ていうか赤沢。たしか始める前、『三人で意見出し合いながら』とか言ってたよな? 選ぶ前に僕たちの意見も聞けよ」

「あー、そうだったな。悪い悪い、次からそうしよう」

 二人で道を歩いていると、塀の上を一匹の猫が通りかかる。

『あ、猫。かわいー』

 と池田さんが言った。ここで選択肢。


A うん、かわいいね。

B あれはキジトラだね。毛の模様が鳥の雉に似ていることから、そう呼ばれるんだ。

C 猫より、お前のほうが可愛いぜ。


「Cだな」

 赤沢が即座に言った。

「い、いやいや、それは攻めすぎだよ。ここは無難にAでいいだろ」

「いえ、ここはBでしょう。返答に情報を加えることで、その後の会話をより盛り上げることができます」

「……見事に分かれたな」

「まぁ、なんとなくこうなるような予感はしてたけど……」

「まあな。どうする? 三人でじゃんけんでもして決めるか?」

「いえ、赤沢。ちょっと待ってください」

 と青木が顎に手をやって言った。

「なんだよ、青木」

「考え直してみたのですが、ここはやはりBではなく、Cでいいような気がします」

「え、えぇ? 青木、本気?」

「お。なんかいいなそれ、韻踏んでて。青木、本気ぃ?」

 赤沢を無視して青木は続ける。

「一つ前の会話のことを思い出したのです。一見危険と思われた選択肢が、蓋を開けてみれば案外そんなこともなかった。この二人の『幼なじみ』という間柄。それを我々はもっと考慮すべきではないでしょうか。赤沢、黄島。きみたちの大好きな『関係値』ですよ」

「……まぁ、僕はべつに大好きってわけじゃないけど……言ってることはわかる」

「うむ。そうだろうそうだろう、俺もそうじゃないかと考えた上での選択だったんだ。よし、じゃあこれで二票入った。Cを選ぶぞ。あと青木、『一見危険』ってのもなかなかいいライムだな」

 言いながら、赤沢はコントローラーのボタンを押す。池田さんの反応は――

『――え? もう、バカ……』

「おぉ⁉ なんかよさそうな反応じゃないか?」

「う、うん。これは好感度上がってそうだよ」

「フッフッ、やはりな。女に対して、男は多少強引にいったほうがいいんだ。これは現実の恋愛にも活かせる学びだぜ」

「いまの時代、その考え方は絶対良くないと思うよ。ゲームの中だけに留めておこうね」

 そんなこんなで、その後も三人でああだこうだ議論しながらゲームを進める。思いのほか順調に進み、ついに週末のデートにまでこぎつけた。

「デート当日だ。ど、どうする? 何着てけばいい?」

「落ち着けよ、赤沢。ここは無難にスーツでいいだろ」

「お前こそ落ち着けよ、黄島! 初デートにスーツで行く高校生はもはや、モテるモテないとかじゃなく、ウケを狙ってるだろ!」

「そう言いながら赤沢、なんでスウェットなんか選択しようとしてるんだよ! 初デートにスウェットで行っていいのはヤンキーか、スウェット販売で財を成した会社の社長だけだよ!」

「いや、スウェット会社の社長でも、おそらくデートにスウェットは着ていかないでしょう」

「青木、お前はどう思う? 俺、何着てけばいいかな? 甚平か?」

「甚平は夏であってもよしましょう。思うにデートの服装とは、相手の趣味や好みに合わせて選ぶべきではないでしょうか。デートは相手あってのものですから」

「なるほど、相手の好みか。……いやしかし、池田って普段どんな服着てるんだ? 青木、お前知ってるか?」

「いえ、私も学校以外で彼女に会うことは基本ありませんから……」

「――ん、あれ? 二人とも、どっちの池田さんの話してる?」

 そうだ、と青木が何か思い付いたように言った。

「そういえば彼女、冒頭で塀を歩いている猫に『かわいい』と反応していましたよね。何か動物のプリントが入ったものを身に着けていくのはどうですか?」

「おぉ! それ、名案だ!」

 となり、クローゼットを探してみると、まさしく猫のプリントが入ったシャツが見つかった。それを着て待ち合わせ場所へ向かう。

『あ。それ、かわいいね』

「お、反応をもらえたぞ!」

「うん。青木が冒頭の猫から良い案を出してくれたおかげだ。さすが」

「ふふ。実は前に、彼女が佐倉さんとスコティッシュフォールドの動画の話をしているのを耳にしたことがありましてね。その記憶もヒントになりました」

「ん? ……あぁ、そう」

 デートは滞りなく進んだ。現れる選択肢を、引き続き三人でああでもないこうでもないと話し合いながら選んでいく。やがて夕方になり、池田さんを家まで送っていく流れになる。隣を歩く池田さんの片手にカメラがフォーカスされ、そこでまた選択肢。


[手を繋ぎますか?]

