普通の戦い
日曜日。今日は日課の魔導書作成を休み、友人の家に来ている。俺の名は野村純平。この物語の主人公だ。
俺はいま友人の部屋で資料に読み耽っている。こいつの手持ちには俺と違い、現代を舞台としたものが多い。特にスポーツ系。基本的にはあまり参考にならなそうだが、時おり出てくる知らない知識や必殺技の名前など、魔導書に使えそうなものがたまにあるので、思っていたよりは資料的価値がある。けっして、意外におもしろくてついつい夢中になって読み進めてしまっているわけではない。
気が付くと一冊を読み終えてしまった。二巻はどこだ、と本棚に目を向けると、わきに立てかけられた野球のバットにふと目が留まる。何気なく、手に持ってみる。
と、部屋のドアが開いた。
「――ん? おい純平。お前さてはまた、『伝説の勇者の剣』とかくだらない妄想してたんだろ」
トイレから戻ってきた犬塚が俺を見て言う。
「フン、そんなわけないだろう。細長いものを剣に見立てる想像は、もう高一までで卒業した」
「できれば中学までで卒業しといてほしかったんだが……。たしかに、言われてみればお前、最近は道に落ちてる枝をおもむろに拾ったりしなくなったな」
「フ、人は成長するものさ。剣など子どものお遊び。真に強いのは剣ではなく、魔法だよ」
「まぁ、どっちでもいいけどさ。要するに、お前は高二になったいまでも、よくわからない妄想を続けてるってことだな」
やれやれ、と首を振りながら犬塚は元いた場所に座る。フ、妄想か。まぁ、彼がそう思っていてくれたほうが、異世界人という正体を隠して生活する上で都合が良い。
「しかしなあ、お前。せっかく人ん家遊びに来といて、他にやることないのか? さっきからずっと、一人で漫画読んでばっかりじゃないか」
「『漫画』とは、この資料のことか? ああ、そうだ。意外に参考になりそうな記述が多くてな。今後の魔導書作成に役立ちそうだよ」
「魔導書って……それ、お前が趣味で書いてるラノベのことだろ? いやまぁ、べつにいいんだけどさ。せっかく一緒にいるんだから、もっと二人で何かして遊ぼうぜ」
「何かって? じゃあ、ゲームでもするか?」
「ゲームか……」
犬塚は考えるように腕組みをし、そして言った。
「そうだ。どうせなら――」
「着いた。さあ、かの。ここがゲームセンターだよ」
入り口から中に入ったところで、澪ちゃんが店内に向かって右手を向ける。
「え、うん。なんでわざわざ言うの? 知ってるけど」
「だって、かの、ゲーセン来るのひさしぶりなんでしょ? ゲームセンターという概念を忘れちゃってるんじゃないかと思って」
「わ、忘れないよ! ひさしぶりって言っても中二のときに来てるし、……っていうか、そうだ、あのときも澪ちゃんと来たんだったね」
「え、わたしと? 中二のとき? ……そうだっけ?」
「そっちが忘れてるじゃん……」
日曜日。澪ちゃんに誘われ、ゲームセンターにやってきた。澪ちゃんは一人でもちょくちょく来てるらしいけど、わたしはひさしぶり。音の大きさと光の眩しさに少し尻込みしてしまう。
澪ちゃんの後について歩きながら、きょろきょろと目当てのものを探す。えぇと……あ、あった!
