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惚れた弱みにご用心  作者: あおあん


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第24話 まど香・11

ひょっとしたら賢也かも……


会いたいような、会いたくないような、だけど、自然と顔がほころぶ。


エレベーターに乗った瞬間にボタンを押した。


もしかしたら、カタールに送ってしまった資金の一部を取り返そうとしているのかも知れない。


もしくは、電話会議で中国や韓国に事情を説明しているのかも。


驚かせたくないから、わざとガチャっと音を立ててドアを引く。


賢也のデスクに目をやったけど、誰もいなかった。


見渡したけど、人の気配はない。


「東さん?」


突然、会議室から声を掛けられ、ビクッと肩を震わせた。


「あ、驚かせるつもりじゃ……すみません」


ジーパンに大きなフードの赤いパーカーを着た柴崎くんが立っていた。


もともと若く見えると思っていたけど、到底、同い年とは見えないくらい少年に思えた。


「何してるの?」


私服で休日出勤なんて、そんなことを命じた覚えはない。


「あ、そういう意味では、驚かせようと思って……」


恥ずかしそうに笑いながら、身体をずらし、会議室のテーブルを指さした。


「何?それ」


テーブル一面に契約書が広げられ、それぞれにカラフルな付箋が貼られていた。


「契約書です」


途端に、先ほど父が言っていた事を思い出す。


『柴崎くんって若い営業の子が真摯に対応してくれたんだ』


大口の受注を日報に入れていなかったのには理由があるの?


柴崎くんを問いただしたいけど、責めるような口調にならないよう、ゆっくりと息を吸って吐いた。


「どうして日曜に契約書を並べているの?」


「明日、東さんたちが出社したら驚かせようと思ったんです。『サプラーイズ』なんて」


両腕を広げておちゃらけて見せる男の子……


「まったく」


自分でも制御ができなくて、へなへなと膝が砕けて、しゃがみ込む。


「え?え?」


柴崎くんが私の両脇に手を差し込んだ。


「どうしました?大丈夫ですか?」


いとも簡単に私を立たせ、椅子に腰掛けさせてくれる。


「そんな驚きました?」


私の前に跪き、見上げる顔に、涙が込み上げてくる。


「え?ごめんなさい……え?」


わたわたとティッシュの箱を取って来て、私の太ももに乗せてくれた。


さっと引き抜いて、頬に当てる。


泣いてる場合じゃない。


悪気のない柴崎くんに何と説明すればいいのか、どうやって伝えたらいいのか、頭を巡らす。


「注文取って来てくれたんだね」


「あ、はい!友香里さんの会社から複数件の契約と、あと、大口で東さんのお父さんもです」


誇らしそうにこっちを見る目に耐えられない。


「どうして日報に入れなかったの?」


怒ってるんじゃない。ただ、柴崎くんが何を考えてるのか知りたかった。


「忙しかったってのもあるんですけど、東さんの喜ぶ顔が見られたらいいなって思って……あ、すみません。マズかったですよね?」


柴崎くんが立ち上がり、ソワソワとお腹の辺りを擦っている。


「すみません。あんまり考えが及んでいなくって……受注のタイミングズレると、配当に影響しますよね?いや、全部、今週の注文なんですけど、そんなタイムロスとか考えが及んでなくて……申し訳ありません」


ただ私を喜ばせようと、こうして取ってきた契約書を一時手元に溜めていた柴崎くん。


喉の奥から嗚咽が込み上げて出そうになるのを必死で押さえる。


営業が契約を取ってくるのがどれだけ大変な事か知っているから……


私だって、こんなこと言いたくなんてないんだけど……


ぐっと奥歯を噛み締めて、目頭に力を入れる。


「悪いんだけど、これ全部キャンセルしてきて」


これを言ったら、柴崎くんとの関係は全て終ると分かっていた。


だから、怖くてたまらない。


でも……


これ以上、巻き込むわけにはいかないから。


柴崎くんはぽかんと口を開けたまま「へ?」と言った。


「今、出している商品は全て上限に達したの。新しい契約はもう取ってこないで」


低い声で一息で言った。


「嘘です……よね?」


柴崎くんの怒った顔を初めて見た。


「僕がいたずらしたからって、東さん、そんな仕返しするなんて酷いです!日報が数日遅れたくらいで、そんな……」


「ごめん。嘘じゃないの。冗談でもない」


柴崎くんを見られなくて、手元ばかり……でも、涙が落ちそうになって、慌てて上を向く。


「そんな大事なこと、カタールからでも連絡出来ましたよね?俺たち、毎日、必死で働いてたんですよ?」


「それは、ごめん。でも、もう決まったことだから」


「双方の押印が成されてるんです。成立した契約を一方的にキャンセルなんて出来るわけないじゃないですか。友香里さんの会社ですよ?御園様のお兄様が経営されている建設会社です。今さら無かったことにして下さいなんて言えませんよ」


この会社は日報のシステムに入力することで、引き落とし口座に繫がるようになっている。


一度、入金されてしまうと、そのまま資金はプールされ、契約の配当金として切り崩される仕組みだ。


つまり、会社は一度としてまともな売上を立てたことは無いのだ。


せめて、この契約者たちを更なる被害者にさせないよう、私も必死だった。


これ以上、被害を拡大させられない。


柴崎くんを巻き込みたくない。


「連絡が遅れたのは申し訳ないわ。でも、もう受注は受け付けません。キャンセルしてもらってください」


ぴしゃりと言い放つと、柴崎くんは黙って、テーブルに広がった契約書を回収した。


賢也に相談せずに勝手な事をして怒られないかと不安になったけど、だからと言って、柴崎くんにこれ以上、詐欺の加担をさせるわけにもいかない。


「私も一緒に謝罪して回るから」


立ち上がり、契約書に手を伸ばした。


パシッ


「結構です」


柴崎くんに手を叩かれ、私はその場で立ち尽くすしか出来なかった。




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