普通の部活動
どこからか聞こえる虫の音。月の隠れた薄曇りの空。暗い夜の道をトボトボと歩きながら、しまったなあ、とため息をつく。
わたしはいま学校に向かっている。教室に忘れ物を取りに行くためだ。忘れ物は漫画。そのことに夕食を食べたあとになって気が付いて、慌てて家を飛び出してきた。
忘れたのが教科書とかペンケースとかなら、まあどうせ明日また行くしいいか、で済ませられるけど、物は漫画。翌朝早く来た先生にもし発見されたらそのまま没収されてしまう恐れがある。しかもそれは澪ちゃんに借りたものなので、もしそんなことになったら申し訳が立たない。
……澪ちゃんったら、家近いんだから普通に帰ってから貸してくれればいいのに、わざわざ学校に持ってくるんだから。「漫画は授業中にこっそり読んでこそでしょ」なんて言って。読まないよ、授業中になんて。……十ページくらいしか。
いやまぁ、澪ちゃんが悪いみたいに言うのはよそう。忘れたのはわたしなんだから。いまから行っても、もうすでに没収されたあとかもしれないけど、まだ無事な可能性もある。いずれにせよ、悶々と気になったままでは寝られる気がしないので、行ってみることにしたのだ。
そうこう歩いているうちに、学校に着いた。夜の学校。曇った空の下、見慣れたはずの校舎がいつもと違う異様な存在感を放つ。夜に忘れ物を取りに来るなんて、小学校のとき以来だ。まさか高校生になって、またこんなことをする日が来るとは……。
……あれ。ていうかわたし、来たはいいけど、中にどうやって入るつもりなんだろう。普通に考えて門は閉まって――と見ると、正門の鍵が開いているのが見えた。
閉め忘れたのかな? 不用心な。でも、いまはおかげで助かった。門を薄く開け、中に入る。
「では、これより本日の活動を始める」
ホワイトボードの前に立ち、私、七瀬弥景は宣言する。「おぉー」と、長机右側に座る一年生部員・許斐奏音がパチパチと手を叩いた。
「で? 部長、今日は何するんですか? この間やった、問題集の空欄で大喜利対決の続きでもしますか?」
「許斐よ」
「はい」
「我々は何部だ?」
「オカルト研究部だ」
「うむ。なぜ『だ』と常体で答えたのかは知らんが、そのとおりだ。そんな我々が集まってするべきことといえば何だ? 大喜利対決か? 否! もっとオカルト研究部らしい、オカルトオカルトしたことをしていこうではないか」
「おぉー。七瀬部長なのに、正論を言うなんてどうしたんですか。七瀬部長、すごい!」
「フ。よせ、そんなに褒めるな。さすがの私も照れてしまうじゃないか。……まあ、そんなわけで今日はわざわざこんな時間に集まってもらったわけだ。オカルティックな時間といえばやはり夜。オカルトオカルトしたことをするのに最もふさわしい時間だからな」
「なるほど。そのために正門の鍵まで事前に開けておくなんて、用意周到ですね。七瀬部長のくせに」
「ん? ああいや、あれは私じゃないぞ。むしろ許斐がやったと思ってたんだが、違うのか? あといま、なんか失礼なこと言ったか?」
「え、あたしじゃないですよ。じゃあ……」
と、許斐とわたしの目が残る一人のほうを向く。
「ああ。それ、わたしです」
と言ったのは、許斐の対面に座る二年生部員・灰田すずだ。
「灰田が?」
「すず先輩、すごい! どうやったんですか?」
「どうって……さっき来たときに、普通に開けて中に入っただけだけど」
「……普通に?」
「はい」
「……」
「……」
どうやったんだろう……。
「ま、まあいいや。とにかくこれで三人揃ったわけだ。みな、今宵はオカルト研究部員として、存分にオカルトに興じようではないか」
「七瀬部長、質問です」
「なんだ、許斐」
「実際、どうして急にそんなこと言い出したんですか? あたしたちこれまで、さっき言った大喜利対決とかボードゲームとかただ喋ったりとか……まぁ、たまにネットの怖い話一緒に読むくらいで、オカ研らしい活動なんてほとんどしてこなかったじゃないですか」