「澪ちゃん、澪ちゃん」
と声をかけるも、澪ちゃんはチラと振り向いただけで、そのまま先へ行こうとする。
「え。ちょっと澪ちゃん、どこ行くの?」
「ごめん、かの。わたし、このゲーセンに来たら必ずプレイすると決めてるゲームがあるんだ。まずそれをやりに行かなくちゃいけない」
「えぇー、そんなぁ……。澪ちゃんがあれやってくれるって言うから来たのにぃ……」
「ほんとごめん! ちょっとやったらすぐ戻ってくるから、少しだけここで待ってて」
もぉー、と頬を膨らませつつ渋々了承する。澪ちゃんは「ごめんね」とペコペコ謝ったのち、目的のゲームとやらのほうに向かって歩き出す。
――と、数歩歩いたところでまた足を止めた。
「待っててね、かの。必ず生きて帰るから」
「……生きて帰れない可能性があるの?」
いったいどんなゲームなんだろう……。よくわからないまま、毅然と歩き出した澪ちゃんの背中を見送った。
「着いたぞ、純平。ここがゲーセンだ」
「知ってるよ。中学のとき、お前に連れられてよく来たからな」
「あぁ、そういえばそうだったな。どうだ、懐かしいか? くすぶっていたアーケードゲーマー魂に再び火がつきそうか?」
「生憎、そんな魂は持ち合わせていない。俺はゲームといえばもっぱら家で一人でやる派だからな。いまやこれだけ高性能な家庭用ゲーム機が流通している世の中で、なぜわざわざ一プレイごとに金を払って衆人環視のなかゲームをしたがるのか、俺にはまったく気持ちがわからん」
「あー、出た出た。現代っ子め。お前みたいなやつがいるから、世のゲームセンター産業は斜陽の一途を辿ってるんだ。純平。お前今日、罰としてここで五千円以上金使え」
「なんでだよ。嫌だよ」
などと言い合いながら、犬塚についてゲームセンター内を歩く。なんだか知らないが、こいつには目的のゲームがあるらしい。
「ええと……こっちだったかな?」
「なんだ、お前。場所がわからないのか? ゲームセンターに対する熱量をやたらアピールしていたくせに」
「いや、いつもは主に別のゲーセンでやってるんだよ。ここにはたまにしか来ないんだ。……ええと、あ、こっちだ。ほら、あそこあそこ」
と犬塚が指さしたほうを見ると、派手な色合いの大きめな筐体が二つ並んでいるのが見えた。手前に柵の付いた四角い台のようなものが置かれている。
「……ダンスゲーム? お前、こんなのやるのか? 野球部のくせに」
「いやいいだろべつに、野球部が踊ったって! ……そうだよ。俺は最近、この『Dance Now!』にハマってるんだ。最新のゲームらしく、床のパネルを踏むタイプじゃなく全身のモーションをカメラで読み取る方式で本格的なダンスが楽しめるから、ゲーマーだけじゃなくダンサーにも人気。収録曲も定期的に更新され、流行りの曲からちょっとマイナーな曲まで幅広く取り揃えられているぞ」
……こいつはメーカーの回し者なのか? まぁ、たしかに、前に俺が来ていたときには、ここにこんな台はなかったな。新しいゲームなのは確かなようだ。
「さらに、このゲームは他のプレイヤーと対戦ができるんだ」
「対戦……あぁ、スコアランキングとかがあるのか」
「それだけじゃない。このゲームはオンラインだけじゃなく、いまこの場で、リアルタイムでのダンスバトルが楽しめるのさ」
「いまこの場で……ちょっと待て、お前まさか、俺にこのゲームをやらせようっていうのか? やらんぞ俺は、ダンスゲームなんて」
「いやいや。さすがの俺も、そんな初心者狩りみたいなマネはしないさ。いつもの店での対戦に備えて、今日はちょっと練習をしておくつもりだ。『Dance Now!』プレイヤーとして、このゲームがあるゲーセンに来た以上、こいつをプレイせずに帰るわけにはいかないからな」
なんだその使命感は……。とりあえず、俺はこいつがプレイする様子を見ていればいいらしい。正直あまり興味はないが、まぁ、お手並み拝見といくか。
「あれ? 野村に犬塚じゃん」
声がして振り向く。同じクラスの佐倉が立っていた。
「佐倉。奇遇だな、こんなところで。一人で来てるのか?」と犬塚。
「ううん、友だちと。いま別のところで待っててもらってる。ちょっと、このゲームがやりたくてさ」
「このゲーム? ……って、もしかして、『Dance Now!』か?」
「あれ、犬塚知ってるんだ。うん、そうだよ」
「ほう……」
と犬塚がぽつりと呟く。
