第28話 友香里・16
「え?もう一度言っていただけますか?」
聞きなれない言葉だったので、思わず聞き返した。
「ポンジスキーム、詐欺の一種ですよ」
柴崎さんから沈んだ声での返答があり、言葉を失った……詐欺……って言った?
「そんな……嘘ですよね?私たちを騙してたんですか?」
東さんは私の目をしっかりと見つめたまま、ゆっくりと頷いた。
「黒瀬さんは……ご存じなんですか?」
父や伯父も居たあの家で、あんなに堂々と嘘を吐いていたなんて信じられない。
「知ってるも何も、そもそも賢也の提案で始まった話なのよ」
鼻で笑うように、東さんから放たれた『賢也』というファーストネームに不快感を覚え、ぶるっと体が震えた。
私の隣で同じように少し震えている柴崎さんの心中を察する。
東さんのことは女性として、黒瀬さんのことは上司として、慕い、憧れていたことを知っているから。
「いつから騙してたんですか?」
柴崎さんの瞳には怒りとも絶望とも取れない、不思議な暗い色が浮かんでいる。
「最初から。会社はその為に立ち上げたのだし、あなたを引き抜いてきたのだって、賢也が使いやすそうだと判断したからに過ぎないわ」
悪びれる様子もないけど、投げやりでもない、足を組み、宙を見つめながら淡々と話す東さんの考えている事が分からない。
「この事、僕たちにしゃべって大丈夫なんですか?」
柴崎さんが立ち上がり、東さんの前でしゃがみ込んだ。
そして、東さんの両手を包み込むようにして握り「しっかりしてください」と言った。
東さんの目から止まっていた涙が再び流れ出す。
「もうお終いよ……賢也は溜めていたお金を本当にカタールに送ってしまったから……もうお金がないの。赤字倒産の手続きに入りたいけど、賢也は……あんな……だし……」
柴崎さんが東さんの頭をそっと抱え、慰めている。
「それに……たぶん……賢也は、王と金にやられたんだと思うの……」
柴崎さんがはっとし、私を見て「中国と韓国の系列会社です」と言った。
「次は……私だわ……」
東さんの嗚咽が、がらんとした待合室にこだました。
落ち着いた東さんと柴崎さんはタクシーに乗って行ってしまった。
私は一人、駅に向かう。
知ってしまった真実を直視するのが怖い。
これから黒瀬さんはどうなってしまうのだろうか。
目を覚まして活動を再開するの?自首?また命を狙われるようなことに……非現実的な想像に、頭がパンク寸前だ。
私は自分の家の駅の一つ手前で降りた。
何度も通ったことのある曲がりくねった路を、迷わずに進む。
(ピンポーン)
チャイムを鳴らすと、「はい、あれ?友香里ちゃん?」そう言っておばちゃんがロックを解除してくれた。
「こんばんは。突然、すみません」
玄関で出迎えてくれた、母よりもふっくらとした、伯母に挨拶をした。
いつもエプロン姿で、どんぐり目と、茶色くカールした髪が可愛らしい印象の人だ。
「おお、友香里ちゃん、急にどうした?」
奥のリビングから伯父さんが出てきてくれた。
「もうご帰宅されてたんですね」
「ああ、今さっき帰ってきたところだ。一緒に夕飯にしよう」
御園 紘一 (みその こういち)
御園インフラテック株式会社 代表取締役社長
私の父の兄に当たる。
子どものいない伯父さん夫婦は、小さいときから私の第二の両親のような存在だ。
「久しぶりね、会えてうれしいわ」
伯母さんは料理が上手で、今日も手の込んだ和食が何品も並べられていた。
「いや。今日はそんなのん気な話じゃないよな?」
怖い顔で伯父さんが私を見ている。
会社の同僚に投資話を勧めてしまった。
そして、それが詐欺だったと私は知った。
今朝、契約を白紙に戻したことに不満を抱いた同僚を、『これは君達にとって不幸中の幸いだと思って諦めなさい』と一蹴してくれた事を、今では感謝している。
「伯父さんは、あれが詐欺だって知ってたんですか?」
「あ?」
少し間の抜けた顔で、伯父さんが白米を頬張っている。
「ポンジスキームだったんです」
伯父さんが箸に持った里芋を落っことし、目を見開いた。
「友香里……」
「詳しいことは話せませんが、あの会社はポンジスキームっていう詐欺を働いているみたいで……」
馴染みのある部屋で、伯父さん伯母さんの温かい空気に触れた途端、胸の奥で固まっていた何かが、音を立てて崩れた。
私は胸につかえていた不安と、怒りと、疑問と、悲しみとがないまぜになった感情を吐露せずにはいられなかった。
「伯父さん、どうしたらいいと思いますか?私……違うんです、そうじゃないんです……」
混乱して、まともな事がしゃべれない。
「黒瀬さんは悪い人じゃないと思うんです。きっと何か事情があったはずなんです……だから、お金を送って……殺されかけて……」
気が付くと涙の粒がいくつも落ちていて、なのに、私はテーブルに身を乗りだし、伯父さんに縋るように話を続けていた。
ビックリした伯母さんが、私にタオルを差し出してくれる。
「伯父さん、教えてください。どうしたらいいですか?どうしたらやり直せますか?私は、どうやったら黒瀬さんの助けになれますか?」
タオルに顔を埋めて、声を上げて泣いた。
こんなの人に聞くことじゃないかもしれない。
だけど、他に思い浮かばなかった。
誰かに助言をもらいたかった。
一人じゃ何もできないから。
「友香里ちゃん、話をゆっくりと、最初から聞かせてくれるか?力になれるかは分からないけれど、君が問題ごとに巻き込まれていないか心配でならない」
私は、伯父さんに私の知る全てのことを話した。




