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惚れた弱みにご用心  作者: あおあん


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3/11

『御園インフラテック株式会社』


私が勤める、中小企業の建設会社だ。


テレビで見たことがある『昭和』な雰囲気が充満している。


四角いグレーのデスクに、紺色のタイトスカートとチェックのベストの制服を着て座る。


「おはよう、友香里ちゃん」


「伯父さん、おはようございます」


父の兄に当たる、紘一伯父さん。


就活に失敗した私に働き先を提供してくれた、子どもの頃から大好きな伯父さんだ。


「土曜に寿司屋に行ったって?昨日、大将と釣りに行ったら、えらいイイ男を二人も携えてやってきたって鼻息を荒くしていたぞ」


伯父さんと大将は幼少の頃からの幼馴染と聞いている。


「携えてって……そんなんじゃ……お父さんの投資先の会社の方達で、一緒にお食事をってお父さんが誘ったんです」


「光二はまたそんな怪しい投資話に首を突っ込んでるのか。全く……友香里ちゃん、お金と言うのは労働の対価であるべきだ。汗水流さずして、そんな『儲け話』に乗っかっているといつか痛い目を見るぞ。君のお父さんをあまり見習わないでくれ」


父と伯父は、見た目はよく似ているが、考え方がまるで違う。


「私も、きちんと働いて対価をいただきたいと思っています」


そう言いながら、一昨日の柴崎さんの話を思い出していた。


ブラック企業で身体を壊してでも得る対価と、勉強して投資で得る利益。


どちらが正しいとかはないのではないか……


そもそもあのお二人だって、汗水は流していなくても真面目に働いておられるように見えたし、働き方は様々なのでは……


「そうだった」


柴崎さんに連絡をしなくてはと思い、名刺とスマホをデスクに並べる。


「勉強会だもんね……図書館だし、それぞれに本を読むだけ……」


男性と二人きりで会ったことなんてないから、これが普通にあることなのか分からない。


もしこの誘いが黒瀬さんなら迷うこともないと思う。


緊張するし、きっと上手くしゃべれないから、そもそも行かない。


でも柴崎さんなら気まずい思いはしなくて済みそうだし、私のどこか抑えきれない好奇心を満たしたくて心が傾いているのが分かる。


「よし」


覚悟を決めた。


『こんにちは。御園友香里です。勉強会ですが、柴崎さんのご都合のよろしい日はいつですか?私は平日17時半以降でしたらいつでも大丈夫です』


こんな感じかな。


送ってしまえばすっきりした気分だった。


スマホを鞄に入れ、パソコンのスイッチを入れる。


「友香里ちゃん、おはよう」


次々と社員が出勤してくる。


ここは勤続年数の長いベテランの方ばかり。


私の他に五名の事務員がいるけど、二十代も、未婚も私だけ。


ピンコーン


鞄の中からくぐもった音が聞こえてきた。


しまった……音を切ってなかったかも……


慌てて携帯を拾い上げて、トイレに駆け込んだ。


『では、早速ですが今日はどうですか?最寄り駅の北改札でお待ちしています』


即行動が出来る人、仕事が出来るってこういう人のことを指すのだろう。


『分かりました。よろしくお願いします』


あっけなく約束が成立し、驚いた反面、なんだか浮き浮きしてきた。


「あら、友香里ちゃん、デートの約束?」


五十代の山田さんに冷やかされる。


「そんなんじゃないです……けど……」


「大丈夫よ。社長には内緒にしておいてあげるから。若いんだから、たくさん遊ぶといいのよ」


遊びじゃなくて、勉強会ですって言おうかと思ったけどやめた。


忘れないうちに母にも連絡を入れておく。


『今日は夕飯いりません』


マナーモードにした事を確認して、仕事を始めた。






時間ちょうどに北改札のパン屋の前で待った。


仕事終わりの人達が改札に流れ込んでいくけど、まだ働いてる人も多い時間だよね。


うちの会社も事務員は定時で上がるけど、現場はもちろん管理職や営業職の人達はまだ仕事中なのに……


「お待たせしました」


スーツを着こなした柴崎さんに声を掛けられた。


靴も鞄もピカピカだ。


「もうお仕事終わられたんですか?」


「ええ」


不思議そうにこちらを見ている。


あ……『真面目に働いてるんですか?』って意味に取られたらどうしよう。


「行きましょうか」


私の心配をよそに、柴崎さんはそう言って県立の図書館の方を指さした。


「あの……私、何も準備してなくて……本屋に寄ってもいいですか?」


これから勉強会なのに、テキストを持ってないことを今になって気付いた。


「今日は僕のを貸します。いろんな本が出ているので、実際に手に取ってみるといいですよ。何冊か見ると自分の好みが分かってくるので、次までにお気に入りを見つけておいてください」


「ありがとうございます。柴崎さんはいつも持ち歩いてるんですか?」


「あ。バレちゃいました?前職の知識が全く生きないんで、必死で勉強してます。黒瀬さんは何でも教えてくれるんですけど、自分も早く会社の戦力になれたらいいなと……目下、努力中です」


不意に出てきた『黒瀬』という響きに身体が反応した。


一瞬歩幅がおかしくなって、柴崎さんに肩がぶつかってしまった。


「大丈夫ですか?」


背中に回された手が熱い。


「だ、大丈夫です」


早足で二歩進んで、柴崎さんの手から逃れた。


心臓が早く動いて、いつもより呼吸が浅くて早い。


知られたくない。


私が男の人に不慣れなことを。


柴崎さんの一挙手一投足にどぎまぎしていることを。


「ここにはよく来られるんですか?」


「はい。コーヒーショップもいいんですけど、やっぱり図書館の方が静かだし、集中したいときはここを選びます」


私ばかり変な意識をして恥ずかしくなってくる。


柴崎さんは貴重なご自身の時間に私を誘ってくださったのに……


制御の効かなくなった心臓を抱えて、自動ドアをくぐり抜けた。




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