「……佐倉、お前もこのゲーム、やってるのか」
「え。お前『も』ってことは、もしかして、犬塚も……?」
「ああ」
……なんだ? 二人を取り巻く空気が変わった気がする。たがいに出方を窺うように、黙ったままじっと見つめ合っている。
先に犬塚が口を開いた。
「……佐倉。お前、全国ランキング何位だ?」
「五十六位」
「――! ……フッ、そうか。俺は五十七位だ。つまり、ここでお前を倒せば順位入れ替わりってことだな」
「できるものならね」
そう言い合うと、二人はどちらからともなく筐体に向かう。
「お、おい。なんだお前ら、対戦するのか?」
「ああ。出会ったら対戦しなければならないのが、『Dance Now!』ランカー内の暗黙の掟だからな」
な、なんだそのスラム街のストリートファイトみたいなルールは。二人は筐体を操作し、なにやらいろいろと細かい設定を決めていく。
「曲はどうする?」
「なんでも。犬塚にまかせるよ」
「じゃあレベル2の『めろんそーだ☆Paradise!』でどうだ?」
「オーケー」
曲が決まったらしく、二人は台の上で位置につく。画面にそれぞれのアバターが表示される。
『Dance Battle START‼』の文字のあと、筐体から曲が流れはじめた。
……こいつ、できる――。細い手足を鞭のようにしなやかに動かし、全身でダイナミックに踊る――なんというか、本能的なダンスだ。それでいて振りはしっかりとれている。リズム感が良いのだろう。
フッ、さすがは俺より順位が一個上のランカーだ。だが、俺も負けるつもりはない。宣言どおりここでお前を倒し、全国五十六位は俺が頂く――。
……なるほど。動きはやや硬く見えるけど、ステップ、タイミング、アイソレと、ダンスの基本をしっかり押さえた堅実なプレイング。犬塚……あんた、ダンス上手かったんだね。野球部のくせに。……いや、野球部だからこそ、体幹がしっかりしていて動きがブレにくいのかもしれない。
認めるよ、犬塚。たしかにあんたはランカーを名乗るにふさわしい。でもわたしだって、負けるわけにはいかない。
待っててね、かの。必ず生きてあなたの元に帰るから――。
こいつら、うま――! 素人の俺でもわかる、これは明らかに相当な熟練プレイヤーの動きだ。全国五十六位と五十七位の肩書きは伊達ではないということか。……それにしても、こいつらこのゲームどんだけやり込んでるんだ? 驚きを通り越して、ちょっと引く。勉強しろよ。
曲が鳴りやむ。ドラムロールを交えた演出ののち、画面に得点が表示される。得点の数字は同じ。どちらもノーミス、ってことか……?
「やるな、佐倉。さすがだ」
「犬塚こそ。いいダンスだったよ」
たがいに健闘を称え合う。ただゲームをしただけなのに、無駄に爽やかだ。とりあえず、対戦は終わったらしい。俺も拍手のひとつでもしておくべきか……?
――と、思ったら、
「佐倉、もう一戦だ」
「もちろん。決着がつくまで」
と、流れるようにもう一曲始まってしまった。決着がつくまでって……どんなデスマッチなんだ。っていうか犬塚、お前もう俺がいること忘れてるだろ。
見ているかぎり、二曲目も二人の得点に差がつく様子はない。……やれやれ、ただここで立っていても暇だし、こいつらの対戦が終わるまで俺も何か適当なゲームでもしておくか。
……澪ちゃん、遅いな。
必ず生きて帰るとか言ってたけど、もしかして何かあったのかな。まさかゲームで本当に死ぬことはないと思うけど……心配だし、ちょっと様子を見に行ってみようかな。
さっき澪ちゃんが行ったほうに向かいかける。すると、
「……池田?」
横から名前を呼ばれた。振り向くと、
「え、野村くん?」
驚いた。どうしてここに野村くんが? ――という顔を、野村くんもしていた。聞けば、野村くんも友だちに連れられて来ていたらしい。
「そうか。佐倉が言ってた『友だち』って、池田のことだったのか……」
「うん。でもよかった、澪ちゃんが生きてて」
「? そりゃ、生きてるだろう」
「あ、ううん。なんでもないの、気にしないで」
「……で? 池田はなぜこんなところで突っ立ってるんだ? どうせ待つなら、何かゲームでもしながら待てばいいのに」
「あ、うん。わたし、普段ゲームってあまりしないから、どれをやったらいいかよくわからなくて……」
「そうなのか。それでよくゲーセンなんか来ようと思ったな」
