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ベッドからすり抜けて、シャワーに向かう。
フローリングに落ちている賢也のシャツと自分の下着を拾いながら、さっきまでの事を思い出している。
明け方に帰ってきた賢也は少し不機嫌そうだった。
お酒を飲んでいたと思う。
いつもよりちょっぴり強引だった。
熱いシャワーをさっと浴びて、新しい下着をつけ、またベッドに潜り込む。
ぐっすりと眠るこの人の寝顔が好き。
昔から自分勝手で、掴みどころがない、不思議な人。
とりあえず後2時間、出勤までは眠りたい。
広くはないけれど、内装にこだわった働きやすい環境。
代表取締役副社長 東まど香
賢也と立ち上げた創立7年目のベンチャー企業は、今年勝負を迎える。
カタール・エナジー・アセット・マネジメント株式会社
オイルマネーに投資したいアジア人向けに商品を売ってきた。
「東さん、おはようございます!」
最近、賢也が見つけてきた新人。
「柴崎くんはいつも元気だね。でも……なんか良いことあったでしょ?」
こう言う時、女の勘って本当にあるんだなって実感してしまう。
「いえ!無いです!何も無いです!」
「そうやってムキになって否定するところが怪しい。彼女できた?図星でしょ?」
「やめてくださいってば!そんなんじゃないです!」
顔を赤くして、それを必死で隠そうとしている姿に胸がきゅんとなって余計にいじめたくなってくる。
「どんな子なの?真面目な子でしょ?私が女心をアドバイスしてあげてもいいんだよ?」
「え……」
「もぉ!何その反応。柴崎くん可愛いんですけどー!」
デスクの前で騒いでいたら、むすっとした賢也が出勤してきた。
「その辺にしとけよ」
あんまり寝てないくせに、身なりは完璧だ。
「黒瀬さん、違いますから!昨日のあれ、デートとかじゃないですから!」
「分かってるよ」
冷たく言い放ち、賢也はコーヒーメーカーに向かった。
なんだ……柴崎くん、デートしたんだ……
からかってたつもりだけど、なんだかちょっとショックだった。
ピュアな柴崎くんがお気に入りだったのにな。
残念に思いながら、自分のデスクに着いて、パソコンを開く。
スタッフに上げさせている日報を確認し、新規の契約額を算出する。
「黒瀬、後で会議室いい?」
そう賢也に声を掛けて私もコーヒーを取りに行った。
お互いに二杯目のブラックコーヒーを持って、会議室に入る。
会議室と言っても、4名しか座れない小さなスペースだ。
「黒瀬の『残り一枠』作戦が有効みたい。昨日は中国と日本で計2件の受注報告があったわ」
私は会社では賢也を黒瀬と呼ぶ。
「これで合計は150名で合ってるか?」
「そうね。目標の200名まであと残り4分の1、気を引き締めていかないとね」
これまで売って来た商品は数万円から、高くても百万円を少し超える程度のものだった。
ここにきて一千万円の商品を売り出し、果たして契約が取れるのか不安はあったけど、これまでコツコツと関係を築いてきたかつてのお客様たちが、予想以上に良い反応を見せてくれた。
「まど香、悪いんだけど、俺、明日韓国行くわ」
賢也は私をオフィスでもまど香と呼ぶ。
私達は付き合っているわけではない。
ただ、気が合うし、肌も合うみたいだから、一緒にいるだけ。
「リクルート?」
「そんなとこ」
言葉の少ないこの男とコミュニケーションなんて取れない。
だけど、必要以上に干渉しない点が、居心地がいい理由なんだろう。
「柴崎くんのデート相手って誰か聞いてもいい?」
「御園様のお嬢さん」
そう言った賢也の眉毛が歪んでいる。
やっぱり今日は機嫌が悪いんだ。二日酔いか?
「お父様の前でナンパでもしたの?」
「知らねえよ」
賢也は飲みかけのコーヒーを置きっぱなしにして、会議室を出て行った。
一人で残って仕事を進める。
ここを立ち上げたのは賢也と私が18歳の時。
賢也は高校を中退して、世界中を旅して回っているようだった。
母親同士が仲良しで、私たちは幼少の頃から度々会う機会があった。
「なあ、一緒に会社やらないか?」
そう言われたのは、私が大学に入ってすぐの頃だった。
経営学を学んで、いつかは起業をしようと思っていたけど、まさか在学中にそんな声がかかるなんて思ってもいなかった。
「何の会社?」
「投資。海外の知り合いが金集めて欲しいって。ビジネスして増やして返す」
「まさか、詐欺じゃないでしょうね。そんな危ない話には乗れない。そもそも私には元手なんて無いから。誘う相手を間違えたわね」
「軍資金は要らねえよ」
「じゃ、どうやって始めるって言うの?」
「俺らの会社に投資してもらえばいいだけだろ?出資者を見つけてくる。それが出来なきゃ、諦めるしかない」
そんなこと出来るわけない。
と思っていたのに、数週間後、賢也は会社概要をまとめて、再び私の元にやって来た。
「登記に行こうぜ」
初めて法務局に行った時の事は忘れられない。
6万円の印紙を折半で購入し、あっさりと受理された書類の手続きによって、私達のベンチャー企業は誕生した。
「いくら集めたの?」
「とりあえず200万」
どうやったかは知らないけど、賢也はその手の才能があるようだった。
それから4年間は、商品企画も営業もリクルートも賢也が一人で頑張った。
私も手伝う気でいたけど、『卒業が最優先』と賢也が言い張り、何もさせてもらえなかった。
そして無事大学を卒業し、3年前から、私は晴れて名実ともに代表取締役副社長として経営に携わっている。




