第20話 友香里・11
静かな図書館で、柴崎さんと並んで座っている。
参考書を眺めながら、黒瀬さんと食事に行った日の事を思い出して、つい顔がにやけてしまう。
実はここ数日、ずっとこんな感じ……
契約を終えた私を黒瀬さんはピザ窯が店内にあるイタリアンレストランに連れて行ってくれた。
あの日の黒瀬さんは何かが吹っ切れたかのように明るかったな。
「まだ勤め始めたばかりで、実は貯金なんて殆どないんです。でも、こうして投資をする事でより良い世の中にする貢献ができるなんて嬉しくなりますよね」
これまで使ったことが無かった自分にとっての大金を動かしたことへの高揚感で、私は浮かれていた。
「黒瀬さんも柴崎さんも、お客さん思いで素晴らしいお仕事をされていますね。私も自分の事だけじゃなくて、視野を広げて頑張って行かなくちゃなって勉強になります」
時折、ふと苦しそうに微笑みながら、黒瀬さんは私の言葉を受け止めてくださった。
確かに笑っていたはずなのに、どうして悲しそうに見えたのか、謎ではあった。
「友香里さん?」
あ……本のページを捲る手が止まっていた。
「そろそろ出ますか?」
「そうですね」
柴崎さんとひそひそ話しながら、広げた資料を鞄にしまった。
黒瀬さんと東さんはカタールに出張に行かれているらしい。
「自分もいつか、カタールの会社見てみたいんですよね」
さっきから何度も同じことを言って……おかしい。
「ふふふ。もう分かりましたから」
「笑わなくたっていいじゃないですか。友香里さん、何気に意地悪だったりします?」
「まさか。私は優しいで有名なんですよ?」
男性の友人はこれまでいなかったけど、柴崎さんは話しやすくて何でも言える。
あ。でも、柴崎さんは私を友人とは思っていないか……お客さんって思われてるかな……?
「柴崎さんは、他のお客さんともよく会われるんですか?」
「いいえ。基本的にお客様は中年の男性が殆どで、接待はありますけど、夜はあまり行かないです。こうして自腹で出掛ける人は友香里さんだけで……プライベートって意味ですけど……」
「そうなんですね。私もです」
「この前、黒瀬さんとも行ってたじゃないですか」
「いえ……あれはお仕事の延長だと思いますし」
「いやいや、そうは見えませんでした。東さんだってそうは思ってませんでしたよ、なんか嫉妬してましたもん」
「嫉妬?」
「東さんはたぶん黒瀬さんのことが好きなんだと思います」
ズキンと胸に痛みが走った。
自信たっぷりの立ち姿と、それを引き立てる服装と表情……どうしたって勝ち目がない……そんな事を考えて、勝手に恥ずかしくなった。
「東さん素敵ですもんね、黒瀬さんも……」
「はぁ。ですよねぇ」
とりあえず入ったよく来る囲炉裏焼きのお店で、柴崎さんがおしぼりで顔を覆った。
暗い顔をして下を向いている私たち。
……あれ?
「黒瀬さんに敵う人なんていませんよ。東さんに一番近いポジションにいるし、昔からの知り合いって……なんなんだよ……」
珍しく毒づく柴崎さん。
……もしかして?
「カタール出張ですもんね。柴崎さんも心配ですよね」
「そうなんですよ。何日も二人きりでいたら、いよいよ何か起きるんじゃないかって思いますよ」
……やっぱり!
「柴崎さん、東さんのこと好きなんですね」
「はい?!なに言ってんですか?」
慌てた柴崎さんが掘りごたつで足をぶつけた。
「ふふっ。分かり易すぎです。あ、でも、今まで隠してたんだから、上手ですね?」
もう手慣れた。七輪にししゃもとししとうを乗せ、ビールとカシスオレンジで乾杯。
「大丈夫ですよ。柴崎さんも素敵ですよ」
「『も』ってなんですか。友香里さんが頑張って黒瀬さんを引き止めてくださいよ。東さんに取られちゃってもいいんですか?」
「よくないよ……」
柴崎さんの秘密を暴いて、本音を言わせたんだ。私だけ隠し続けるのはフェアじゃない。
「私なんて東さんの足元にも及ばないもん……」
「「はあ」」
溜め息が重なって、笑ってしまう。
「ははは。ま、僕たちがここでくよくよしてても仕方ないですよね。お互い、強敵がいるわけですから頑張っていきましょう!」
「はい!ですよね!」
飲みかけのグラスで改めて乾杯をした。
黒瀬さんが私のことを好きになってくれる可能性は無いと思う。
でも、東さんが柴崎さんを好きになる可能性は大いにあると思う。
それくらい、柴崎さんはいい人だもの。
だけど、私と同じく黒瀬さんが好きな東さん……同じだね……私たちの唯一の共通点……好みが似通ってるんだ。このご縁も大事に出来たらいいなって思った。
「今日は飲み過ぎじゃありません?」
いつもよりお酒のペースが早い柴崎さんにお声がけをした。
「僕たち、一緒に頑張りましょうね~」
酔っぱらった柴崎さんとは、これ以上会話にならなかった。
もちろん私だってお役に立ちたい。
東さんに負けたくないと意識しているつもりはないけど、少しでも黒瀬さんが喜んでくれればと思っている。
自身でも投資を始めたし、職場で先輩にも勧めてみようかな。
一件でも多くの契約が取れれば、きっと黒瀬さんも喜んでくださる。
私はこれからやるべきことが明確になった事に気を良くして、気持ちよく床に就いた。