「あぁ、うん、その……」
と、わたしはすぐ横にあるゲームの台に指を向ける。
「……実は、これが目的で」
「クレーンゲーム?」
「うん。景品の『寄せて集めて、寄せ鍋の妖精!』シリーズのぬいぐるみが欲しくて、それを澪ちゃんが取ってくれるって言うから来たの。澪ちゃん、クレーンゲーム得意だから」
「妖精……」
と野村くんはぽつりと呟く。
「……やっぱり、妖精とか聞くと懐かしい気持ちになるのか?」
「懐かしい? うーん……どっちかっていうと、癒やされるって感じかな? 一個前の『ようこそ! おでん御殿』シリーズのときから好きで、よく澪ちゃんに頼んで取ってもらってたんだ。わたし自身はクレーンゲーム、全然苦手だからさ」
「……そうなのか」
そう言うと野村くんはクレーンゲームを見つめて言った。
「……俺が取ってやろうか?」
「え? 野村くん、クレーンゲーム上手なの?」
「そこまで自信があるわけじゃないが、中学のとき犬塚にいろいろ教えられたから、コツというかやり方はある程度知ってる。ちなみに、どのキャラが欲しいんだ?」
「えっと」
この子、とわたしは、獲得口近くにある一体のぬいぐるみを指さす。
「この、ティーシャツ着てる葉っぱみたいなやつ?」
「あ、ううん、そっちは『しゅんぎくん』で、わたしが欲しいのはこっちのリボンつけてる『みずなちゃん』のほう」
「なるほど。この位置だったら俺でもなんとか取れるかもしれない。やってみよう」
「あ。お金、わたしが出すよ」
「いや、いい。取れるかわからないし」
野村くんは三回五百円のほうにお金を入れ、クレーンを操作しはじめた。一回目は直接取ろうとせず、クレーンのアームを使ってぬいぐるみを獲得口に寄せる。澪ちゃんもよくやってるやり方だ。そしてなんと二回目で、みずなちゃんを見事に獲得してくれた。
「はい」
「ありがとう、野村くん! やったぁ、みずなちゃんだ。かわいい!」
「……」
「ん?」
「――あ、いや、なんでも。……一回残ってしまったな。他に欲しいやつはあるか?」
「んー……他の子はどれも同じくらいの好きさだから、特にこれ、っていうのはないなぁ。……あ、じゃあ、近くにあるしゅんぎくんは?」
「そうだな。この位置だったら一回で取れるかもしれない」
そう言って野村くんは三回目のプレイを始める。そして宣言どおり、一回でしゅんぎくんを獲得してしまった。
「すごいね! 野村くん、クレーンゲーム上手!」
「いや、犬塚の見よう見まねだよ、たまたまだ。はい、じゃあこれ」
「……よかったら、しゅんぎくんはそのまま野村くんが持ってて」
「俺が?」
「うん。わたしはみずなちゃんをもらったし、クレーンゲームのお金はもともと野村くんのお金だから」
「……わかった」
野村くんにあらためて感謝を伝え、それから二人でゲームセンター内を歩く。澪ちゃんたちのダンスバトルがまだ終わらないようなので、それまで一緒に何か別のゲームをして待っていようという話になったのだ。
それにしても、みずなちゃん、うれしいな。野村くんには本当に感謝だ。さっきはわたしがいい思いをさせてもらったから、せっかくなら次は野村くんが楽しめるようなゲームを一緒にやりたい。でも、野村くんって何が好きなんだろう。わたし、考えてみたら野村くんのこと何にも知らない。隣の席だし、いままで何度かピンチを救ってもらったこともあるのに……。
――あ、そうだ。
「ねぇ、野村くん。異世界転生? って好き?」
「――! 好き、というか、まぁ、こっちの世界での生活もわりと気に入っているが……」
「? えっと、好きってことだよね。じゃあさ、あのゲーム一緒にやらない?」
と、わたしは右手に見えるゲームの台を指さす。
「どんなゲームだ?」
「えっとね、なんか、ファンタジーっぽい世界を舞台に、スライムとかゴブリンとか、出てくる敵と戦っていくの」
「ほう……」
と野村くんは小さく数度首を頷かせる。よかった。男の子はそういう本とかゲームが好きって聞いたことがあったから勧めてみたけど、興味をもってくれたみたいだ。
「じゃあ、今度はわたしがお金払うね。えっと、わたしたちはファンタジー世界の冒険者で、このコントローラーで出てくる敵と戦っていくの」
「――! これは……」
「剣型のコントローラーだよ。なんかかっこいいよね」
おお、姫よ――、私に杖ではなく剣を持てと仰るのですか……!