「ふむ、いい質問だ。だが……そうだな、『時機が来た』とだけ答えておこう」
「ふふ。弥景さん、最近オカルト研究部を題材にしたホラー映画を観たんですよね?」
にこにことした笑顔で灰田が言う。
「ああ、なるほど。つまり、それに影響受けたってことですか」
「……まあ、そういう事情も少しはある。少しは」
あれ、その映画観たこと、灰田に言ったっけ? ……まあ、いいや。
「ところで灰田。お前、さっきからスマホで何見てるんだ?」
「あぁ、ごめんなさい。ちょっと、推しの様子を」
「推し?」
「はい。推してるVtuberさんです」
「へぇ。すず先輩、Vtuberとか好きなんですか。ちょっと意外」
「ウフ。とってもかっこいいのよ」
「まあ、何でも構わんが、配信を観るのはほどほどにしておいてくれよ。いまはオカルトオカルトしたことをする時間なんだから」
「すみません、弥景さん。もう大丈夫です、配信ではないので」
「……?」
「はい部長、質問です」
「おぉ許斐。いいぞ、やる気に満ちているな。さすがは我がオカルト研究部のホープだ」
「まったく嬉しくないですけど、ありがとうございます。その、さっきから言ってる『オカルトオカルトしたこと』って具体的には何をするんですか?」
「うむ、よくぞ聞いてくれた。我々は今夜、この学校の『七不思議』について研究する予定だ」
「七不思議? うちの学校、そんなのあるんですか?」
「いや、ない」
「――は?」
「だから、作るのだ! 我々オカルト研究部の手で、この学校にふさわしいオリジナルの『七不思議』を生み出そうではないか!」
「オリジナル七不思議……」
許斐のきょとんとした顔が笑顔に変わる。
「おぉ! いいですね、それ。おもしろそう! 七瀬部長、ほんとどうしたんですか今日。いつもの七瀬部長らしくないですよ」
「まあ落ち着け、許斐。少し褒めすぎだ。フフ。我々の作るオリジナルの七不思議が、のちにこの学校の伝統ある七不思議となっていくのだ。夢があるだろう」
「えぇ、そんなところまで考えてたんですか、部長? まあ、個人的にはそこまで壮大じゃなくても、この場が楽しければそれでいいですけど」
「でも、やり方によっては意外と本当にそうなるかもしれないよ」
「すず先輩。やり方って?」
「奏音ちゃん、『観念論』って言葉、聞いたことある?」
「あぁー……公共の授業で、名前だけちらっと」
「わたしたちの世界には『物体』が独立して存在するわけじゃない。世界を構成しているのは人間の『精神』や『意識』である、とする哲学の立場ね。怪談や都市伝説の類は、人の口から口へ伝わる中で次第にその真実味を帯びていくもの。つまりわたしたちの創作七不思議も、完成したそれをわたしたちが噂として広めていけば……」
「なるほど。『噂』がいつか『伝統』に変わる日が来るかもしれない、ってことですね」
「うん。『真実』は事物によって生じるのではなく、人々がそう認知することによって生み出されるものだから。……ですよね、弥景さん?」
「――え? お、おぅ、そうだ。私もいま、お前と完全に同じことを言おうと思っていた」
「そう思ったら、なんかいっそうやる気が湧いてきますね。どうせ作るなら、うんと怖い七不思議を作りましょう!」
「その意気だ、許斐! さすが我が部の次世代のエース!」
「ありがとうございます! 嬉しくないです!」
三人でアイディアを出し合い、出たアイディアをホワイトボードにまとめていく。段数の増える階段、ひとりでに動き出す人体模型、音楽室から聞こえるピアノの音……といったものが板面に並ぶ。
「うーむ……なんだかどれもパッとしないな」
