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冷たい雨が降っていた。
母を手伝って、昼食の準備を進める。
「恵美子さん、友香里ちゃん、お手間を掛けさせてすみませんね」
私の勤め先の社長であり、父の兄である紘一伯父さん。
週末になるとたまに来ては、父と談笑をして過ごす。
「天気が良ければ釣りに行く予定だったんだけど、生憎の天気だからな」
恨めしそうに窓の外を眺めている。
「釣りなんて金がかかる趣味のどこが楽しいんだよ。俺ならそんな死んだ金の使い方はしないな」
昔から、父と伯父さんは意見が食い違う。
「趣味は趣味だよ。楽しければそれでいいんだ。俺には楽しみを我慢して、他人に金を預けて増えたの減ったの言っている奴の気が知れないよ」
辛辣だけど、この会話はいつもの事で、2人の表情は明るい。
「友香里ちゃんは欲を出して無茶な投資なんてしたら駄目だぞ。きっと痛い目見て後悔するからな」
「兄さん、俺の娘だぞ。友香里には信頼できる投資会社の見極め方を教えているから、まず問題ない」
昼から飲む2人に瓶ビールとグラスを運ぶ。
居間でくつろぎながら、いつものように乾杯が始まった。
母の作った料理を、私は何度も往復してテーブルに運んだ。
「いいから友香里も座りなさい」
母と自分の飲み物を持って、ようやく腰を据えることができた。
「実は先日、柴崎さんから投資商品のお話を聞いたの」
思い切って言ってみた。3人ともすごく驚いていて、思わず笑ってしまった。
「別に契約をしたわけじゃないよ。ただ、話を聞いただけ。社会勉強ってお父さんだって言ってたじゃない?」
「そりゃ言ったが、友香里も興味を持つとは正直思っていなくて。親としては嬉しいよ」
「それで、友香里ちゃんはどう思ったんだい?」
「私は……リスクを許容出来るなら、冒険をしてみるのもありかなって思いました。ただ、10万円は私の許容できる範囲を超えているような気もして迷っています」
正直な気持ちを述べた。だって、お金が返ってこないのはやっぱり嫌だから。
「どんな投資商品なんだい?」
伯父さんが初めて興味を示した。これまで父に内容を聞いた事なんて一度もないはずだ。
私は柴崎さんから聞いた話を思い出しながら、ゆっくりと説明した。
父は『うん、うん』と頷きながら、私の言葉に耳を傾けていた。
「概要は分かった。その上で、いくつか質問してもいいかな?」
「私にですか?」
「友香里ちゃんが答えられなければ、光二と協力して答えてもらって構わない」
父が私の目を見て深く頷いた。なんだかテストされてるみたいで緊張する。
「その投資が集まり過ぎたらどうなるのかな?例えば、そのオイル会社が期待していた以上の金額が集まりそうになった場合、どこで打ち切るのだろうか?」
「それは……私にはちょっと……」
お父さんを見ると、『待ってました』と言わんばかりのどや顔をしていた。
「投資枠に上限を設けている。だから、一定の人数が集まればその時点で募集は終了する」
「それでは、解約の規定はどうなっているのかな?いつでも現金を返してもらえるのか?」
これは、私も聞いていたから答えられる。
「契約後5年間は解約は出来ません。6年目以降はいつでも解約が出来ます。元本は保証されませんが」
「では、友香里ちゃんが勧められた商品はまだ募集人数に達してないということになるな。しかも『解約が出来ない』のだから、今、その投資額はどんどん膨れ上がっているはずだ。なのにその投資は未だその『枠』が満たされていないということで合っているよね?」
「……そうなると思います」
自分の回答に自信が無くなり、父を見たけど、少し酔っているのか笑顔で頷いていただけだった。
「友香里ちゃん、私は小さいとは言え、インフラ整備の建設会社を経営している実業家だ。君のお父さんのような投資家とは違う目線で世の中を見ているから、一言言わせてもらいたい。会社にはまとまった資金が必要な時というのはあるが、それは設備投資や新たな開発に莫大な資金がかかる時にやむを得ずだ。日常的な経営を回すのにこんな資金調達はしない。それは『君たち投資家に還元する配当が足枷になる』からだ。こんな資金調達をしていては会社が成長しないんだ」
もう伯父さんは父の方は見ていない。
私だけを見て、伯父さんは厳しい顔で言った。
「友香里ちゃん、お金と言うのは基本的に労働の対価なんだ。『儲け話』には裏がある。うまい話ほど気を付けるんだぞ」
「はい」
伯父さんの言うことはもっともだと思う。
だとすると、柴崎さん達が売っている投資商品って何なんだろう。
誰かが得して、誰かが損をしているの?
「そんなに疑うなら、黒瀬さんを呼び出せばいいだろ」
酔っぱらった父が携帯から電話をかけている。
まさか……黒瀬さんがここに来るの……?
1時間後、バシッと決まったスーツ姿で黒瀬さんは現れた。
黒瀬さんを前にすると、私は動悸が激しくなり、同時に目が離せない。
美しい所作で伯父と挨拶し名刺交換を済ませる様子を、失礼になると分かりつつも、凝視してしまった。
「いや。休みの日に急に呼び出して申し訳ないね。兄がおたくの商品にいちゃもんを付けてくるから、言い返してやってくれないか」
お酒は抜けているようだったが、父は伯父への不快感を隠さなかった。
「問題ございません。投資商品と言うのは理解されにくいものですから」
黒瀬さんは流れるような手つきでパソコンを開き、画面をこちらに向けた。
そして何も見ないままに、商品概要を説明し出した。
伯父は最後まで聞いて、静かに言った。
「先ほど友香里ちゃんから伺った話と相違は無いようです。ところで、この『枠』は現状何パーセントくらい埋まっているのですか?」
「具体的な数字は非公開となっております」
「おかしいですね。資金調達には『目標』が必要ですが、それを隠す必要はありますか?」
「カタールのオイルカンパニーの意向です。当社はクライアントの情報を勝手に流すわけにはいきませんので、ご了承ください」
ピリピリとした空気に全身に鳥肌が立つ。
「5年間は解約が出来ないとのことですが、中途解約は本当に出来ないのですか?」
「出来ないわけではないです。相当な元本割れをしますが、実際、解約される方はいらっしゃいます。その際『枠』は解約された方の分が復活しますので、今、営業をかけているのは、その空いた分と思っていただければよろしいかと思います」
凛とした態度で伯父と向き合う黒瀬さんに危うさを感じた。




