第27話 友香里・15
定時に退社し、駅に向かう途中で立ち止まる。
スマホを片手に、黒瀬さんの名刺を取り出す。
喉が乾くので、自動販売機で温かい緑茶を買った。
何度も打ち間違えながら、ようやく番号をタップした。
RRRR……
呼び出し音は鳴るが、応答がない。
一旦、電話を切ると、足の力が抜けて、その場にしゃがみ込んでしまった。
「なにしてんだろ……」
話したいような、話したくないような、自分の気持ちも把握できずに落ち込む。
こんなところでしゃがんでてもいけないと思い、立ち上がると、手の中でスマホが震えた。
「柴崎さん?」
タップして応答すると、慌てふためいている柴崎さんの声が聞こえてきた。
「友香里さん!あ、あの……黒瀬さんが……入院したって……!」
「入院ですか?」
ドッキンと大きく心臓が跳ね、呼吸が徐々に苦しくなってくる。
「はい!今から向かうんですけど、一緒に行きますか?」
病院の最寄り駅で柴崎さんと落ち合った。
「あ、あの、黒瀬さんはなぜ入院を?」
押し黙って歩く柴崎さんに問いかける。
「僕にもよく分からないんです。友香里さんの会社を出てから、数件ほど、キャンセルのお願いをして回って、帰社したら、同僚から『警察から電話があって、黒瀬さんが入院したから東さんが向かった』と聞かされて……」
「警察から電話?事故にあわれたんですか?」
「分かりません。だからそれを確認しに行こうと……」
柴崎さんの足が止まる。
「大丈夫ですか?」
真っ青になった顔で、目をぎゅっと瞑っている。
「嫌な予感がするんです。昨日、東さんも様子が変だったんです。カタールで何かあったんじゃないかって……僕の勘違いならいいんですけど……こんな事に友香里さんを付き合わせて申し訳ありません……でも、一人じゃ怖くて……」
そっと柴崎さんの左手を両手で包み込んだ。
「私の事は気にしないでください。さ、一緒に行きましょう」
足取りが重い柴崎さんの背中を押しながら病院へ向かった。
きっと柴崎さんは私が想像している以上にお辛かったんだと思う。
突然の契約破棄は確かに驚いたけど、柴崎さんはそれを東さんから言い渡されたんだもの……。
慕っている相手の異変に、柴崎さんが悩まないはずがない。
「あ」
病院の自動ドアから東さんが出ていらした。
柴崎さんの背中をトントンと叩いて知らせる。
「東さん……」
駆け寄ろうとした柴崎さんの足が止まった。
東さんの後ろから、大柄な男性が二名並んで出てきた。
神妙な面持ちで立ち話をする三人に、容易に近付ける雰囲気ではない。
「行きましょう」
柴崎さんのコートの袖を掴んで、強引に歩いた。
怯んじゃだめだ。
私は部外者だけど、柴崎さんはそうじゃない。
東さんのことも黒瀬さんのことも、心配の種を取り除くお手伝いがしたい。
「こんばんは」
私の声掛けに、東さんがはっと振り向いた。
「え……何してるの?」
東さんは柴崎さんの方だけ見て言った。
「会社で……黒瀬さんが入院したって聞いて……」
威圧感たっぷりの男性が、私たちの事をジロジロと見てくる。
「お知り合いですか?」
「ええ。こちらは社員の柴崎で、こちらの方はクライアントの御園様です」
東さんが手をかざしながら紹介してくださった。
「新品川警察署の工藤です」
「同じく北村です」
二人の胸ポケットから警察手帳が提示された。
「お見舞いに来られたんですか?」
世間話のように聞こえるが、その目は鋭く、まるで悪いことでもしているかのような気分になった。
「黒瀬さんは?」
柴崎さんは北村刑事の問いを無視して、東さんに向き直った。
「行っても会えないよ。意識不明の重体……」
まさかの事態に、息が止まる。
「どうしてそうなったんですか?」
柴崎さんの責めるような口調に、空気が張りつめた。
「刑事さん、言ってもいいでしょうか?」
「はい。先ほどまでお話ししていた事実については共有していただいて結構です。ただ、憶測を挟んだり、尾ひれ背びれが付いて話がどんどん大袈裟になっていかないよう気を付けてくださいね」
そう忠告し、刑事は去った。
「ちょっと、こっちで話しましょう」
病院のロビーの待合椅子に腰掛ける。
東さんは憔悴しきっていて、目に精気をまるで感じられない。
「不法投棄されている瓦礫の山に捨てられてたんですって」
東さんの言葉に耳を疑う。
「嘘だろ……」
「うん。そう思いたいのは私も一緒。今朝、不法投棄に来たトラックの運転手に発見された時は、死にかけてたらしいの……今は一命を取り留めているけど、いつどうなるか予断を許さない状態だって……」
「どうして……黒瀬さんなんですか?」
「所持品がないから物取りの犯行かも知れないし、仕事柄、怨恨もあるだろうって、警察は言っていた。可能性は低いけど、自殺の線もなくもないだろうって……」
「まさか!」
柴崎さんが大きな声を出した。
「私だってそんなはずないって分かってるよ。私はただ、警察はそう見てるって話をしてるだけ」
「すみません、つい……東さん、何が起きているのか教えてもらえませんか?僕なんかじゃなんの役にも立たないかもしれませんが、知りたいんです」
柴崎さんの必死の訴えに、東さんはそっと涙を流した。
「そうね。私もいつ黒瀬のようになるか分からない。あなた達に危険が及ぶことはないとは思うけど……いい?これから私の言うことは、私の懺悔であって、あなた達に何か行動を起こして欲しいというお願いじゃないの。どうか、あなた達、特に、柴崎くんは、この先、誰に何を聞かれても、『知らなかった』を通してちょうだい」
東さんの声は低く、掠れていて、これからどんな話をし出すのか怖くてたまらなかった。
「ポンジスキームって知ってる?」




