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ひんやりとした室内には、横に長い大きなテーブルがあった。
受験生やフリーでお仕事をされていそうな方がたくさんいる。
私と柴崎さんは並んで席を取った。
「どちらにしますか?」
読み込まれた参考書が二冊、テーブルに乗った。
「柴崎さんはどちらを?」
「お気遣いをどうも。では、自分はこっちを」
そう言って分厚い方のテキストを手に取られた。
残った方のテキストを開いてみる。
至る所に線やメモ書きがあり、ところどころに付箋が貼られている。
私は『はじめに』から順を追って読み進めた。
投資の仕組みはなんとなく知っている。
出資者から集めた資金を運用して、利益が出れば分配する。
利益が出なければ何ももらえないし、それどころか元手は返ってこないこともある。
問題は、『どこに出資をするのか』という点だ。
『株』『先物』『現物』『不動産』など、リスクとリターンのバランスはそれぞれだ。
頭が熱くなってきたので、一旦、本から目を放し顔を上げた。
「……!」
驚いて、一瞬大きく息を吸い込んだ。
急に心臓が苦しくなって、身動きが取れなくなる。
(こんにちは)
声にならない声で挨拶をされ、黒瀬さんは小さく会釈をした。
条件反射で同じ動作を真似た。
だめ……この瞳に捕まると私は痺れたように全身がソワソワと疼きだす。
痛くはない。
嫌な感じでもない。
ただ、これまで感じたことのない違和感。
「あ、黒瀬さん」
隣で柴崎さんは小さく言って、それに軽く手を上げて黒瀬さんが応えた。
各々手元の書籍に目を落とす。
黒瀬さんの視線から解放され、私もようやく呼吸を取り戻した。
文字を眺めているのに、目が滑って意味が頭に入ってこなかった。
どうしても視界に入ってしまう、黒瀬さんの指がページを捲るたびに気になって仕方がなかった。
十九時を少し過ぎたころ、柴崎さんが私の耳元で囁いた。
「今日はこの辺にしませんか?」
正直、『そのお言葉、待ってました』と言いたかった。
お借りしていたテキストをお返しし、柴崎さんと席を立つと、黒瀬さんも同時に立ち上がった。
黙って自動ドアに向かう。
まさか……
この後もご一緒するのだろうかと思い、帰る口実を探し始める。
真っ暗になった十月の夜は、少し風が冷たくて、熱くなった頭を冷ましてくれた。
「お邪魔してすみませんでした」
無表情の黒瀬さんが、気付くとすぐ近くに立っていた。
「いえ……」
「では、私はここで失礼します。お父様によろしくお伝えください」
そう言い残し、黒瀬さんは一人で駅に向かわれた。
「驚きましたか?」
柴崎さんが優しい笑みを浮かべて私を見ている。
「黒瀬さんもここをよく利用されるみたいで、前にも会ったことがあります」
「そうなんですね」
2人だけと思っていた私たちの待ち合わせが、まさか3人だったのでは、と慌ててしまったことに恥ずかしさを覚える。
「この後も大丈夫ですか?今日の感想を言い合いましょう」
「はい」
柴崎さんが先導してくださって、私たちは炭火の焙り焼きが売りの居酒屋に入った。
「あまりお洒落な店じゃなくてすみません」
口元を隠しながら小声でしゃべる柴崎さんが面白い。
「充分、お洒落だと思います」
私もつられてひそひそ声になる。
またしても私たちは大テーブルの端に並んで座り、目の前に炭の入った七輪が置かれた。
「友香里さん、お飲み物は?」
「カシスオレンジをお願いします」
柴崎さんは瞬く間に注文を済ませ、私たちの前は美味しそうなお皿で埋め尽くされた。
「それでは、焼いてる時間を使って感想を言い合いましょう。まずは私から……」
イカと茄子を七輪に乗せてから、柴崎さんはさっきの本を片手に熱弁を始めた。
「定額で決まった配当が分配される仕組みがあります。これのいいところは定期的に決まった金額が受け取れるので、計画性を持って使い道を決められる点です。例えばお小遣いみたいな感覚で、今月は美味しいものを食べようとか、どこかに遊びに行こうとか、毎月入ってくると分かっているから、安心して使えて嬉しいですよね」
「そうですね。お小遣いみたいって発想はいいですね」
「一方で、利益が出てもすぐに受け取らず、それを投資の元本に加えて運用をする『複利』というシステムがあります」
「複利効果って聞いたことがあります」
「こちらのいい点は、ちょこちょこ利益を受け取らなかった代わりに、元本が膨らんでより大きなリターンが得られる可能性が高くなるという点にあります。複利は時間を味方につける投資方法で、長時間預けられるのであれば、勝率は高いと言われています」
七輪の網に乗っている物をひっくり返し、焼けていそうな物は小皿によそった。
「毎月もらえた方が私は嬉しい気がします」
シシャモとししとうを乗せて、柴崎さんの話の続きを聞いた。
「自分も同じ意見です。何年も待って、結局『あんまり増えませんでした』では、投資の旨味が無い気がするんです。先日、御園様にご契約いただいたプランは、ご契約後2年間はリターンはないですが、3年目からは一定の分配が始まるようになっています。油田の開発には時間もお金もかかりますので、そういう仕組みを取らざるを得ませんが、最終的には権利を売らずに定期的に収入を得られるのは、長い目で見るといいシステムだと思いませんか?」
「思います。よくある仕組みなんですか?」
「お恥ずかしい話ですが、自分はまだ転職したばかりで、業界のことは詳しくないんです。でも弊社の商品設計は黒瀬さんが主軸になって作られてるみたいだし、僕もいつか黒瀬さんみたいに自分で考えた商品を売りたいなと……あ、一人で盛り上がってすみません」
「ふふふ。転職して天職に就いたんですね。楽しそうでいいですね」
柴崎さんがあまりにも嬉しそうに話すので、私もその夢を応援したくなっていた。