「ていうか、全部どこかで聞いたことのある定番ネタばかりですよね。まあ考えてみたら、あたしたちって普段オカ研らしい活動ほとんどしてこなかったわけだし、アイディア出すにしても、その元になる知識や経験が全然足りてなかったですね」
「アイディアの元か……」
「……」
「――ん? 灰田、お前どうりで静かだと思ったら、またスマホ見てるのか。推し活もいいが、いまはもう少しオカルティック活動に集中してくれよ」
「すみません、推し活じゃなく、ちょっとある人の様子が気になって。……はい、もう大丈夫です。ええと、でしたらこうするのはどうでしょう? わたしたち、せっかくいままさに夜の学校にいるんですから、少し校内を探索しに行ってみるというのは」
「あ! それ、いい! 実際に校内の様子を見てみたら、そこから何か思い付くかもしれないですね。すず先輩、ナイスアイディア!」
「うむ。私もいま同じことを提案しようと思っていたところだ。では行くぞ、お前たち。さっそく出発だ!」
二人を率い、部室棟地下一階の部室を出る。
「……お邪魔しまーす」
またも鍵の開いていたドアを開け、そっと二年A組の教室に入る。壁のスイッチに手を触れ、窓側の電灯だけつけた。他が消えた状態だと、その一帯だけスポットライトのようにぼんやり光ってなんだか不気味だ。
自分の机に向かい、どうかありますように、と祈りながら物入れに手を入れる。と、指先が硬いものに触れた。取り出し、両手で掲げる。あった! よかった、没収されてなかった!
さあ、あとは帰るだけ。ドアのほうに向かおうとして、床になにか細長いものが転がっているのに気が付いた。
「……モップ?」
どうしてここにこんなものが……。誰かが掃除のあと、しまい忘れたのかな。掃除用具入れに戻しておこうと、モップのほうに向かいかける。と、
「――!」
廊下から足音が聞こえてきた。誰、こんな時間に……もしかして、見回りの先生――? まずい、いま見つかったら確実にここにいる理由を訊かれる。うまく言い逃れようにも、動かぬ証拠が手の中に……。
足音は次第にこちらに近づいてくる。もしかして、入ってくる? やばい、どこかに隠れないと! でもどこに――と周囲を見渡して、足もとに転がっているモップにふと目が留まった。
「い、いいですね……なかなか雰囲気ありますね、夜の学校って……」
「フ、フフ、無理しなくていいんだぞ、許斐。そう言いながら、声が震えてるじゃないか」
「そう言う七瀬部長こそ、肩が震えてますよ。もし、こ、怖いんだったら、いまならまだ部室に戻っても……」
「――わ!」
「ひ、ひえっ‼」
「ち、ちちちょっと、すず先輩! やめてくださいよ、趣味悪いですよ、そういうの!」
「ウフフ。ごめんなさい、二人があんまり怖がっているものだから、少しリラックスさせてあげようと思って」
「は、はは。さすがは灰田、良い気遣いだ。これでちょっとは緊張が解けたろう、許斐。さ、手を離して一人で歩け」
「い、いや、部長のほうから掴んできたんでしょうが。そっちこそ離してくださいよ、歩きづらいから」
部室に置いてあった懐中電灯を手に、オカ研部員三人で夜の校内を歩く。勇敢な部長である私が先頭を行き、怯える許斐が寄り添うようにその隣を、灰田は後ろから一歩遅れてついてくる。
「……で? 七瀬部長、まずはどこへ向かうんですか?」
「うむ。それについてふと思ったんだが、よく考えたら校内を探索しようにも、この時間だとどこにも行きようがないんじゃないか? たぶんどの教室も鍵がかかっているだろうし」
「あ……たしかに」
「あぁ、大丈夫ですよ」
と後ろから灰田が言う。
「こんなこともあろうかと、今日わたしお二人が来る前に、校内の主だった教室のドアの鍵、すべて開けておいたので」
「……え?」
「だからどの教室も入り放題です」
そう言って灰田は糸目を細くして笑う。
「……あぁ、そうなんだ」
「はい」
「……」
ひょっとして、幽霊よりこいつのほうが怖いんじゃね……?
