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惚れた弱みにご用心  作者: あおあん


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第25話 まど香・12

月曜の朝、カタールのお土産を持って出勤した。


会社の共有カレンダーによると、柴崎くんは『直行』となっていた。


昨日の気まずい空気に耐えられそうになかったから、不在にしてくれてるのは有難い。


と同時に、『契約を白紙に戻す』などと、前代未聞の業務命令をしたことに辟易としてくる。


「東さん、黒瀬さんは来られないんですか?」


それは……正直、私が知りたい。


賢也は昨夜、帰ってこなかった。


電話は繋がらないし、メッセージには既読が付かない。


寝ている間に帰ってくるだろうと、先に就寝したが、朝になってもいなかったので、心配になってくる。


「ごめんなさい、私も知らないの……それと、皆に話があるんだけど……」


新規の契約を取ってこないように言うべきか迷う。


でも柴崎くんに出した指示と、他の社員への対応にズレがあってはいけない。


一斉に手元の作業を止め、全員がこちらを向いた。


総勢18名。


決して大きくはない組織だけど、統制の取れたいいチームだと思う。


「カタールの詳細は、改めて黒瀬からお話があると思うけど、先に、大事な要点をお知らせします」


しゃべり出しの勢いは弱まり、徐々に詰まってくるように感じる喉に手を当てた。


心臓が大きく打って、指先が冷えて小刻みに震えた。


「しばらく新規の受注を控えてください」


自分の声が遠くから小さく聞こえてくるようだった。


皆、隣の者たち同士、ひそひそと会話を交わす。


何か言わなくては……


あまりにも説明が足りていない実感はあるのだけど、頭が真っ白で言葉が出てこない。


「あの……じゃ、俺たち、何すればいいんですか?」


創業当初から支えてくれている、一番年長の小林さんから声が上がった。


確か、今年40歳になる。


入社当時に生まれたお子さんが、小学生になるはずだ。


丸みを帯びた人の良さそうな目が、動揺で僅かに揺れていた。


「既存の顧客フォローを中心に挨拶周りをお願いします。今までのプランは全て満員御礼となり新規は受け付けられませんが、新しい投資商品のプランを練っていますので、リリースの目途が立ち次第、皆さんにはお知らせします」


長年やってきたからだろう。


口から出まかせを言うのに慣れてしまっている。


そんな自分を嫌悪するが、今さらどうにもできない。


「では、業績がやばいとかではないんですね?会社が潰れるとかもありませんよね?」


皆の不安を、小林さんが勇気を持って代弁してくれている。


皆に、どう見えてるか不安ではあるけど、どうか私が感じている恐怖は顔に出ていませんように。


平然と、淡々と、業務指示を出している副社長に見えていますように。


「そんなことではありませんので、安心してください」


一斉に皆の緊張の糸が解けたようで、社員はまた各々のデスクに戻り作業を始めた。


私だけが身体を強張らせ、うまく息が出来なかった。






さすがに私も精神的に参っている。


賢也に会いたい。会って、話がしたいのに。


カタールで初めて賢也は自分の事を語ってくれた。


ようやく意思疎通が上手くいって、同じ方向を見て歩めそうだったのに。


行き先を告げずに姿をくらました賢也への心配は怒りに変わりつつあった。


「東さん、外線1番、警察からお電話です」


一瞬で口が乾いた。


……いったい何?


オフィスの窓から綺麗な夕焼けが差し込んでいた。


椅子を反転させ、窓の外を眺めながら受話器を取る。


「お電話代わりました、東です」


ざわざわと騒がしい背後が想像できる電話の向こう側から、野太い声の男性が言った。


「新品川警察署の工藤といいます。東まど香さんでお間違いないですか?」


『警察署』という響きに、どうしたって心臓が跳ね上がる。


「はい。そうですが……」


「黒瀬という男性をご存じですか?」


「はい。弊社の代表です。彼が何か?」


「実は、まだ事件か事故か調べが終わってないんですがね」


ドキドキと自分の鼓動がうるさい。ぐっと受話器を耳に押し当てる。


「先ほど黒瀬さんが病院に運ばれましてね」


「えっ!」


大きな声を出して、その場で立ち上がる。


社員が驚いて、私の様子を伺っているのが分かった。


軽く左手を上げ『問題ない』とアピールしてから、受話器と口を手で覆い声をひそめた。


「黒瀬はどこにいるんですか?」


受話器が手の中で汗ばむ。


「新品川病院です。所持品からあなたの名刺が出てきましてね。他に身元が分かる物がなかったものですから、驚かせてすみませんね」


「いいえ……」


どんな様子なのか気になるけど、何から聞いたらいいのか分からない。


頭が混乱して、無言になってしまった。


「様態があまりよくなくてですね。一命は取り留めていますが、意識不明の重体です。ご家族の連絡先をご存じないですか?」


頭を鉄で殴られたような衝撃を受けた。


「え……と……」


「驚かれましたよね。可能でしたら、これから新品川病院にご足労いただけませんか?被害者についての情報がないとこちらもいろいろ手続きが進まなくてですね。ご協力いただけると助かるんですが」


「……分かりました」


受話器を置いて立ち上がると、社員が皆、心配そうに私を見ていた。


私ももはや隠せるレベルに無いくらいに動揺している。


「東さん、大丈夫ですか?」


小林さんが近付いてきて、それに釣られるように皆が歩み寄ってきた。


「黒瀬が意識不明の重体で運ばれたそうです」


どよめきが広がる。


「今から行ってきますので、留守をお願いします」


そう言って鞄を持ってオフィスを出た。




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