 YES

 NO


「当然、YESだ」

「いいえ、NOです。初デートですよ? 身体的接触にはまだ早すぎます」

 意見が分かれる。お前はどっちだ、と言わんばかりに二人の鋭い目が僕に向けられる。僕は言った。

「繋ごう」

「黄島、あなた……」

「青木、きみの言っていることもわかる。だけど今日一日のデートを振り返ってみて、僕たちは僕たちなりにおそらく良い選択肢を選べていたと思うし、池田さんの好感度はかなり上がっていると思う。青木、いまは引くときじゃない。攻めるときだよ」

「よく言った、黄島。じゃあYESを押すぞ。青木、いいな?」

「……わかりました。いいでしょう」

 赤沢がコントローラーのボタンを押す。池田さんの手に主人公がそっと自分の手を重ね、池田さんは「赤沢くん……」と頬を赤く染める。手を握り返してくる感触が、画面越しに伝わってくるようだ。

「や……やったぞ、手を繋いだ。ってことはもう、俺たち付き合ってるってことでいいよな? 俺、池田に何してもいいんだよな?」

「い、いや、正式な告白イベントはまだだから。あと、付き合ったら相手に何してもいいっていうその発想、現実で恋愛する前に絶対改めろよ」

 二人で手を繋いで歩く帰り道。すると池田さんがふいに語りはじめる。

『実はね、……わたし、病気なの』

 その治療のため、彼女は近々入院する予定なのだという。

 それから物語はヒロインの病気闘病編となる。主人公は彼女の家族から、彼女の病気は国内では珍しい病気で、治療をしても完治は難しいものであることを知らされる。それでも彼は毎日のように病院を訪れ、不安と闘う彼女を優しく、明るく励ます。そんなシーンがしばらく続く。

「あぁ……思い出したよ。このゲーム、恋愛ゲームにしてはちょっとストーリーが重いから微妙だなってなって、途中からやらずに放置してたんだ。……なんか、悪かったね。もっと早くに思い出してれば――」

 と、隣を見る。目を潤ませ、鼻を啜りながらコントローラーを握る赤沢の姿があった。

「あ、赤沢。なに泣いてるんだよ」

「そりゃお前……こんなもん、涙なしには見られないだろ」

 そう言って傍らに置いたスマホを手に取る。

「……何してんの?」

「池田にメッセージ送るんだよ。『病気に負けるなよ』って」

「や、やめろ、送るな‼ 途中から薄々怪しいなと思ってたけど、お前、現実の池田さんとゲームの池田さんを混同してるだろ! 落ち着け赤沢、これはゲームだ! 現実の池田さんは病気で入院なんかしていない!」

 赤沢ははっとした顔でスマホとテレビの画面を交互に見る。

「そ……そうか、俺としたことが……。すまん、黄島」

「いや、べつにいいけど……。念のため言っとくけど、現実の赤沢と池田さんは手を繋いだりしてないし、付き合ってもないからね。学校で会ってもこれまでどおりに接しろよ」

「そうだな。いや危なかった。もし道で歩いているところを見かけたら、後ろから抱きついてしまうところだったぜ」

「……危険すぎるだろ、お前」

 ゲームの電源を切り、片付ける。おそらくもう二度とこのゲームをプレイすることはないだろう。

「いやしかし、不完全燃焼だったな。どうせならクリアまでいきたかったぜ」

「もういいよ、このゲームは。そんなにゲームがしたかったら、ゲーセンでも行く? うちの近くにあるよ」

「ゲーセン?」

「うん。うちよりそういうところのほうが、三人で遊べるゲームたくさんあるでしょ。まあ、恋愛ゲームはないかもだけど」

「あまり気が進まないな。ゲーセンなんてただの、ゲームの実力が自分のアイデンティティになってるような社会不適合者の溜まり場だろ。行って池田に会えるわけでもなし」

「ゲーセンに対する偏見がひどいな。……まあ、池田さんはたしかにそういうとこ行かなそうだけど」

 っていうかこいつ、まだ池田さんがどうとか言って……さっきのゲームの影響、まだ抜け切れてなさそうだな……。

 そこへ、青木が鞄を持ってすっと立ち上がる。

「あれ? 青木、もう帰るの?」

「ええ。これから病院に行かねばならないので」

「病院? ……青木、どこか悪いの?」

「いえ、私ではなく、池田さんのお見舞いです」

「……」

「……」

 僕は息を吸い、言った。

「お前も早く目を覚ませよッ‼」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