「……あ。もしかして、嫌だった? ごめんね、ちょっと子どもっぽすぎたかな……?」
「あぁ、いや……」
……ひょっとして、池田は俺を試そうとしているのか? いざというとき、魔法ではなく剣で自分を守れるか、と。たしかに今後、魔法の効かない敵と戦う機会がないとも限らない。……フ、なるほど、そういうことか。ザルツハルツ帝国近衛騎士団長時代の思い出が脳裏に甦る。
「問題ない。始めよう」
池田が「GAME START」を選択し、ゲームが始まる。視点はいわゆるFPS。プレイヤーの手の動きとゲーム内の剣の動きが連動するシステムのようだ。よく作り込まれたグラフィックも相まって、なかなか没入感がある。冒頭のムービーが終わると、さっそく敵が現れた。
最初の敵は案の如く、スライムだった。スライムらしく、数は多いが戦闘力は低い。概ねそれぞれ一振りで片付けることができた。俺の画面内に映る池田のキャラに目をやる。池田も問題なく、自分のほうに集まったスライムたちを倒すことができたようだ。――ん?
「池田の剣、……レイピアか? ずいぶん細身に見えるが」
「あ、うん。わたしは女の子のキャラクターを選択したから。キャラによって持ってる剣の形が違うみたい」
なるほど。意外にシステムが細かい。俺の選んだ男のキャラが扱うのは両手持ちの大剣だ。最初の敵とはいえ、スライムを一撃で倒せたのはそのためか。
二ウェーブ目の敵はゴブリン。これも問題なく退けられそうだ。池田は……と見ると、なんと周りを三体のゴブリンに囲まれているところだった。
「池田!」
急ぎ向かい、回転斬りで三体のゴブリンをまとめて掃討する。
「あ、ありがとう。一体と戦ってたら、いつの間にか囲まれちゃってて……」
「ああ。池田のレイピアは一対一の戦闘には向いているが、対多数の状況になると不利だ。囲まれたら、すぐに俺を呼んでくれ」
「う、うん」
そう。ゲームとはいえ、姫の身に傷を負わせるわけにはいかない。いまは剣士として、仕える者のためにこの剣を全力で振るおう。
「安心してくれ。きみは必ず俺が守る」
「え。う、うん、……ありがとう」
三ウェーブ、四ウェーブとゲームは進んでいく。空を飛ぶ敵や混成部隊など、やっかいな敵も多く現れたが、なんとか攻略していくことができた。
――そして迎えた十フェーズ目。現れた敵は、ドラゴンだった。黒く硬そうな鱗で覆われた体、鋭く尖った爪と牙、雄々しい翼で空を舞い、口から吐く火でこちらを攻撃してくる。サイズも迫力も実際の強さも、これまでの敵とはけた違いの強敵が俺たちの前に立ちはだかった。
「きゃあっ!」
池田が悲鳴を上げる。ドラゴンが右手を大きく振り上げ、地に尻をついた池田にいままさに襲いかかろうとしていた。
「――くっ、『神速の靴』!」
俺はアイテムを使い、瞬時に池田の前に出る。ドラゴンの一撃を大剣で受け止める。それでもかなりのダメージは受けてしまったが、どうにかその場はやり過ごすことができた。
「ごめん! ありがとう、野村くん」
ああ、と頷いて答える。しかしこれで神速の靴は失ってしまった。道中拾った、一時的に移動速度を向上させるアイテム。こいつを倒すために使えると目していたが……これでその手立てがなくなってしまったわけだ。
どうする……。池田のほうにチラと目をやる。
危険な賭けになるが、成功すれば結果として彼女を守ることにも繋がる。どのみち、このまま戦ってもジリ貧だ。
「池田」
俺は池田に自分の考えを伝える。池田は戸惑いつつも了解してくれた。俺たちの前にドラゴンが舞い降りる。
俺は果敢にドラゴンに攻撃を開始した。敵からの攻撃は可能な限り剣で受け止める。じりじりと減っていくHP。それでも俺は攻撃をやめない。ドラゴンの注意を充分こちらに引き付けたところで、俺は言った。
「いまだ、池田!」