「やりましたね、部長! まずはどこから行きます? 理科室? 美術室? 音楽室もいいですね」
「うむ。理科室は人体模型が動き出しそうだし、美術室は石膏像が動き出しそうだな。音楽室はモーツァルト像が——」
「像が動く以外に発想ないんですか。あと、音楽室にモーツァルト像なんかないですから。音楽室といえば普通、飾られた絵画の目が動くとかでしょ」
「いや待て、許斐。私たちはそういったありきたりな七不思議ネタから脱却するために校内を探索することにしたのだろう? なら、そういった定番の場所はかえって避けたほうがいいんじゃないか?」
「あぁ、まあ、たしかに……。じゃあ、どこにしましょうか?」
「そうだな……」
「あ。じゃあ、まずはわたしの教室に行きませんか?」
「灰田の?」
「はい。七不思議の場所って特別教室が多い印象ですから、あえて普通の教室に行ってみたら、むしろ普通とは違ったアイディアが得られるかもしれませんよ」
「なるほど……」
「うん、いいですね。それ、アリです!」
「そうだな。灰田のクラスって、二年A組だっけ?」
「はい、案内します」
灰田について廊下を歩く。階段を上り、二年A組の教室の前にたどり着いた。
「……よし。では許斐、ドアを開けるんだ」
「え? ……い、いやいや、ここは七瀬部長がどうぞ。部長ですし、三年生ですし、年功序列で」
「い、いや私は、――あ! ほら、懐中電灯を持ってるから! ドアを開けるための右手が使えないんだ、なぜなら懐中電灯を持っているからぁ!」
「いやそんな『見つけた!』みたいな勢いで言い訳されても。左手に持ち替えればいいだけじゃないですか。なんなら、ほら、あたしが持っててあげますよ」
「お、おい、やめろ! こ、この懐中電灯はオカ研に代々伝わる代物で、『部長』の肩書をもつ者以外が使うと呪われるとされる――」
ガラガラとドアの開く音に、ビクッと肩が跳ねる。許斐と二人、ドアを開けた灰田の後に続き、教室に入る。
「え、な、なに⁉ なんで窓側の電灯だけついてるの⁉」
許斐が私の右腕をぎゅっと掴んでくる。
「お、落ち着け。……ハハ、単純なことだ。誰かが消し忘れたんだよ」
「窓側の電灯だけ? 普通、教室の電気ってまとめて消しません? 他は全部消えてるのに、なんか不自然じゃないですか?」
「……たしかに」
「と、とにかく、調べてみましょう」
「……ん? お、おい、なぜ私も連れていこうとするんだ! 行くなら一人で――」
と、許斐に引っ張られ数歩歩くと、カラン、と足に何かが触れた。
「ひゃっ! な、なに、なに⁉」
「お、落ち着いてください、部長! モップ。モップですよただの。ほら」
「――あ」
見ると床に一本のモップが転がっている。T字型の、掃き掃除に使われるやつだ。
「ハ、ハハ。わかっていたさ。そう、モップ。ただのモップに足が触れただけだ」
「『ひゃっ』とか言ってたじゃないですか。……でも、どうしてモップがこんなところに……」
「昔――」と、灰田がおもむろに声を発した。「この二年A組に所属していた、一人の女子生徒がいたんです」
「す、すず先輩……?」
「なんだ灰田、急にどうした?」
「取り立てて目立つところのない、普通の子でした。でも可哀想に、その子は同級生たちからひどいいじめを受けていたんです。あるときはモップを使って複数人に袋叩きにされ、またあるときは掃除用具入れの中に入れられ、中から出てこれないように細工をされたり……」