その声を合図に、ドラゴンの背後に回っていた池田がその背中に飛びついた。よし、と小さく声が出る。体力のある俺のキャラがタンク役となり、その間に素早さに優れる池田のキャラが行動を起こす。役割分担がうまくはまった。
池田を振り払おうと暴れるドラゴン。やがて翼を広げ、空へと舞い上がった。空から振り落とそうというのだろう。だがそれが俺たちの狙いだ。池田は懸命にドラゴンの背中にしがみつきつつ、レイピアでしつこく攻撃を繰り返す。堪らなくなったドラゴンが倒れるように地面に落下してくる。そこに向けて、俺は一直線に駆け出した。
ゲームでも物語でも、ボスキャラには必ず「弱点」を設定するもの。一目見たときから、そこにどうやって攻撃を届かせようかとずっと考えていた。首を投げ出すようにして倒れているドラゴンの額。その中心で青い輝きを放つ宝石のようなものに向かって、俺は思いきり剣を突き立てた。
「グ、グゥオオオオォォォォォォォ――――‼」
地鳴りのような雄叫びを上げ、ドラゴンが苦しみ出した。やがて地面に倒れ伏す。画面に「QUEST CLEAR‼」の文字が現れた。
「やった! クリアだって! すごい、わたしこのゲーム最後までクリアできたの、初めて!」
「やったな、池田。最後のドラゴンへの攻撃、見事だった」
「ありがとう、でもクリアできたのは野村くんのおかげだよ! それまでも何度も助けてもらって……。すごいね。このゲーム初めてなのに、どうしてそんな上手なの?」
「まぁ、剣術には多少の心得があってな」
「? 剣道とかやってたの?」
などと話していると、
「かのー……」
と、佐倉がふらふらした足取りでやってきた。
「み、澪ちゃん! どうしたの⁉」
「や、約束どおり、生きて、帰ったよ……」
そう言って池田にもたれかかる。どうやら対戦が終わったようだ。俺は池田に別れを告げて、犬塚の元に向かった。
「ふぅー。生き返ったぁ」
休憩スペースで、自動販売機で買ったジュースを飲みながら澪ちゃんは言った。
「もう、いくらそのゲームにハマってるからって、そんなに疲れ果てるまでやることないじゃない」
「いやいや。仮にもランカーとして、対戦はきっちり勝負がつくまでやるのが筋だから。『Dance Now!』をプレイするときは常に命がけだよ。いつ他のランカーと鉢合わせするかわからないからね」
「はあ……」
相手に自分がランカーだと名乗らなければいいだけの話では……。
「さて。それじゃ休んだし、そろそろクレーンゲームのとこに戻ろうか。待たせちゃってごめんね。寄せ鍋のみずなちゃん、取りに行こう」
「ああ、それはもう――」
と、わたしはリュックにしまっていたみずなちゃんのぬいぐるみを取り出す。
「――え。どうしたの、それ?」
わたしは少し考えて、言った。
「内緒」
「ぐ、ぐやじぃ……ぐやじいよぉ……」
あの一ミスが、たった五点差だったのに、とぶつぶつとしきりに繰り返す犬塚と駅前の通りを並んで歩く。
「まさかあそこでワンテンポ遅れることになるとはなぁ……クソッ、Bメロの入りがもっとスムーズにいっていれば……」
「おい、着いたぞ。終わった勝負の後悔は、もうそのへんにしとけ」
犬塚と二人、バッティングセンターの自動ドアをくぐる。
「あぁ、悪い悪い。……でも、よかったのか? お前まだロクに遊んでなかったのに、ゲーセン出ちゃって」
「問題ない。お前を待っている間に店内を見て回ったが、あまりやりたいと思えるゲームはなかった」
「そうか。……じゃあ、なんか悪かったな、ゲーセンなんか誘っちゃって。俺を待ってる間、退屈だったろう?」
「いや、……まぁ、そんなこともなかったさ」
不思議そうに首を捻る犬塚と隣り合ったケージに入る。
「聖剣ラグナロク」
と手に持ったものを高く掲げると、「それはバットだ」と横から犬塚の声が聞こえた。