「掃除用具入れ……」
許斐と二人、教室の窓側後方に置かれた細いロッカーに目をやる。
「そしてあるとき、不幸な事故が起きてしまいました。女子生徒はいつものように掃除用具入れの中に入れられ、いじめっ子たちはおもしろがってそのまま家に帰ってしまったんです。運が悪いことにその日は一学期の終業式の日……翌日から夏休みが始まり、それぞれ遊びに興じていたいじめっ子たちは、そのうち女子生徒のことを忘れてしまいます」
ゴクリ、と自分の喉が鳴る。静かな語り口で灰田は続ける。
「女子生徒は恐怖と孤独、そして暑さに苛まれながら、掃除用具入れの中で何日もの日々を過ごします。いつものように、掃除用具入れの扉は中から開けられないよう細工がされていたんですね。……そして数週間が経った登校日。教室に来た生徒が異臭に気づき、掃除用具入れの扉を恐るおそる開けると、そこには――」
そのとき、ゴトッ、とロッカーの中から物音が聞こえた。
しまった。手に持っていた漫画本を落としちゃった。音、聞かれたかな? 大丈夫だといいけど……。
足音が教室に向かってくるのが聞こえて、咄嗟に掃除用具入れの中に隠れた。やってきたのは先生じゃなかったみたいだけど、かといって安心して出ていくわけにもいかなくなった。だって夜の学校に侵入して掃除用具入れの中に入るなんて行動、普通じゃない。どう言い訳しようと確実に変な人だと思われる。この人たちがいなくなるまで、ここでじっとしていることにしたのだった。
――でも、少し前から聞こえてきているこの声。これ、たぶん同じクラスの灰田すずちゃんの声だよね? すずちゃんなら、事情を話せばわかってもらえるかもしれない。何より、狭いロッカーの中で立ったままじっとしているのにもう疲れた。この人たちなかなかいなくならないし、出ていって、すずちゃんに事情を説明しよう。
掃除用具入れの扉を内側から押す。――と、
――え、開かない?
扉が開かない。何度か押すけれど開く様子がない。どこかで引っかかっているのだろうか。ど、どうしよう。あまり強く押したら倒れちゃいそうで怖いし……。
あ、そうか。外にいる人たちに開けてもらうよう頼めばいいんだ。外に聞こえるよう内側から扉をノックして、
「あの、開けてくれませんか……?」
己の状況が情けなすぎて、なんだか弱々しい声が出る。
「ぶ、部長……、いま、掃除用具入れから、こ、声……」
「き、きき、気のせいだろ、声なんて……なあ?」
灰田を見る。灰田は囁くように言う。
「開けてほしがってるんじゃないですか?」
「あ、開けてほしいって……だ、誰がだよ……?」
「さあ」
と灰田はにこりと微笑む。
聞こえたのは若い女の声……まるで誰かに助けを求めるような、弱々しい声だった。さっき聞いた灰田の話が脳内を巡る。登校日、教室に来た生徒が掃除用具入れを開けると、そこには……そこには…………。
こめかみを冷たい汗が伝う。許斐が震える体を私に寄せてきた。
ぼんやりと光る電灯の下、掃除用具入れは静寂を保ったまま佇んでいる。
あれ、開けてくれないな……。ちょっと声小さかったかな。聞こえなかったのかも。それか、この間にもう教室から出て行っちゃったとか?
……あれ? その場合、わたしはどうやってここから出ればいいんだろう……。現状、内側からは開けられないわけだから、出るには外から開けてもらうしかないわけで……。
――え、やばい! 仮にもう教室にいないとしても、まだそれほど遠くまでは行っていないはず。教室の外にも聞こえるよう、わたしは扉を強く叩く。何度も、何度も、ドンドンと。
「誰か、誰か! 扉を開けてッ‼」
「ひ、ひえええぇぇぇぇぇぇッッッ‼」
と、弥景さんと奏音ちゃんは転がるように教室の外に駆けて行った。ウフフ。揃って似たような悲鳴を上げて、本当に仲が良いんだから。
さて、とわたしは掃除用具入れのほうに向き直る。扉に手をかけ、少し持ち上げるようにして手前に引いた。
「あ、す、すずちゃん!」
突然開いた扉の向こうには、すずちゃんが立っていた。
「大丈夫? かのちゃん」
「う、うん。あー、よかったぁ……助かったよ」
ありがとう、と感謝をしながら掃除用具入れの外に出る。
「かのちゃん。その落ちてるやつは、いいの?」
「え?」
と掃除用具入れを振り返る。そうだ、忘れてた。落ちている漫画本を慌てて拾い上げる。
「あ、えっとー……実はね」
と、その流れですずちゃんに自分がここにいる理由を説明する。「へぇ、そうなんだ」とすずちゃんはあまり驚いた風でもなく、わたしの話に頷いていた。
「……でも、驚いたー。このロッカー、扉が急に開かなくなっちゃうんだもん」
「ああ。これね、少し建付けが悪いみたいで、よく引っかかって開きづらくなるときがあるの。そういうときはここを持って、持ち上げるようにして引くと開くのよ」
「へぇ、そうなんだ……。すずちゃん、そんなことよく知ってるね」
「うん。わたし、たいていのことは知っているから」
「……? そうなんだ」
すずちゃんと二人、教室を出る。
「そういえば、すずちゃんはどうして学校にいたの?」
「わたしは部活があって」
「え、部活? こんな時間に?」
「うん、オカルト研究部」
「へぇ、オカ研……。すごいね、こんな時間に活動してるんだ。……あれ。でも、すずちゃんだけ? 他の部員の人は?」
「さあ。さっきまではいたんだけど、どこかに消えちゃった」
「お、さすがオカ研。なかなか怖いこと言うね」
「かのちゃんは、けっこう怖いの平気なんだね」
「うん、澪ちゃんによくホラー映画観させられて、鍛えられてるから」
「そっか」とすずちゃんは少しだけ唇を尖らせる。「つまらないの」
「ん? 何か言った?」
「ううん、なんでも。ねぇ、かのちゃん。よかったら帰り、送っていこうか?」
「……え? ううん、大丈夫。わたし、家近いし。ていうかすずちゃん、いま部活中でしょ? ありがとう。気持ちだけ受け取っておくね」
「じゃあせめて、これ持っていって」
と、すずちゃんから何かを手渡される。
「懐中電灯? ……なんか、ずいぶん年季が入ってるね」
「部に前からあるやつだから。でも、ちゃんと点くよ」
「これ、借りちゃっていいの?」
「うん。帰り道暗いだろうから、よかったら使って」
「ありがとう。明日、返すね」
すずちゃんはそのまま校門まで送ってくれた。気を付けてね、と手を振るすずちゃんに手を振り返し、学校を離れる。
帰り道。来るときには漫画のことに注意が向いていてあまり意識しなかったけど、あらためて見るとけっこう暗い。さっそく、借りた懐中電灯のスイッチをつけた。
それにしても、送ると言ってくれたり、こうして懐中電灯まで貸してくれたり……すずちゃんって、いい子だったんだな。前に話したときはちょっと危ない人なのかもと思ったけど、全然そんなことなかった。あれはきっとわたしの早とちりだったんだ。よくないな、ちょっと話しただけで人を判断するのは。すずちゃんは全然怖くない、ごく普通の良い子だ。
少し明るい場所に出た。ここからはもう明かりは必要ない。懐中電灯を切ろうとすると、スイッチの近くに掠れた文字で何か書いてあるのに気が付いた。
部ノ長タル者……、……ヲ禁ズ……?
何て書いてあるんだろう。正確には読めない。そういえば、部に前からあるやつだって、すずちゃん言ってたな。思った以上に古い物なのかも……。
なんにせよ、ありがとう、すずちゃん。おかげで暗い道も安心だったよ。
心の中で感謝しながら、懐中電灯のスイッチを切った。




